第15話 婚約破棄なんて認めない

 シェリルが長く生きられない……。


僕は15年も許婚関係だったのに、彼女に何かしてあげただろうか?


チラリと隣に座るシェリルを見ると、すっかり気落ちした様子で俯いている。

こんなに近い距離にいるのは子供の頃以来かもしれない。

そして気付いた。


シェリルはこんなに小さく、華奢な女性だったのかと――。



 思えば、子供の頃は自惚れではなくシェリルは絶対に僕のことを好きだったと思う。

いつも僕の後をチョコチョコとついて歩き、振り向くと真っ赤になって俯いてしまう。

その姿はとても可愛らしくて、照れくさかった。


だからつい、意地悪な態度やそっけない態度を取ってシェリルを追い払ってしまっていた。


本当は手を繋いで歩いてみたいと思っていたくせに……。


でも僕のそんな態度が、今度はシェリルの心を変えてしまった。

彼女はあるときから、愛犬を連れてくるようになっていた。

そして僕の存在を完全に無視し、愛犬と2人だけの世界を作り上げてしまった。


僕が入り込むスキなど、まるで与えないと言わんばかりに……。

その結果がこれだ。


せめてシェリルが最期を迎えるときくらいまでは……許婚としての役目を果たさなければ申し訳なくてたまらない。


「シェリル」


僕はシェリルの小さな手を上から包み込むように握りしめた。


「キャアッ!な、何ですか?!いきなりっ!」


シェリルは驚いて手を振り払おうとしたけど、そうはさせない。

がっちり握りしめると掴んだ手を自分の口に持っていき、彼女の手の甲にキスをした。


「ロ、ローレンス様っ?!」


途端にシェリルの顔が真っ赤になる。

その様子から僕は確信した。


間違いない、僕は決してシェリルに嫌われたわけではないんだ。

嫌いな相手にこんな事されたら、真っ赤になるどころか怒り出すだろうから。


きっと……シェリルは自分の命が残り僅かなことを知ってしまったから、あんな手紙を僕に送りつけてきたんだ。


僕のことを考えて、離れようとしたに違いない。


でもそんな事をされたら、ますますシェリルの側を離れるわけにはいかない。

それ以前に彼女がいじらしく、愛しく思えてしまう。


だから僕は言った。


「シェリル」

「な、な、何ですかっ?!」


その顔はまるで真っ赤なトマトのような色に染まっている。


「僕は婚約破棄なんて認めないからね。最期までシェリルの側から離れないから」


そして有無を言わさずシェリルの身体を引き寄せると、自分の胸に埋め込まんばかりに強く抱きしめた。


「ロ…ローレンス様……」



小さく震えていたシェリルは、やがて恐る恐る僕の背中にその手を回してきた。


僕達は暫くの間……言葉を交わすこと無く抱きしめ合った――。




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