ep5 ヤバい!? 住む場所がなくなった!

「あ、あのさ? 空鳥工場を売るって……どゆこと?」

「言葉そのままの意味だよ。わしとしては、もう隼が借金で苦労する様子を見たくはないのでね。悪く思わんでくれ。これが隼のためなんだよ……」


 空鳥工場に戻って来たと思ったら、鷹広のおっちゃんの言葉と目の前の光景でポカンとしてしまう。

 工場の壁には『差し押さえ物件』と書かれた札が貼られ、中から機材が持ち出されている。

 業者が入り乱れるせいで、アタシが立ち入る余裕もない。


「な……なんてことすんだよ!? おっちゃん!? ア、アタシは……この工場を守るために頑張って――」

「それは分かってるが、世の中はそんな気持ちだけではどうにもならない。隼も大人になって、今後は別の幸せを見つけてくれ」

「あ、ああ……」


 アタシは思わず鷹広のおっちゃんの胸ぐらに掴みかかり、声を荒げて詰め寄る。

 この工場がアタシにとって、どれだけ大事な宝物かは理解してたはずだ。

 それなのに、勝手に売却の話を進められて、アタシの気が収まるはずなどない。


 世の中の事情? 気持ちだけじゃどうにもならない? 大人になれ? 別の幸せ?


 ――そんなもの、アタシにとって第一とはならない。

 アタシはただ、空鳥工場を守りたかったのだ。それを理由に生きてきたのだ。


 ――そんな生きる意味を奪われて、アタシは地面に膝から崩れ落ちてしまう。

 鷹広のおっちゃんだって、心痛ではあるのだろう。

 それでも、アタシの目にはおっちゃんの態度が冷たく映る。




 ――さっきまでの目的も忘れ、アタシはその場で愕然とするしかなかった。




「少し落ち着いたら、わしの家に来なさい。当分の間は面倒を見てあげるからね」

「…………」


 おっちゃんとしてはアタシを助けるつもりだったのだろうが、むしろ裏切られた気分だ。

 住む場所もなくなったから、当分は面倒を見てくれるって? ハッキリ言おう。冗談じゃない。

 たとえ唯一の肉親が善意で起こした行動でも、アタシの気はとてもではないが晴れない。


 ――今はもう、落胆しすぎてそれで怒る気も出ないけど。


「ハァ~……。てか、マジでどうしよ? 工場も設備も発明品も、全部なくなっちゃったよ……」


 そもそも直近の問題は、アタシの体を調べる手段がなくなってしまったということだ。

 寝る場所も住む場所も大事だが、工場にあるものが全部なくなってしまった以上、検査も何もできはしない。


 検査をするためには、工場にある高性能な設備が必要だった。

 大元の原因となっていた、マグネットリキッドだって必要だった。

 それらのデータを整理し、再度計算するパソコンも必要だった。


 ――これ、ぜーんぶなくなっちゃった。


「……アハハ。もう、死ぬかねぇ……」


 回収業者も鷹広のおっちゃんもいなくなった工場の前で、アタシは涙を流しながら思わずそんな言葉を漏らした。


 だって、マジで全部失っちゃったもん。

 生きてりゃいいことあるとかじゃないもん。

 まず、生きられる体なのかも分かんないもん。


 ――ヤバい。マジで自殺したくなる心境だわ、これ。




「おーい? 隼ちゃんやーい? 意識はあるかーい?」

「はへぇ……?」




 そうやって絶望で茫然としているアタシの耳に入って来たのは、いつも聞きなれた声。

 その方向を振り向いてみると、グラサンに十字傷という、相変わらずのいかにもルックな顔が見えた。


「ああ……借金取りさん。いたんだ……」

「そりゃあ、いるに決まってるだろ? 俺が借金の取り立てしてんだから」

「それもそっか……。それよりさ、アタシの姿を見て笑ってくんない? アタシなりに頑張って来たけど、結局は身内に裏切られちゃった感じで、ホント笑えるだろ? アハハハ……」


