1-15  『動き出す時は気合でどうにかしろ』

 あれは確か二千年前に勇者と魔王の三人で密会を開いた時だったか。

 その日は雪が降る日で密会場所をとある遺跡群に変更して足を運んだが、勇者だけが来なくて魔王と持参した郷土料理を食べあっていた覚えがある。


「にしても凄いのう、このおにぎりとやらは。主な食べ物は穀物だけなのにここまで味を自在に出来るとは」


「こっちからしてみれば日常の一部に溶け込んでる食べ物なんだけどな。それにこれだって凄いじゃん。えっと……業火放浪龍の燻製?」


「こっちではそれも立派な携帯食じゃ。ちとグロテスクな見た目なのは認めるがの」


 そんなやり取りをしつつも勇者の到着を待つ。こういう密会の時は魔界の料理などを食べられる事が多いから楽しみにしていたりしたっけ。

 それからしばらくして勇者が到着するのだが……彼の姿を見て思わず頬張っていた燻製を吹き出してしまう。


「よ、よう……」


「おー来た。遅いじゃん、何やって――――ぶはっ!? な、何その髪っ!」


 いつもの鎧に聖剣を携えた姿はまさしく勇者だ。けれど汚れが付きアフロヘアーになった彼の姿は残念な物に仕上がっている。


「あー、ちと面倒な奴に絡まれてな……」


「アフロ! アフロになってる! ぶはははっ!!」


 腹を抱えて転げまわっていると魔王も普段との違いに笑いが抑えられないのか、少し笑いを零しつつも問いかけた。


「面倒なやつとは、近頃噂になっているあ奴か?」


「あーそうそう。ったくあの野蛮人が……」


 苦汁を嚙み潰したかのような表情をしつつも勇者は隣に座って酒を飲み干す。

 しかし青年とは言えど勇者も世界で有数の実力者。その力は上位存在と同レベルの物だ。そんな彼に苦戦を強いらせるとはかなりの強者なのだろう。

 魔王は顎に指を当てながらもその称号を口にしようとする。


「確か呼び名があったな。儂らとあと四人を含めて何と言ったか。えーと、せぶん、せ、ん~と……」


「あー、最近世界中で噂されてる呼び方だろ? 俺達含めて七人の実力者をある称号で呼んでるって俺も聞いたぜ。えっと、確か……」


 しかし歯切れの悪い二人に痺れを切らして■■はその称号を口にした。





「――《七冠覇王セブンズクラウン》」





 二千年前……前世の最後の方で散々耳にした言葉だ。当時は『神の領域にまで足を踏み入れた七人の神子』とまで言われていたっけ。全員とは言わずとも根源的呪いで死ぬまでに五回ほど殺し合ったものだ。

 だからこそ分かる。オズウェルドがあの時に使った力は《七冠覇王》のソレなのだと。

 だが。


 ――アイツ、何でこの時代にも……?


 前世でオズウェルドに会っている訳ではない。恐らくオズウェルドは正真正銘の人間で十数年前に生まれ普通に育っている。だからこそ何故彼の様な“平凡的な器”に《七冠覇王》の力が宿っているのかという最大の疑問が一切分からずにいた。


 この時代の人々は一部の人間や上位存在を除いてその存在を知らないはずだ。一応本では伝説として語られてはいたものの、それが掛かれている文献もかなり限られていた。大図書館でほぼ全ての本を読み漁らない限り《七冠覇王》の存在にか気づかないだろう(大図書館全冊読破済み)。


 ここまで事態が大きくなっては試験どころの話ではない。いくら世界の命運を背負わされることの多い《リビルド》とはいえど流石にここは協力を要請した方が……。


「……みんなどんな顔するかな」


 《七冠覇王》だと見抜いたアルフォードは間違いなく普通ではないと思われる。いやまぁ常人には扱えない血法を扱ってる時点で普通ではないと言う自覚はあるが……上位存在すら知らなさそうな存在を知っている事にみんなは疑問に思うはずだ。もし自分が時代を超えて転生してきた化け物なのだと知れたら――――リアはどんな顔をするのだろう?


 ――化け物!


 ――人の皮を被った偽物め!!


 ――この村から出ていけ!


