第7話 夜叉姫―3

 ここまで物語が進んだ時点で、すでに、賢明な読者は気づかれたであろう。佐江姫と父親の矢沢頼綱の齢が、祖父と孫ほどに離れていることに――。


 実は、頼綱が遅くして授かった姫御子ひめみこ、それが佐江姫であった。


 しかも、美姫びきとしての評判ひとかたならず、近隣諸国の名だたる武将らから「ぜひ、わが妻に」「せがれの嫁に」という申し入れが引きも切らずであった。


 頼綱の得意や思うべしである。まして、孫のような姫御子ということもあって、だれの目から見ても、その鍾愛しょうあいぶりは溺愛に近く、目の中に入れても痛くないといわんばかりのものであった。


 それだけに、戦場では無敵に近い猛将の頼綱も、この自慢の愛娘だけには歯が立たない。何を言われても手も足も出ず、まさに顔色なしのていである。


 佐江姫にたしなめられて、頼綱の声が静まったとき、座を盛り上げるような愛想のいい声音こわねが響いた。

「さあさ、ご一同、今宵は遠慮はご無用。元服式も無事終わり、祝いの無礼講といたそう。大いに飲み、談じ、日頃のさをはらってくだされ」


 口の重い当主昌幸に代わって、そう快活に述べたのは、昌幸の弟信伊のぶただであった。風折かざおり烏帽子に納戸なんど色の素襖姿で、一同にしゃくをして回り、実に要領よく立ち回る。不愛想な兄の昌幸と異なり、座持ちがうまいのだ。


 信伊の申すとおり、たしかに「憂さの種」は山ほどあった。


 


 




 


 


 

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