社会学における「近代」ってなんなの?(会話劇)

※社会学における「近代」は、社会学にとって非常に重要な意味を持つキーワードになるのですが、本編ではまだ言及することが難しそうなので、会話劇にまとめてみました。

お楽しみいただけましたら幸いです^^



登場人物:最近のお楽しみ


 巫 侑(かんなぎ ゆう):この時期に咲いている紫陽花を見るのが楽しみ。とくに土壌のアルミニウムをたっぷり吸収した青系の紫陽花が好み。

  

 志之元 蓮(しのもと れん):ご近所の老夫婦が最近飼い始めた豆柴ちゃんと散歩しているところに遭遇するのが楽しみ。名前を知りたいが聞けないので、心の中で「プロキオン」と呼んでいる。

  

 久野 愛(くの あい):春アニメがそろそろ佳境〜最終回を迎える時期なので、それを追いかけるのと、夏アニメのラインナップをチェックするのが楽しみ。



――――――――――


蓮「うーん……」


侑「どうした、蓮? 難しい顔して」


蓮「あ、カンナギ。実は、社会学のテキストを読んでいるうちに『近代』のことが気になって少し調べてみたんだけど、色んな説明が並んでいるからどう解釈していいのか……」


愛「え? 近代って、世界史に出てくる近世とか現代みたいな時代をさす言葉じゃないの?」


侑「ああ、たしかに『近代』と聞けば一般的には歴史の時代区分を思い浮かべるかもしれないな。でも、社会学で用いる『近代』は、世界史などで学ぶような時代区分としての『近代』とは意味が異なるんだよ」


愛「なにそれ? どういうこと?」


侑「そうだなあ。話せば長くなるんだが、まずは社会学がもつ背景について触れる必要があるな。実は、社会学にはとても重要な問いがあるんだ。その一つが、『近代とは何か?』っていう社会学固有の問いで……」


愛「んん? 社会学って、友だち関係とか家族とか教育とか、とにかくいろんな対象を問うていく学問じゃないの?」


蓮「えっと……復習のため、ここは僕が答えさせてもらっていいかな」


 蓮が侑に目配せし、侑は笑顔で頷く。


蓮「久野さんが言う通り、社会学はいろんな対象を取り扱った幅広い研究が可能なんだけど、そもそも社会学は『近代化』を契機に誕生した学問なんだ」


愛「近代化がきっかけに?」


蓮「うん。ごく簡単に説明すると、社会学はヨーロッパにおける近代社会の成立とともに誕生したんだ。市民革命や産業革命といった混乱のなか、革命によって破壊された秩序をどうやって生成していくのかっていう関心が生じて、社会の動きや法則性を実証的に解明しようと社会学が生まれた――んだよね? カンナギ」


侑「ああ。近代化を契機に誕生した社会学が考察の対象としているのが『近代社会』――近代を理解することを目指している学問なんだな」


愛「なるほど。それで『近代とは何か?』っていう問いがあるってわけね……あれ? じゃあ、本来、社会学の対象は『近代』に限定されてるってこと? でも、現代社会を対象にした社会学の研究もいっぱいあるし……あー! 混乱してきた!」


蓮「たしかに……現代社会を対象にした現代社会学のテキストや、大学には現代社会学の学科があったりするよね。近代社会学部って名称は聞いたことはないけど、社会学にとっては『近代』が重要で……だめだ、僕も混乱してきたかも」


侑「よし、いったん整理しよう。

  市民革命や産業革命、科学技術の発展といった大規模な社会変動――つまり、近代化によって、今までとは違う秩序のあり方や制度、暮らし、コミュニケーションの方法などが次々と現れてきたわけなんだけど、実は『近代』は社会にとってとても強力なメカニズムを生み出したんだ」


蓮「強力なメカニズム?」


侑「そう。システムや秩序といってもいいかもしれないね」


愛「具体的にはどういうのがあるの?」


侑「すべてを言い尽くすとまた長くなるから、簡単に……たとえば、資本主義システム。あとは国民国家、学校制度、医療や福祉の制度、自由や平等といった価値観なんかも挙げられるな」


蓮・愛「「ああ〜」」


侑「近代化によって誕生した資本主義や国民国家をはじめとする強力なメカニズムは、どこかの地域だけで発展した限定的な現象ではなくて、世界中の人びとを巻き込んで今も続いているといっていい。そういう意味では、僕たちが今生きている現代社会においても『近代』はまだ継続しているんだ」


愛「なるほどね、わかったわ」


蓮「うん。僕も」


侑「OK。で、話を戻すと――社会学では『近代とは何か』という重要な問いを抱えているんだけど、ここで注意したいのは、社会学において近代は『問われている』対象にあるってことなんだ」