「……ヤなこと思い出しちゃった」



 ――――――――――


 ―――――


 ―――



「あ、アル……。もう大丈夫なの?」


「うん。風に当たってたらちょっとだけ考えが纏まってきたから」


 生徒会室に姿を現すと既に作戦会議を始めていたみんなと視線を合わせる。どうやらみんなは学戦終結の為の手法と暗部の捜索について議論している様だ。ハルノがホワイトボードに書き出した箇条書きからそう読み取れる。

 それを見てからルゥナに視線を送った。


「ルゥナ、どういう意味か分かってるんだよな」


「うん。――友達だから」


「……そっか。なら俺はこれ以上何も言うまいよ」


 自分も会議の輪に入って机の上に集められた資料に目を通す。作戦はリアとルゥナが主軸となって立ち上げられたのか硬派だが確実にネヴィア高校を潰し、暗部を追跡できる手段を準備しようとしていた。

 普通に考えればこれが最善だろう。

 普通なら。


 思い出せ。二千年前に起こった戦争の最中、隣で見ていた軍師の書き出した思考の数々を。


「――ここ、一手抜けてる。俺達が暗部に集中しなきゃいけない以上ベレジストだけでやるには無理がある」


「え? でもルゥナ達の戦力を考えればこれで……」


「この立地なら爆薬を利用すればいくらでも状況を覆せる。この倉庫で戦うなら合成樹脂の準備量をもっと増やして。仮にそうならなくても樹脂で罠を作ったりルートを制限出来る」


「「――――」」


 作戦の一部としてネヴィア高校の生徒を廃墟になった倉庫へ誘い込み迎撃するというものがあった。だから奇襲を懸念してそう言うと全員からの視線を集める。


「それにこの大通りでF-3V型戦車改を使う戦法だけど、ここはポイントによっては瓦礫とか地面を崩して戦車をハメる事が出来る。やるならキャタピラの補強か援護の増員を考えて」


「わ、分かった……!」


「紺鶴、ここの地形出して」


「あい」


「……このルートは店の裏口を通られれば裏を突かれる。事前に工作するかあえてこのルートを踏んでネヴィアの生徒を誘導した方がいい」


「あ、うん!」


 そうして作戦の不備に指摘を出しているとリアがこっちを見ている事に気が付いて視線を向けた。


「リア、どうした?」


「いや、えっと……アルってこんな軍師みたいなキャラだったかなって」


「俺ってそんな脳筋に見えてたの?」


 確かに普段から戦う時にだけやる気を出す事が多いがまさかそこまで脳筋キャラとして見られていたとは。

 とまぁ今はそんな事は関係ない。

 今大事なのは如何にして学戦を手早く終わらせて暗部を潰すかだ。


「とりあえず今の修正点だけ踏まえれば学戦は問題ないはずだ。でも問題なのは暗部の対策についてになる」


「うん、そこが全く分からなくて……」


 本題に入るとルゥナは腕を組んで考え始める。

 ただの学生が暗部を追おうとしているのだ。その思考力は慣れている人のソレとは大幅に制限されているのだから当然ともいえる。


 相手の構成員の全貌が明らかになっていない以上むやみやたらな作戦は愚策だ。一応二千年前にも暗部の組織的なヤツはあったものの現代よりは動きも思想も拙かった。あまり参考には出来ない。

 となると出来る事は――――。


「リア、ジン、リビ……上に協力要請出しておいて」


「いいの?」


「事態が事態だ。出し惜しみはしてられない。お前も例のブツがいいように利用されたらどうなるか分かってるだろ?」


「そ、それもそっか……。分かった」


 そう言ってジンを連れて出ていくとベラフと連絡を取る為に人がいない所まで歩いていく。その間こっちはこっちで話し合いを進めなければ。


「それでルゥナ、もし仮に学戦が終わったらだけど……暗部に関わる以上危険は付きまとう。俺達はもしもの為にお前達を守らなきゃいけない。だから、みんなには主に俺達の“脚”として動いてもらう事になる。それでもいいか?」


「うん、構わない」


 確認を取るもルゥナは強い覚悟を持ってそう答えた。……が、そう決めて入るも乗り気であるのはルゥナだけのようだ。その証としてハルノや紺鶴はあまり自分から顔を縦に振ろうとはしない。


「でもルゥナ、なんでそこまでするの? 僕達みたいなただの学生が関わるだなんて危ないよ」


「同意~。せめて理由くらいは話してくれないかな」


「…………」


 二人の意見はごもっともだった。

 暗部に関わるのなら常に危険が伴う。いくら政府の実力者が護衛として傍にいるとしても危険がなくなる訳ではない。だから彼女について行く為にも二人は理由を問いただすが――――少し口籠った後に出したルゥナの答えは少し突飛な物だった。


「……放っておけないの」


「え?」


「ネヴィア高校とガーデン・ミィスが繋がってるって事は、オズウェルドも巻き込まれてるかもしれないんでしょ? 彼はあんな性格だけど交流会で何度も顔を合わせてるの。放っておけない」


「ルゥナ……」


「それにこの学戦はガーデン・ミィスが私達を衝突させる為に起こした……。アルフォード、そうなんでしょ?」


 ルゥナの問いかけに頷く。とはいえその理由は一切分かっていないからあまり自信満々に頷く事は出来なかったけれど。


「ガーデン・ミィスが主犯ならどの道私達は危険な事件に巻き込まれる。なら、もう状況は学戦どころの話じゃないと思うの。……アルフォード達は運よくこっちに来てくれた。でもネヴィアは違う。何も知らないはずなの。だから、放っておけない」


