ダーラムの噂話

第30話 ダーラムの夜の街

 ドネットさんから聞いたこの街の最低限の注意事項は2つ。


・裏路地にある酒場はあまり評判がよくないので近づかないこと

・怪しいお店があるので近づかないこと


 人目に着きにくい裏路地は危険なのはどこの町でも共通なのでともかくとして、

怪しいお店とは何かと聞いたが、あまり多くは教えてくれなかった。

露出の多い大人のお姉さんやお兄さん、

体をベタベタと触ってくる馴れ馴れしい客引きの人にはついて行かないように、とも言っていた。

もしかすると怪しいお店とは歓楽的なお店のことだろうか。

僕の見た目通りの年齢ではあまり誘われることはないと思うが、

一応用心ようじんしておこう。

ちなみに僕は一人旅を長いことしているので、

歓楽街がどういったところなのかは大体知っている。

僕自身は入ったことはないが、

そのお店の中で何が行われているかも多分知識としては知っている。

旅の途中で安宿に泊まると、酔った旅人がそういう話で盛り上がっていることもあるので、

自然と耳に入ってくるのだ。

実体験はないので、耳年増というやつなのだろう。

なんでも金銭と引き換えに好みの人に会話や

あんなことやこんなことをしてもらえるサービスを提供しているらしい。

僕のような成人していない人が拐われて

そういうお店に売り飛ばされたり、

何も知らずにそういう店の敷居を跨いで帰ってこなくなった

という話も旅すがら何度か耳にしたことがある。

僕には一生縁のないサービスだと思っているが、

何かのきっかけでそうなってしまいそうになったら是が非でも逃げ出そう。

村で育った僕の婚約期間は過ぎてしまって結局相手はいなかった。

だから村を出るしか無かったし、今の放浪生活の方が村での暮らしよりも充実していると感じる。

時々父様を思い出して胸がぎゅっとなるが、いつまで一人でそうしていても何も変わらない。

僕からしたら、お金で将来の相手を探すことは特殊に思える。

世の大人たちはそういったお店に男女問わず入れ込んでしまうことで

人生を台無しにしてしまう人もいるというから不思議なものだ。


 僕の歳ではお酒は飲めないが、酒場に入ったことがないわけではない。

これまでも町や村で人に話を聞いたり、

何か金銭的な報酬を目的とした依頼を目当てに幾度となく酒場に立ち寄った。

人が集まっていて、他愛のない噂話や、少し声をひそめるような話、

荒事あらごとや頼み事などの人手ひとでを集めるのにてきした場所が

たまたま酒場であることが多いからだ。


 暗くなった街の中でもこの一角だけは煌々こうこうと光があふれている。

まだ少し肌寒さの残る季節とはいえ、外にまで席を広げて賑わっている店もある。

どの店を当たろうか。看板や店の雰囲気、客層などを観察する。


 1軒目は通りの角に面して席をり出している開放的な店だ。

席は6割ほど埋まっているが、席と席の間隔が狭く、かなりの人数が座っている。

客層も様々だが、裕福そうな見た目の人は座っていない。

割とボロボロの見た目の人も多く座っていて、一人〜二人客の少人数が大半を占める。

出てくる料理や硝子器グラスはどれも安物のように見え、

シンプルな焼き物料理しか出ていないように見える。

店も従業員達は機敏に動き回っており、忙しそうだ。

入りやすさと回転数で勝負をしているのだろう。

立地としても目につく場所なので、運営方針とも相性が良さそうだ。

客たちは食べたらすぐに立ち上がり代金を置いて去っていく。

あまり会話が弾んでいるような客もいないようなのでこの店には入らず、次の店を覗くことにする。


 似たようなお店が続き、通りの4軒目のお店は雰囲気が違ったので窓から少し覗いてみた。

席と席の間隔は一般的な酒場の平均だろう。

数は7,8卓とカウンター席がある。

客入りはまずまず。

客の見た目は・・・見た事のある服装。

肩や肘、すねなどにも軽鎧ライトアーマー防護プロテクターがある。

