深く、深くよどんだ意識のなかに、クンミは独り立っていた。


「……何も見えねえ。これが「朱雀の闇」か? 最悪」


 辺りを見渡すと、うっすらとだがクンミは前方に人影らしきものを発見した。闇の奥底を凝視する。微かに見えた人影はクンミに一歩、二歩と距離を詰めていき、目の前まで近付いたとき、クンミはそれが、死んだ白虎ルシ・テオだと認識した。


「あ、あんた白虎の……」


「久しいな、騒がしい猫よ」


 テオは仮面を被っておらず素顔であったが、クンミにはなぜか声を聞く前からテオだと理解できた。テオは人の感情である「微笑み」をした。


「ここに来たということは、なんだ、貴様も死んだか」


「は、はあ? 最悪。死んだやつが何言ってんだよ。死んでなんかねえよ」


「なに、それは誠か!」


 ほぅほぅ、とテオは不思議なものを見るような目つきで、クンミを下から上まで眺めはじめた。クンミの頬が微かに紅潮する。


「気持ち悪りいんだよ! なにジロジロ見てんだ、最悪」


「む、すまない。戦場に身を置く女性というものに魅力を感じてしまってな」


 テオってこんな性格だったか? とクンミは内心呆れかけていたが、テオはそんなことはいざ知らず、クンミに疑問を投げかけた。


「ここは朱雀の闇……ファントマが行き着きし場所だ」


「ファントマだあ?」


「左様。生命は絶命する折、内に秘めしファントマを肉体から解放する。それが全能神ブーニベルゼより生まれし、ファルシ=エトロが欲せしもの。ルシはエトロの血なのだ」


「どこの悪徳宗教の話だよ……」


 テオの言っている意味がさっぱりわからないクンミであったが、テオの話はクンミに宿りしルシの力が反応して、心臓が鼓動して身体が熱くなる。もっと話を聞きたいとファントマが欲しているようだ。

 だがその前に、クンミの視界が大きく揺らぐ。どうやら残された時間は少ないらしい。


「おい、あんた」


「我が名はテオだ」


「知ってるよ、んなん」


 デジャヴを見ている気がしたが、クンミは気にせず話を続ける。


「もう、会えないのか」


「我がファントマは既にエトロの血に戻りつつある。最期に会えてよかった」


 世界が崩壊するような揺れに思わず片膝をつく。クンミの意識は朦朧もうろうとしたが、クンミは力の限りテオに向かって叫んだ。


「テオっ! あんたどうして、あたしをルシに選んだんだ!」


 思わぬ質問にテオは数秒考え込むフリをして、そっと微笑んだ。


「……猫の、気まぐれだ」


「ほんっと、最悪だな」


 クンミは人間らしい笑みを口元に浮かべると、怒涛どとうの音を遮って、そっと目を閉じた。

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