 蓮と愛、それぞれ首を傾げる。


侑「つまり、『問われている』ということは、各研究者によって強調するポイントやその概念の解釈、アプローチの仕方がさまざまに存在しているんだよ。


 たとえば、有名どころを少し挙げておくと、デュルケムは分業が進んだ近代社会を異質な人々が有機的に結合した社会だと規定したし、ウェーバーは近代社会の特徴を合理化に求めている。まあこのあたりの話もとても重要だから、改めて詳しく取り上げるとして――


 とにかく、社会学にとっての『近代』は根本問題だ。だから、『近代』が何を指しているのかを明確に定義するのはとても難しい」


蓮「そうか……だから近代について色々な解釈や記述があったんだね」


愛「状況はすごくわかったんだけど、結局『近代』ってなんなのかよくわからないわ……」


侑「はは、ごめんごめん。でも大丈夫。『近代』についてざっくりでもイメージができるよう、複雑な議論はいったん傍において、僕なりに社会学的な捉え方や発想につながっていくようなポイントだけでも説明してみるよ」


蓮「ぜひお願いします!」


侑「うん。社会学における『近代』は、さまざまな定義や説明がされてきたんだけど、まずはイギリスを代表する社会学者、アンソニー・ギデンズが示した『基本となる定義』をみてみようか」


 侑、スマホを取り出し蓮と愛にテキストを送信。


――――――――

▪️モダニティ

18世紀半ばのヨーロッパの啓蒙主義の時代から、少なくとも1980年代半ばまでの時期で、世俗化、合理化、民主化、個人主義化、科学の誕生などによって特徴づけられる。

 『ギデンズ 社会学コンセプト辞典』(2018)p.13より抜粋

――――――――


愛「……あんた、こういうテキストいくつ持ってんのよ……リアル生き字引じゃない」


侑「? 数えたことはないが、スマホの容量だけじゃ足りないからタブレットにバックアップをとってあるぞ。よかったら送ろうか?」


愛「――いや、気持ちだけもらっとく……(まじでやべえなこいつ)」


蓮(え……カンナギ視点のまとめがもらえるなら欲しいな……後でお願いしよう)


侑「そうか。興味ができたらいつでも言ってくれよ。すぐに送るからな。

 で、このギデンズのテキストで押さえておきたいのは、モダニティ――いわゆる『近代』が『世俗化、民主化、個人主義化、科学の誕生など』によって特徴づけられている、っていう点だ」


蓮「なるほど……(テキストを書き写しつつ、ハイライトを引く)」


侑「もう少しこの点に関連して付け加えるなら、『近代』っていうのは、今ではすっかりおなじみの資本主義、国民国家、官僚制、学校制度、近代家族などの諸々のシステムを備えているということだ」


愛「ああ、『近代』が今も継続している根拠になってる強力なメカニズムの数々ね(あら、今私けっこう賢いこといったんじゃない?!)」


侑「そうそう。じゃあ、『近代化』がどんなふうに説明されているのかについてもみてみようか」


 侑、次のテキストを蓮と愛に送信。



――――――――

【59 近代化】

産業化や技術革新などの原因により、社会は「前近代」的状態から「近代」的状態へと変化する。この移行プロセスにあって、合理的精神が支配したり、民主的な政治体制ができあがったりなど、経済以外に文化や政治などの領域でも変化が生じ、多くの社会が似た特徴を示すようになる。

 『社会学の力 最重要概念・命題集』有斐閣(2017)p.222より抜粋

――――――――



愛(もうツッコむまい……)


蓮「(テキストを熟読しつつ)なるほど……多くの社会が似た特徴を示す、かあ」


侑「社会学における『近代』を理解するにあたって、とくに重要なのは、

 〝経済以外に文化や政治などの領域でも変化が生じ、多くの社会が似た特徴を示すようになる〟っていう箇所だな」


愛「どうして?」


侑「つまり、この記述は『近代』を単なる時代区分として捉えるのではなく、『現象』として把握している視点が含まれているんだよ」


蓮「『現象』としての近代かあ……(興奮するようにペンを走らせる)」


侑「この点について、日本の社会学者――荻野昌弘さんの解説がすごく参考になるから確認してみよう」


 蓮と愛のLINEに侑からテキストが送られてくる。



――――――――

重要なのは近代が単に西欧社会に固有の地域的な変化ではなく、西欧以外の諸地域の変化も誘発するものであった点である。たとえば、明治維新の日本でも近代=西欧がモデルとされた。

