第8話 時代背景について

剣と魔法の創作物語は、その特性からしばしば中世の時代感が反映されたものが多くあります。

剣が主流だったのは中世までだからです。


~中世という時代~

中世は500年代~1500年代を指します。

中世の大部分は、封建社会で、キリスト教圏とイスラム教圏がバチバチに争っていました。

宗教の勢力が国々の王政を脅かすカノッサの屈辱(1077年1月25日)や、王政勢力が宗教勢力に逆転するアナーニ事件(1303年)など、中世の中でも宗教と王政のパワーバランスは揺れ動いていましたが、基本的には剣による武力統制が敷かれており、シルクロードによる陸運が主要な物流を占めていた時代です。


中世の中でも剣が主体ではない時代も少し含まれていました。

剣主体の時代の次は銃火器の時代でした。

1280年代に中国で銃身を持つハンドキャノンが発明され、その後に西洋に流れて席巻しました。

剣と盾を中心とした世界では、兵士と武器防具の数が、すなわち国家や貴族(武家)の武力でした。

銃火器の登場で、一人の銃士が10や20の剣士を殺すことも、戦略的には可能になったのです。

そのため、人よりも銃1丁の方が、戦力的には高く評価される時代が到来しました。

銃の扱いを身につける方が剣の鍛錬に比べれば、非常に簡単で、筋力などの時間のかかる訓練が必要ないから、この流れは必然だったと言えます。



中世で起きた時代の転換点はまだあります。

物流に関して、紀元前から長らく陸路に限定されており、シルクロードとして中国から西洋までの長い道のりは、世界の物流の中心でした。

当時の移動手段は、徒歩と馬やロバが引く荷馬車、数珠つなぎに整列して歩くラクダやラマなど、地域に適した動物を使役する長く過酷な旅程です。

当然のことながら、同じものでも次に運搬されるまで下手したら数か月、数年かかる上、入ってきたものは需要が高く、非常に物流がひっ迫していたので、物価は現在の数倍から数百倍ほどでした。

塩やスパイス、シルク生地などが同質量の金と取引されることもあったというのは有名な話です。

その後、中世の後半に発展した巨大帆船の技術によって1500年代半ばに長距離航行が可能となりました。

銃火器と帆船の技術の登場によって、安全な航行が行える基盤ができ、大航海時代の突入で、世界の物流の中心は海運になりました。

これにより、離れた大陸間や、港の拠点間での安定した海路の開拓により、陸路に比べて大量の物資の移動が可能となったことは、歴史上で非常に大きな転換点でした。

事実、大型の飛行機が登場した今日こんにちでも、世界の物流(貿易)の97%の容量は海運がになっています。

・飛行機は早いが積載量は少ない上に、燃料コストも海運には遠く及ばないほど高くつく。

・陸路はつながっていない大陸間や島々には運べない。

・多くの物資の移動には陸路と陸路の間に必ず海路か空路を通している。

このことから、今日こんにちの世界の覇権はけんにぎるには、貿易による利益を享受している必要があり、すなわち世界中の都市につながる安全な航路こうろをどれほど保持しているかにかかっています。

ちなみに、今日こんにちの世界の主要航路は半分以上をアメリカが握っています。



中世では長らく封建制度が敷かれていましたが、上記の2つの時代の転換によって大きく趨勢が動きました。


単発銃ではおろか、連装式やマシンガン、戦車などが登場すると、王族や貴族が管理できる兵力のバランス調整は困難を極めました。

小さな武力がバラバラに分散していては、より大きな武力に一網打尽にされてしまう、そんな時代に突入したことを指しています。



~大航海時代の幕開け~

中世までの封建制度が崩れるには物流の流れが変わったことも、時代の転換に大きな影響を及ぼしています。

海運による利益は、海運を上手く御した船乗りや商人たち、出資者たちに配分されました。

必ずしも王族や貴族に集中したものではありませんでした。

その利益の分配の流れが一変したことで、国力や領土の統治に影響を与え、より豊かな土地に人が出稼ぎに行ったり、資金や物資の滞った土地から人が出ていって減ることは止めようがなかったのです。


海に強い国は、他国の港などの拠点を制することができたため、拠点を抑えられた国に繁栄はなく、征服されていった背景があります。

大航海時代が始まった当初は、ガレオン船クラスの大型帆船を複数所持していたポルトガルやスペインが一大勢力を築き、世界中の港や国々を手中に収めていきました。

しかし、イギリスが世界に先駆けて産業革命を起こしたことにより、大量の大砲や高強度の船底を大量に生産できる体制を整えたことが、それまでのポルトガルやスペインの独占的な海を塗り替えていきました。