この街に来た時に厄介になったダーラム街兵団の兵装へいそうだ。

他の客も旅人とは思えないような軽装で席に着いている人が多い。

従業員達とも談笑している人がいるので、地元の人か、この街に長くいる人たちが入る店なのだろう。

僕の目的とは外れてしまうので次を探そう。


 遠くからでも人の出入りが多いとわかる店があった。

複数人で連れだって入っていく人たちもいれば、1人で入っていく人もいる。

出ていく人々も一様いちようではない。

店の外観からしてもかなり広いお店だ。

2階にも客席があるようだ。客層の幅が広い。商人風や旅人風の人たちが多い。

蝙蝠の羽バットウィングの形をした通る度にギッタンバッタンと音を立てるバネ式の扉がひっきりなしに鳴り、

なか背景音楽BGMと化している。

今日の目当ての店が見つかったかもしれない。

少なくともこの通りでは1番客の出入りが激しい。

人気店であることは間違いないだろう。

大したへだたりも無いスカスカのドアから店内が見える。

賑わう店内で立っている人も多い。

広い店内の一角に人だかりがある。

ここだ。ここに入ろう。


 僕は店の方に足を向ける1団をとらえ、そっと後ろから歩調ほちょうを合わせる。

旅服のマント姿は1団の構成員たちと差したる違いがなく、

周りから誰も僕が一人客だとは疑わないだろう。

店内にゾクゾクと入っていく後に続く。

店内に入ってしまえば人の行き来が激しいので誰も団員1人の行動になんて気にとめない。


 店内は木目の荒削りな内装で、出している料理の油や酒が飛び散ったのだろう、

床が滑りやすくなっている。

繁盛店ならではの床のテカリと言っても差し支えない。

大衆酒場であまり気取っていない雰囲気とでも言おうか。

人の出入りが激しい理由は酒場の雰囲気だけではない。

人だかりの一角に向かって人混みの間をって進む。

体が大きくないと、こういう時に行動の幅が広がり便利だ。


 人だかりに参列する人達は皆、熱心に壁際かべぎわを見つめている。

そこには大きな掲示板があり、その掲示板には様々な情報が張り出されている。


・2匹の迷い猫を探してください 名前はドリーとニモです どうかお願いします


・貴方のお悩みを解消いたします クリニックタナス


・恋の妙薬みょうやく あります

意中のあの人を一夜であなたのとりこにします 妙薬専門店もんもん


・盗賊被害拡大!討伐遠征が組織される!打倒盗賊への資金援助はこちら


・貴族だけど、なんか質問ある?


・重大告知 やらかした(笑)


・貴方の未来を知りたくありませんか?貴方が来ることは分かっています


・昆虫駆除依頼 ホワイトリースアントの巣を根こそぎにして!


・指定の魔物を仕留めてきて欲しい。報酬は金貨3枚


・街兵団員募集中 求む!我が街のヒーローは君だ!


・ボランティア活動しませんか?

身も心も綺麗なあなたへの第一歩を踏み出しましょう


・今年最大規模で贈る 世紀のマジックショー開催!


・ダーラム・サーカスで楽しい時間を

誰もが笑顔になれる見世物があなたを待っている


・探偵事務所ワートソーン

依頼は事務所にて承りますので、お気軽にお越しください


・幻のキノコを採ってきて 金貨1枚


・ヨーンガルドまでの護衛依頼 定員4名


・怪鳥ドルキネアトルが食べたい マスケード侯爵より報酬あり


・宮廷仕官試験 7の月 12の日 午前9時30分〜 シティホール1階 特設会場にて


・今週末 ダーラム大聖堂ミサにてディヴォ・ルシルのコンサート開催

参加自由 一緒に歌で祈りを捧げましょう



 この街の情報がこれ程雑多に集まっている場所もそう多くないだろう。

噂を集めるにはこうした客観的な情報をなるべく多く集めて、

整理して状況を把握することが土台として欠かせない。

いくつか気になる情報があったので覚えておいて、後で手記メモに書き残しておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る