10.ちょっと羨ましいです…

 コクンと頷いた私は、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめながら口を開きました。


「ウィルフレドさんの事、聞きたいんです。騎士になる前は何をしていたのとか、騎士になるきっかけは何だったのかとか」


 その言葉に、副隊長さんの表情が少しだけ変わりました。それまでのおちゃらけた雰囲気から一転、急に真面目な顔つきになります。


「あー、それはつまり……昔話か」

「触れちゃいけない感じですか?」


 ここで身を起こした副隊長さんは、片方立てた膝に手を引っ掛けて目を閉じます。


「いや、実をいうとさ、オレもアイツの過去はよく知らないんだ。騎士になるための試験会場で出会ったのが四年前で、そこからの付き合いなんだけど、それでもいいか?」

「ぜひ」


 私はそちらに向き直り、聞く体制に入ります。

 柔らかな風が吹き抜けました。彼のアーマーについていた緋色の布が軽くはためきます。

 副隊長さんはその時を思い出すような遠い眼差しで語り始めました。


 ***


 オレが王都の騎士入団試験の会場に行ったのは今からだいたい四年前だ。

 田舎ではちょっとした腕自慢だったもんだから、村の期待を一身に背負って幼なじみと共に上京してきたわけよ。


 ところでオレは首都に入るなり、とんでもなく困っていた。実はさ、その幼なじみが王都に入る直前でビビッて逃げ出しちまったんだ。

 いやぁ、そん時は参った。そんなしっぽ巻いて逃げ出すようなヤツなんて騎士としてぜってーアウトだろ? もしかしたら監督不行き届きって事で、オレまで落とされちまうかもしれない。

 え? その幼なじみ? ああ、今は逃げ帰った村で立派に農業やってるよ。やー、別に怒ってないよ、里帰りした時に土下座で平謝りされたけど、結局あいつにはそっちの方が合ってたって話だし。


 って、違う違う、オレの話だよ。

 とにかくさ、困ったオレはベンチで暇してそうだった男に声をかけたんだ。小銭をやるから幼なじみのふりして入団試験を一緒に受けてみないか?ってな。

 それがウィルフレド。身なり――は、ちょっと変わった格好をしてたな。着てる服はくたびれていたし、帽子を目深にかぶってなんつーか、虚ろな目っつーの? この世の不幸全部背負ってます!みたいな雰囲気してたよ。

 それでも言いくるめて小銭を握らせたら立ち上がってくれたけどな。騎士ってのは食べていけるのかって聞かれたからさ、受かれば衣食住まとめて国に面倒みて貰えるぜ!って、その気にさせる為に張り切って返したっけなぁ。


 いや、驚いた。ポッと出で受験したそいつはトップの成績で合格しちまったんだ。

 オレもそれなりに鍛えたつもりでは居たんだけど、なんつーか、ヤツは落ち着いていて戦い慣れた雰囲気があったんだ、判断が早くて思い切りが良いっていうの?

 そういえば合格発表を見たとき、あいつちょっと引くくらい笑ってたっけな。腹かかえて涙流すぐらい。

 ともかく、入団したオレたちは、そこから同期達と一緒に一年間寮で住み込んで鍛えられたのさ。


 入ってから素性は問われなかったのかって……んー、まぁ本人も言いたくないみたいだったしなぁ……。教官も含めて無理には聞かなかったよ。

 っていうのもさ、オレも入団してから知ったんだけど、王都で貴族の護衛をしてるような五等級以上の上級騎士ならともかく、この街みたいな地方騎士なんて腕さえありゃ生まれはどうでもいいって考えらしいな。実力主義っつーの? そこまで厳しくないのさ。実際、ウィルフレドの素行には何の問題もなかったしな。優等生も優等生、模範的な騎士見習いだったよ。

 替え玉で受験させたことは、後からバレて教官からこってり絞られたけどね。それでも「あんな逸材よく見つけて来てくれた」って逆に感謝されたしな。


 ウィルはあんまり自分の事は語らなかったけど、それでも穏やかで優しくて頼りになるし、リーダーシップもズバ抜けてたからさ。みんなから慕われてたよ。

 トントン拍子に階級を上げて、晴れてこの街に配属されて――そこから先は君もよく知ってる話さ。


 ***


 話し終えた副隊長さんは、あぐらを掻いたまま空を見上げます。私は今のお話を伺って感じた率直な意見を呟きました。


「隊長さんは、昔から今みたいに真面目な性格だったんですね」


 ところが、副隊長さんは苦笑しながらこう返します。


「いや、あの時のウィルは、今とはちょっとだけ雰囲気が違ったな。もう少し冗談とかも言ってた気がする」

「そうなんですか?」

「あぁ、夜中に同期でバカ騒ぎして酔いつぶれたこともあったしな」

「それはなんというか……意外です」


 素直な感想を伝えますと、ため息をついた副隊長さんは頬杖をつきました。


「そっ、今のアイツはガチガチの堅物だろう? 隊長に任命された辺りからかなぁ……今はもう、なんでもかんでも自分ひとりで背負い込みすぎているような……思い詰めずに、もっと周りを頼ってくれよって思うんだけどな」


 長い付き合いな事もあってか、どうやら私には分からない些細な変化を感じ取っているようです。

 昔の隊長さんを知っていることをうらやましく感じながらも、私はおずおずと『彼』の事を尋ねてみました。


「それでその……副隊長さんは『あっちのウィルフレドさん』とは会いました?」

「あぁ、裏フレドだろ? 知ってるよ。えぇと、酒場で一回、あとは詰め所の台所で二回だったかな」


 苦い顔をした副隊長さんは、自分の頬を指さしながら彼のとんでもない暴虐っぷりを聞かせて下さいました。


「あんにゃろ、酒場で乱闘起こした挙句、止めに入ったオレを思いっきりぶん殴りやがった。三日は腫れが引かなかったぜ」

「ひぇ……」

「悪酔いしたって周囲には何とか誤魔化したけどな、その間もゲラゲラ笑いながら小突かれ続けたっけ……」


 あ、悪魔です……。それでも見放されないのはひとえに普段の隊長さんの人格のおかげでしょうか。お礼を言った後、私は別れ際に尋ねてみました。


「あの、最後に一つだけ。ウィルフレドさんの出身地ってご存じですか?」

「ん? いやぁ、さっきも話したけどあんまり過去のことは話したがらない雰囲気だったから」

「そうですか……」


 あ、でも。と何かを思い出した様子の副隊長さんは一つの街の名前を挙げました。


「――って街、知ってる?」

「北東の?」

「うん。オレらの配属先の候補の一つにあがった時、その街の名前を聞いた時だけやけに落ち着かない様子だったな。結局そこには配属されなかったんだけど明らかにホッとしてたというか」

「……」


 それは、ここから馬車で丸一日以上乗り継いだ位置にある遠い町の名前でした。それを聞いてある決意を固めた私は、別れ際に頭を大きく下げます。


「副隊長さん、貴重なお話をどうもありがとうございました。決して軽々しく言いふらしたりしませんのでご安心ください」

「真面目だなぁ~、話のネタにしちゃっても良いんだぜ?」


 ケラケラと冗談半分に笑い飛ばす副隊長さんでしたが、急にまじめな顔つきになるとこう言いました。


「でもま、なんとか本人の納得いくような形で治してやってくれよ。オレからも頼むわ」

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