「「――――」」


 それは単なる優しさから来るにしてはあまりにも破綻している感情だった。

 二千年前の様な「殺す?」「殺すか~!」みたいな世界観ならまだしもこの時代は比較的平和だ。だから放っておけないだけで死ぬかもしれない事件に首を突っ込むのは相当な胆力が――――。


 …………。

 …………。


 違う。そういう人間なのだろう。

 かつて《勇者》と呼ばれていた彼がそういう人間だったように、ルゥナもまた放っておけないで首を突っ込めてしまう人間なのだ。ある意味では最も理解できない“良い人”という人種の。


「……ならこっちからはこれ以上何も言わない。それでいいな?」


「おう、俺ァ異議ねーぜ」


「私も」


 戻って来た二人に確認を取ると各々で自分なりに納得をしたのか顔を縦に振った。ハルノや紺鶴も同じようにして顔を合わせると頷いている。


「なら相手が相手だ。こっからは隠し事は一切なしで話そう。その第一歩目として俺は既にオズウェルドの位置を掴んでる」


「「えっ!?」」


 するとリアとジン以外の全員が驚いた表情でこっちを見て来る。

 そりゃあれだけ難しいと前置きをしたのにこうもあっさりと言われては驚くか。


 今も手首から出し続けている極薄の紐状の血を少し膨らませると、自分がどうやってオズウェルドを追跡しているのかを説明する。


「俺の血法でオズウェルドに血を付けてある。そこから紐状に血を伸ばして追跡してる。感覚的な話になるから的確な場所は分からないけどな」


「け、血法って……」


「あの赤い攻撃ってそういう事だったんだ」


「でも問題はこっからだ。ネヴィアとガーデン・ミィス繋がってるって言ったろ? あれ、嘘なんだ」


「え」


「――本当はオズウェルド自身が繋がってる」


 政府の人間という関係上話せなかった事を話すとルゥナは深い衝撃を受けて終末でも目撃したかのように目を大きく見開いていた。当然だろう。今さっきまで助けようと意気込んでいた人物が今回の件を引き起こした組織の一員だったのだから。


「ごめん、俺達もお前達を巻き込む訳にはいかなかった。だから話せなかったんだ」


 そう言うがどこまで行っても嘘をついていた事には変わりない。だからルゥナからしてみればこれはある種の裏切りでもあって……。


 まぁ、それを知らなくとも巻き込まれてるかもで事件に首を突っ込める人物がそんな程度の真実で怯むはずもなく。


「――なら尚の事助けなきゃいけない。アルフォード、場所は?」


 怯むどころかより一層覚悟が固まった様で強い瞳でこっちを見て来る。そんな彼女に懐かしい友の姿を重ねながら割と最悪な場所をマップで示す。


「ここ」


「うっわ……」


「まさかの本拠地かよ……」


 ピンを指した場所はとある街中の一角だった。けれどその中でガーデン・ミィスに関係のありそうな施設はたった一つしかなく、ガーデン・ミィスの本社……つまり奴らにとっての本拠地だと絞り込むのはそう難しい事ではなかった。


 こう見ると恐ろしいものだ。しれっと街中に紛れ込んでいるがその正体は街を破壊しようとしている暗部の本拠地だなんて。


 だがこの場にいる面子で乗り込んだって返り討ちにされるだけ。それに構成員の大半は魔術師で構成されているはずだ。その練度がどれくらいの物かは分からないがその気になれば【超常存在】や【神聖存在】を召喚する奴らだ。真っ向から立ち向かって生きてられるだけでも御の字だろうか。


 とにもかくにも情報が足りない。どうにかして情報を集めて作戦を練らなければ。


「多分オズェルドは俺達が動いてる事に気づいてるはずだ。でも流石に追跡されてる事は気づいてない」


「つまり今やるべき事は最速で学戦を片付けて奴らの後を追う準備、だね」


「そうなる」


 ルゥナの言葉に頷くと彼女は行動開始の時を早める為にと即座に紺鶴へと様々な指示を出し始める。彼もそれに従ってタブレットを操作しては校内にいる生徒達へ色んな情報を飛ばしている様だった。


 こっちはこっちで準備を進めなければならない。特にオズウェルド関連に対してはかなり慎重にだ。


「リア、ジン、俺達は奴らと接触した際の作戦練るぞ」


「あ、うん!」


「おう」


 作戦決行日がいつになるかは分からない。けれどなるべく早くやらなくては。せっかく掴んだチャンスを台無しにするほど甘い軍事作戦は経験していないのだから。

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