第24話 ある商人の噂

「はぁあ・・・」


 晩餐の席についた僕は、少しだけため息をついていた。


「如何なさいましたか、フィーロ様。随分とお疲れのようですけれど」


 今は周りにドネットさんしかいない。当然、聞かれているし、見られている。


「ドネットさん。少しだけお話を聞いてもらってもいいでしょうか?」


「ええ、私でよろしければなんなりと」


 ドネットさんはラモーネ水を作る手を止めずに耳を傾けてくれた。


「このお屋敷で従者の方々にお世話をされるのが、ちょっと僕には過剰というか、少し窮屈に感じてしまうんです。

とても贅沢なことを言っている自覚はあります。

でも、僕にはこれ程のすばらしいおもてなしを、していただけるような功績や財産は持ち合わせがないので、お返しすることもなかなか難しいと思っていますから、気おくれしてしまうというか。

申し訳ない感覚がありまして・・・」


 つい先程も、サイネリアさんとアルペローゼさんに、泡泡の風呂に全裸で放り込まれてゴシゴシ洗われて、この襟元が窮屈な背広姿に召し替えられた。

慣れない待遇。

少し愚痴るくらいは勘弁してほしい。


「フィーロ様にとっては、少しやり過ぎ、ということでございますか?」


「はい・・・恐れ多いです」


「あははは」


 ドネットさんは笑った。

それでいて、嫌味のある笑い方ではなく、本当におかしくて笑ってしまったといった感じだ。

僕のちょっとした悩みなんてあまり問題ではないようだ。


「ドネットさん?」


 ジト目気味にドネットさんを見ていると。


「いえ、ほんとに、失礼、いた、しました。ふふふ、フィーロ様」


「笑われてしまいました」


 ドネットさんがあまりにもおかしそうに笑うので、少し不貞腐ふてくされてみる。


「フィーロ様。

フィーロ様はお優しい。

それゆえ、遠慮してしまっています」


「そりゃあ、僕のような若輩の小柄の一般人がこんな身に余る待遇。

遠慮しない方がおかしいと思います」


「では、フィーロ様。

この間、このお屋敷にきた、1人の商人のお話をいたしましょう」


━━


 彼はこの街でそこそこ長く商売をしていて、商売で順調に利益を産んでいると自称されていました。

 我らのご当主様は、この街の古くから露天市場の一角の管理や国の貿易に携わっている家系です。

 一日に何人もの商人が、ご当主様にお目通りを申し出てきますが、大抵の要件であれば私やブルーベル近衛長、従者メイド長達がお申し出の内容を承ったり、ご当主様への取り次ぎを行っています。


 ある日突然屋敷に来た商人は、私たちでは相手にならないと難癖なんくせを付けて来て、制止を気にも止めずに屋敷に上がり込みました。

 通りかかった従者を引っ捕まえて応接間に案内させ、勝手に応接間に居座るばかりか、当主を出せと命令してくる始末でした。

 私たちは困り、ご当主様へ相談いたしました。


 ご当主様は、急遽きゅうきょ屋敷に侵入して私達使用人達を困らせたその商人に、寛大かんだいにもお目通りをお許しされました。

 ご当主様の指示で、ご当主様を応接間の隣の部屋までお連れし、筆談ひつだんという形でお目通りが執り行われました。

 商人にその事を告げると憤慨し、罵詈雑言ばりぞうごんを吐き散らした。その時の暴言の一部始終を、『声を記していつでも再び聞くこと』のできる魔具アイテムに収めました。


 商人が一頻ひとしきり暴言を吐き続け、落ち着いた頃合いで、ご当主様から筆談で商談を促すと、商人は取引の詳細、商品の説明や利益の分配に関して饒舌じょうぜつに述べた。彼は文字を書けないというので、その長い口上を従者に書き取らせ、ご当主様に確認しろと命じてきました。

 商人のとても酷い態度は隣の部屋にも届いており、その場にいた私もはらわたが煮えくり返る思いでしたが、ご当主様はさしてお怒りになるようなことも無く、商談を執り行われました。


 やってきた時とは打って変わって、商人はニカニカ、ペコペコとてのひらを返したような態度で、帰って行きました。

 商談は条件付きで成立し、翌々週にはご当主様の受け持つ露天市場の一角を、その商人に貸し出すことになったのです。


 数日後、ご当主様は貴族の集まりにご列席しました。

 そこにはこの街の露天市場を運営する貴族の面々が顔を揃えると聞いておりました。

 私はどこでその会合が開かれたのか、実際にどのような方々がお目見えになったのかは存じ上げませんが、お1人だけ確実にその会合に参加されたであろうお方を知っています。

 我々のご当主様が、残念なことに、ご婚約を破棄なされたアルベルトきょう閣下かっかです。


 アルベルトきょう閣下かっかは、街兵団の大隊指揮権を握られているお方なのですが、なんと!

 あの我々をさんざん侮辱した商人は、アルベルトきょう閣下かっかの指揮下にあるシルバーグラス大隊長率いる隊員によって数日を置かずに投獄されたのです!

 私は、ご当主様より正式にご婚約を破棄されてなお、ご当主様をお守りするアルベルトきょう閣下かっかに心の中で最敬礼さいけいれいをいたしました。


━━


「フィーロ様。ですから、あなたには礼節と他人を尊重できる清い心があると、私は感じております」


「ドネットさん」


「フィーロ様は、お話した商人のような立ち居振る舞いをされることはないと実感しておりますから、ご当主様にもこうして対面でお話することを許されておいでなのです」


「お話いただき、ありがとうございます。これからの一カ月、恐縮ながら改めてお世話になります」


「良い心がけですわ、フィーロ」


いつの間にか、僕が座るすぐ後ろにクレアンヌさまとブルーベルさんがたたずんでいた。

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