第4話 元服式―4

 老将は、この日、烏帽子親えぼしおやの大役を果たした矢沢薩摩守頼綱よりつなであった。元服式を控えた朝から、豪快に主塗りの盃を干しつづけ、すでに酩酊めいていの境地に入りつつあった。


 偉丈夫な体躯たいく黒綸子くろりんずの小袖で包み、真紅の指貫袴さしぬきばかまをはいている。小袖の上にはおった金襴の胴服どうふくの背に描かれているのは、大鷹の飛翔する姿だ。


 呑むほどに弁舌が冴える。

 ひとしきり、近隣諸国の武将の性癖、逸話、戦功などを滔々とうとうと弁じたかと思うと、一転、沈黙。


 ややあって、大きな眼球をくわっと剥き出し、

「皆の衆、この上田の城さえあれば、大軍といえども怖れるに足りず。上杉、北条、徳川などの敵が群がり、押し寄せようと、手玉にとってせようぞ」

 と、盃を傾け、呵々かか大笑した。


 派手な身形も、人を人とも思わぬ奇矯ききょうな振る舞いも、まさにバサラである。傾奇者かぶきものである。何者も怖れぬ奔放不羈ほんぽうふきの精神が、頼綱という異形の姿となって、戦国という地上に現出していた。

 

 このとき、頼綱65歳。

 真田家当主・昌幸の叔父であり、真田郷の南にある矢沢城主でもある頼綱は、一軍を率いていまだ負け知らず。戦歴赫々かくかくたる一騎当千の武将として、その武名を関東一円に轟かせていた。


 並み居る一門衆はおろか、当主の昌幸すらも、この叔父にはまるっきり頭が上がらない。頼綱がいかなる大言壮語を吐こうとも、一同、唯々諾々いいだくだくとうなずくばかり。


 その頼綱が元服式を終えた幸村に向かって、鋭い眼光を放った。

 

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