スペインの無敵艦隊と呼ばれた戦艦に打ち勝つイギリスの海軍の活躍で、第一次大戦前の世界覇者の椅子には、長らくイギリスが座していました。



~封建社会の終わり~

武器や物流の変化によって、貴族や王族は自然と統廃合が進み、没落を招く世界となりました。

王族や貴族に対して、民衆とのパワーバランスが一変したことによる必然の流れでした。

中世の華やかな貴族社会が変わっていったのは、貴族や王族の優位性がなくなったことを暗に示しています。



中世から後の世は民衆の時代となりました。

大航海時代、産業革命、2度の世界大戦、冷戦、世界恐慌、デジタル革命、経済戦争、コロナパンデミックを経験しました。

今では、封建制の残滓ざんしは数少なく、世界に対して優位性を保っている家名は数えられる程度でしょう。

それでも、中世という1000年近くの歴史の中で、様々に移り変わり、一刻でも栄華を誇った封建制の名残りは、世界に点在しており、今もなお人々の心に響くきらびやかさを保つものもあります。



~創作の世界では~

創作物語では、過去の時代の歴史的な転換点を一部を改変して、別の世界線に移行するお話が多く作られています。

中でもファンタジー作品に関しては、基本的には中世世界をベースに現代的な価値観を混在させたり、魔法という古代に信じられていた概念を強化したものが登場したり、人とは異なる種族が反映していたり、ゲーム的な要素が追加されていたり、人を脅かす存在として魔王や魔物、モンスターなどが登場したりと、根本的な歴史の流れとは逸した世界観があります。


1980年代に創作作品で流行したのは、スチームパンクというジャンルです。

SFからの派生と言われたり、魔法とは違う路線でのファンタジー作品と呼ばれることもあるスチームパンクですが、スチームパンクでは産業革命後からエンジンが開発されていない時代をベースにしており、当時の最先端であった蒸気機関スチームを発展させたものや世界をベースにして物語が展開します。

蒸気機関を小型化して携帯していたり、超巨大な蒸気機関や蒸気機関が応用された飛空艇や潜水艇などが登場したりと、産業革命で生まれた蒸気機関スチームが応用発展しています。

物語には、街には石炭を燃やし続けているため、ドス黒い雲が立ち込めていたり、空気も澱んでいて、サスペンスやホラー要素のある暗澹立ち込める世界観もスチームパンクの作品には際立っています。

油圧式のパイプや歯車がゴテゴテとした金属の塊を持っていたり、操縦・操作したりするロマン感をくすぐる特徴的なデザインに惹かれてしまいます。

体の一部を機械化していたり、機械兵が出てきたり、永久機関の話が出てきたり、人造人間ホムンクルスが登場したのもスチームパンクからです。

魔法のない世界で人類の発展の先を見据えた科学によるファンタジー、ロマンに全振りしている感じは、読者の一人として非常にワクワクします。

スチームパンクを何たるか知らない人は1つでもいいのでスチームパンク作品を読んだり観たりしてみると、現代の創作に影響を与えている設定や背景が見えて面白いです。

このスチームパンクの流れを汲んで、近未来に舞台を移したものがサイバーcyberパンクであったりしますので、サイバーパンク好きの方にも刺さるものがると思います。



1990年代に流行したタイムリープ系の作品では、どこの時代を切り取るかの幅がぐっと広がりました。

日本を問わず、中世や産業革命期、近未来・未来に加えて、他の時代への時間旅行に人々をいざないました。

欧米では中世のルネサンス期や王宮が栄えた時代、長かったローマ時代や神話的な古代ギリシャや北欧神話、ケルト神話に近いアーサー王の時代や、ゴールドラッシュに沸くアメリカ西部(ウェスタン)の西部開拓時代が好まれていました。

日本では戦国時代や幕末、大正ロマンや明治の名家や文豪、武将などを引きたてたものや、日本が輝いていた、または躍動していた時代への旅行は、読者の想像を膨らませて、かつ歴史的な知識も同時に身につけることができる作品が多く、人気を博しました。

未来の人やロボットが、現代にタイムスリップしてくる物語(?)もたくさんあります。

ドラえもんや時をかける少女、ジョン・タイターなどもそのたぐいです。

バック・トゥ・ザ・フューチャーは未来と過去の両方を取り入れた異色な作品でした。



これらのクリエイティブな作品で1つの時代を築いた作品群は、作品の世界観に違和感なく仕上げる様々な工夫がなされてきました。

自らの創作物を作品の世界観に違和感なく仕上げるには、作者が自分の作品のベースとなる時代について一定の知識を有している必要があるでしょう。

重厚感のある世界観を構築して読者をその世界観にいざなうのは至難ですが、実際の世界史を学んで創作のヒントを得ることは楽しいことでもあります。

没入感は実在感とも言い換えられますから、これからも多くを読み、多くを観て、多くを調べ、多くを学び、作品に活かしていただけたら幸いです。

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