 『社会学の世界』(1995)八千代出版 p.32より抜粋

――――――――



 蓮と愛、テキストに目を通す。二人が読み終わったのを確認して、侑が追加のテキストを送信。


侑「続けて、同じく荻野昌弘さんによる指摘だ」



――――――――

(略)社会学において近代概念は、歴史学のように厳密にある特定の地域と時代を指すよりも、むしろ複雑な現実とその変容をとらえるための方法的な概念として構成されるべきである。

 『社会学の世界』(1995)八千代出版 p.32より抜粋

――――――――



侑「ここで注目したい重要な点は、『複雑な現実とその変容をとらえるための方法的な概念として構成されるべきである』って箇所なんだけど――つまり、社会学のいう『近代』には、対象をとらえるにあたっての方法的な視点も確保されているんだよ」


蓮「なるほど……社会学で用いられる『近代』が単なる時代区分をさしていないってことがわかってきた気がする」


愛「んんー、わかったような、わからないような……『近代』に、対象をとらえる方法的な視点が確保されてるって、いったいなんのことを言ってるの?」


侑「要は、なにかを探求するときに『近代』を視点や手段として用いてみようってこと。

 『近代』を意識することで、新たに見えてくるものがあるかもしれないんだよ」


愛「そっか、意識する……」


侑「たとえば、今でこそ僕たちは『社会』ってことばを普通に使っているけど、『社会』は近代化の波によって『発見』されたと言えるんだよ」


愛「え?! 社会って近代化する以前からあったんじゃないの? だってほら、村とかあったでしょ?」


侑「そうだな。言い方を変えると、近代化するまでは『社会』というものが特別に意識されていなかったから〝存在していなかったに等しい〟ってこと」


蓮「そうか……近代化するまではわざわざ『社会』っていうものを考える必要がなかったってことだね。でも、社会学が誕生するきっかけとなった市民革命や産業革命によって、新たにどうやって秩序を生み出していくかを考える必要が出てきた――つまり、『社会』に意識が向けられ、考えていかなきゃならない状況になったってことか」


侑「その通りだ。

 大きな社会変動をもたらした近代、近代化が意識され、考えていく必要が生じたことによって『社会』というものが『考察対象』になったんだよ。そういう意味において、〝『社会』が『発見』された〟ってことなんだ。

 だから、『社会』という概念はきわめて近代的なものである、と言えるんだよ」


愛「へえ〜、今まで当たり前に使っていた言葉にも色々な歴史や背景があるのね」


侑「そうなんだよ! 面白いだろ? 他にも、今では日常的に使われている『個人』も『社会』と同様に近代的な概念なんだよ。そうだ、『近代社会』といった場合に、なにを想定しているのかについても簡単に触れておこうか」


蓮「ぜひ!」


侑「OK。『近代社会』っていうのは、経済の面においては『資本主義』、政治的には『民主主義』、文化的には『個人主義』といったシステムに特徴付けられた、ある特有の社会構造、文化や生活様式を備えた社会、としてイメージしてもらうといいんじゃないかな。

 

 ポイントとしては、西欧を起点とした『近代化』は西欧にとどまることなく世界に広がって、諸々のシステムとして人びとの生活や行動を規定している、という点だ」


愛「なんか『近代』への見方がずいぶん変わったわ」


侑「それは嬉しいな。よし、じゃあこれまでの話を踏まえた上で、改めて社会学でいう『近代』を構成するポイントを確認していこう――


 多くの性質や特徴が指摘・論じられ、いまや世界に広がった『近代』の特質すべてを言い尽くすことはすごく難しいけれど、社会学における『近代』とは


▪️単なる時代区分ではなく「現象」としてみなされること

▪️しかもその「現象」は西欧にとどまらず、世界に広がっていること

▪️具体的には世俗化・合理化の進んだ社会や資本主義、民主主義、個人主義、学校制度などなどが近代の特質として挙げられる


 ってところかな」



蓮「ありがとう! 近代が社会学にとってとても重要なキーワードってことはわかっていたんだけど、今ひとつ掴みきれていなかったから、カンナギが解説・整理してくれてすごく助かったよ」


侑「そういってもらえると僕も嬉しい。

  社会学を楽しむ上で『近代』は欠かせない概念だからな。もし興味があれば、それぞれの社会学者がとらえた『近代』についての話も……」


愛「こ、今回はこれでお腹いっ……じゃなかった、ちゃんと覚えたいから、それはまたの機会に……」


侑「そうか? じゃあまたの機会にだな」


愛(助かった……)



〔了〕


――――――――――――


ここまでご覧くださりありがとうございました^^! 


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