第51話 サイネリアさん

 アヌエスさん、ジュリー、サイネリアさんの3人にドネットさんとの仲(?)を疑われ、男色を疑われるも、何とか誤解を解く 。

僕とドネットさんがそういう仲では無いと力説し、今日の収穫成果を一緒に運んでもらうことに。


「みなさん、手袋ははめましたか?

腕や首などの肌に直接触れないように、一気に運ぼうと無理をせず、手で掴める分だけ運ぶようにお願いします」


「はい、かしこまりました、フィーロ様」


 ドクニンジンは大変に危険な毒性のものであることを、その場の全員に伝え、対策をしっかりしてから運び始めた。


 僕はセージを一抱えして、サイネリアさんの後に続いて廊下を歩く。

クレアンヌさまのご好意に甘え、僕が借りている部屋の左隣の部屋に薬草を置かせて頂けることになった。

ちなみに右隣はお世話係の4人が寝泊まりしている。


 薬草達を運び入れるには、仕分けも必要だ。

ドネットさんはドクニンジンとセージを分けてもらっており、アヌエスさんとジュリーには、運びやすいように束にまとめて貰っている。

僕は部屋の置き場所を決めるために、一先ずサイネリアさんと一緒にセージとドクニンジンをそれぞれ手に持てる分だけ持ち、部屋まで運ぶことにした。


 サイネリアさんについていくと、見覚えのある廊下が現れた。

ここまで来たら、さすがに僕1人でも部屋にたどり着ける。

でも、鍵はサイネリアさんが持っている。

隣室の鍵を開けてもらい、薬草を中に運び込む。

混ざらないように置き場所を決める必要がある。


「サイネリアさん、ありがとうございます。

ドクニンジンは…そうですね。

ええと、できるだけ風通しの好いところに置いておきたいので、この辺りにお願いします。


それから、何か直射日光を遮ることのできる覆いのようなものはありますか?

日焼けによる変質を抑えたいです」


「かしこまりました。


でしたら、私共の部屋から日光を遮れそうなものを取って参りますから、フィーロ様はお待ちください」


「ありがとうございます、サイネリアさん」


 僕はお礼を言い、サイネリアさんが部屋を出ていくのを見送った。

それから、手記メモの手帳のページを数枚破り、大きめの太文字で『ドクニンジン』と書き、髑髏マークとバツマークを付け足した。

これで文字が読めなくても、良くないものだとわかるはずだ。


 それにしても、遅いなぁサイネリアさん。

あれから20分は経ったと思う。

隣の隣の部屋から何かを取ってくるなら、十分な時間だ。

廊下に耳をすませても、物音はしない。

サイネリアさんは待っていてと言っていたが、僕も何か手伝えることがあるかもしれない。

他にすることもなくなってしまった。

ちょっと様子を見るだけでも、そう思い、僕は部屋を出た。


 隣の隣の部屋の扉は少しだけ開いていた。

一応、お世話係4人の部屋だ。

中を見ないように声をかけてみよう。


「あのー、サイネリアさん?

何かお手伝いできることはありますか?」


 返事はない。

それどころか、物音1つしない。

サイネリアさんはどうしたんだろう?

扉も開いているし、この部屋にいるのか、少なくとも近くにはいると思う・・・。


 少しだけ、ほんの少しだけ邪念があったことは確かだ。

女性4人が、普段寝ている部屋。

全く興味がないと言えば嘘になる。

特に、この屋敷に来て間もない頃よりは、その4人のことを知ったし、少なくとも嫌ってはいない。

興味がわかない方がおかしい。

元より好奇心は全盛期と言ってもいい年頃だ。

要するに、扉の隙間から、部屋を除き見た。


「っ!!サイネリアさん!!!?」


 隙間から見える光景の中に、床にうつ伏せに倒れたサイネリアさんがいた。

扉を多少乱暴に開け放ち、サイネリアさんを仰向けに抱き起こす。

目は開いている。

瞳孔は開いていない。

良かった。生きてる。

温かいし、脈も刻んでいる。


「どうしたんですか?

もしかして、ドクニンジンの匂いを嗅いでしまったのですか?」


 サイネリアさんは頷いた。


「手足が痺れていますか?

話せます?」


 また頷いた。

そこで気がついたが、サイネリアさんは何故か下着姿だ。

その理由はすぐに分かった。


「手から少し変な匂いがして・・・。

そしたら、気分が悪くなってしまって・・・。


汗がすごかったから、着替えでもと思ったのですが、途中で倒れてしまいました・・・」


 まだ話せるということは、呼吸器までは毒が到達していない。

けど、手足の自由が効かないのか、だらんとしている。

風通しを良くして、風に当たる高いところに移さないと。


「一刻を争うので先に窓を開けます!