 見慣れた顔ではあるが、いつものように軽口で言い返す気力もない。

 むしろ、今のアタシの境遇を笑ってくれた方が楽とさえ思えてしまう。


 ――所詮、これが未熟な若い女の哀れな末路ってやつさ。

 守れると思っていた工場も守れず、守ってくれていたと思った身内に守られていなかった。

 己の哀れさを笑ってもらわないと、かえって惨めになってくる。




「……なあ、隼ちゃん。ちょっとこっちに来てくんねえかな?」




 そんなアタシの願望とは裏腹に、借金取りさんは手招きするようにアタシを案内してくる。

 これはあれだな。『足りない借金の返済は体で払ってもらおうか。グヘヘヘ』って展開だな。

 このままあっち系の風呂屋に連れていかれて、そこで働かされるんだ。

 これまで、なんだかんだで純潔を守って来たけど、もういいや。

 どうせ死にたくなってたところだし、もう余計なことも考えたくない。


 ――天国の父さん、母さん。

 あなた達の娘は慰み物になります。





「……あれ? ここ、風呂屋じゃないよね?」

「風呂屋~? 何の話をしてるんだ~?」


 言われた通りにただ従ってついてきたのだが、どうやらあっち系の風呂屋ではないようだ。

 かと言ってホテルでもないし、夜の蝶が接客する店でもない。


 ――てか、ここってゴミ捨て場じゃん。しかも大型粗大ゴミの。

 全然違うじゃん。むしろ真逆じゃん。


「とりあえず、ここに集められるものは集めておいたぜ」

「集めるって……こんなプレハブ小屋に何を?」


 さらにはゴミ捨て場の奥の方にあるプレハブ小屋へと案内され、中に入るように手招きされる。

 え? 何? ここがそっち系の行為をする場所ってことで――




「ふおぉおおお!? こ、これって! 工場にあったアタシの私物じゃんかぁああ!?」




 ――そう思って中を覗くと、結果は全くの正反対。絶望どころか大興奮。

 中にあったのは、アタシのパソコンに開発物に工具類。

 両親が工場に遺していた高性能で大型な設備はないが、それでも一番重要なものが揃っている。

 寝床用のソファーや冷蔵庫まで保管されていて、アタシ一人でなら生活できそうだ。


「隼ちゃんの両親の借金は、あの工場とデカい設備類で十分返済できた。ここにあるのは完全に隼ちゃんの私物だし、そこまで搾り取る気はねえよ」

「い、いいの!? 一応アタシ、借金の相続してたよ!?」

「工場の売却だって、あのおっさんが勝手に進めたことだ。それ自体は俺としても助かるが……隼ちゃんの意志は無視したくねえもんでね。まあ、これで及第点としてくれ」


 借金取りさんは申し訳なさそうにしているが、正直言ってとんでもない。

 鷹広のおっちゃんは連帯保証人だったし、百歩譲って仕方ないとしよう。

 それでも、こうしてアタシ自身の私物さえ残っていれば、アタシはまだやり直すことができる。


「それと、このゴミ捨て場も好きに使ってくれ。元々は別件の借金の担保として押さえたもんだが、特に使い道もなくて持て余してた場所だ。まあ、若い女が暮らすには、あんまりな場所だけど」

「とんでもない! とんでもない! ここの大型粗大ゴミまで貰えるなんて、今のアタシには至れり尽くせりってやつさ!」


 さらにさらにと言わんばかりに、このゴミ捨て場まで自由に使っていいというお達しまで貰った。

 確かに女が一人で暮らすにはイマイチに見えるじゃん? でも、そこは技術者であるアタシの見せ場ってもんよ。

 捨てられたエアコンもレンジも冷蔵庫も扇風機も、アタシの手にかかればこれ以上ない資材になる。


「これだけの資材があれば、検査や開発のための設備だって、代用品が作れる……!」


 思い出の空鳥工場はなくなったけど、これはアタシにまだ生きろという天の思し召しと見た。

 ショックで落ち込んでたけど、そんなのアタシには似合わない。こんな話をしたら、タケゾーにも笑われる。




 ――ここからもう一度、アタシなりに人生をやり直そう。




「よぉぉおおし! やるぞぉおお!! アタシの人生は、まだまだこれからだぁああ!!」

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