今はできるだけ深呼吸でたくさんの空気を吸ってください!」


 サイネリアさんを床に静かに寝かせて、立ち上がり、窓に向かった。

窓の横にベッドがある。

視界の端に、サイネリアさんが脱いだ服が畳まれていた。

窓に手を掛けた瞬間。

後ろから強く引かれ、体の体勢が崩れた。

引かれたのは窓脇のベッドの方向。


 ぎしり


 ベッドの足が不自然な音を立て、僕の視界は天井側を向いていた。

そして天井側には、僕に覆い被さるようにして、サイネリアさんの顔が至近距離にある。


「サイネリア・・・さん・・・・・・?

どうして・・・」


「フィーロ・・・様・・・・・・」


 サイネリアさんの吐息が耳元をざわつかせる。

鼻から吸い込んだ空気に甘いにおいがするが、脳が上手く処理しきれない。

瞬間的に全身の血液が、沸騰したお湯のように身体中で暴れ回る。

顔が熱い。

視界に映るサイネリアさんの頬も紅く染まっている。

あれ?サイネリアさん?

どうしてサイネリアさんが立って?

いや、僕をベッドに押し倒しているのは他ならぬサイネリアさんだ。

手足の自由はもちろん効くのだろう。

だから、安全で。

それはつまり・・・。それはつまり・・・・・・。


「フィーロ様・・・・・私・・・フィーロ様のことが・・・・・・どうしても、欲しくて・・・・・・」


 そう言うと、サイネリアさんの顔が迫ってくる。

視界から消えた柔らかそうな唇が、僕の唇に触れる瞬間。

一瞬だけ早く、僕はサイネリアさんの肩を両腕で押し上げた。

それでも、サイネリアさんの肩は数瞬の間、僕の腕を押し返そうと力が入った。

しかしすぐに肩は退いていった。


「フィーロ様・・・やっぱり、私ではダメなんですね・・・?」


「いえ、でも、はい・・・ごめんなさい・・・。


今ここで、もし流されてしまったら、僕は本当の自分の心が分からなくなりそうで・・・。


でも、サイネリアさんがいけないということでは、ないんです。

サイネリアさんはとても素敵な方だと思います。

いつも明るくて、その場の空気まで明るくしてくれるサイネリアさんを嫌いなわけありません!

魅力的で、正直、僕がこんな風に襲われるなんて、夢にも思っていませんでした。

でも、僕にはもったいない。

せっかくのご好意ですが、いただけません。

ごめんなさい」


 僕はサイネリアさんの瞳を真っ直ぐに見つめて、謝罪を表明する。


「ごめんなさい・・・フィーロ様・・・・・・。

私は、あ・・・たしは・・・違うの・・・・・・・・・・・・」


 サイネリアさんの瞳が曇り、僕の頬に大粒の雫が落ちてきた。

僕はサイネリアさんの急変に動揺して、なんと声をかけたら良いのかを必死で考えた。


「あ・・・ご、ごめん、なさい!

僕のせいで、さ、サイネリアさんを泣かせてしまい、ました!」


 サイネリアさんは大粒の雫が飛び散るのもかまわずにかぶりを振った。


「ち、ちがう・・・!

あたしは、ただ、クレアンヌさまに言われたから・・・だからフィーロ様を・・・・・・!」


 僕は混乱していた。

目の前で女の子が泣いていると、どうしていいのかが全く分からない。

ジュリーの時は、何故か自然に手が頭を撫でていた。

今も、頭を撫でればいいのだろうか?

混乱したまま、抵抗の意で肩に当てていた腕を引き、サイネリアさんの頭を胸に引き寄せる。

自然に僕の鼓動が静まっていくのがわかった。

まずはサイネリアさんを落ち着かせよう。


「ごめんなさい・・・。

少しだけ落ち着くまで、話さなくて大丈夫なので、少しだけ、力を抜いてください」


 サイネリアさんは頷き、それきり僕の胸の音を聞きながら、僕の胸元をぐっしょりと濡らした。


 どのくらいそうしていたのだろう?

時間の感覚が掴めない。

涙は多分止まっている。

だけど、サイネリアさんはそのままじっとしている。

いつもの明るくておしゃべりなサイネリアさんからは想像がつかない姿に、サイネリアさんも僕とそれほど大きく離れていないんだと実感させられた。

そう思うと、自然と頭に手を置き、優しく撫でることができた。

手を置いた瞬間は、ビクッと身構えたようだが、僕の心音を聞いているせいか。

すぐにされるがままに撫でられている。

こういうスキンシップは、どうしてか、本能的な距離感を縮める気がする。

考えるのとは違う、想うのともの違う、もっと野性的な第六感の距離が少しだけ縮まった気がした。

もちろん、どうしてという疑問は残っていたが、今だけはこれでいいと思った。

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