ReCollect the Negator
瀬尾なずな
1 Notice
アインス皇国東部、アンファング村。村内は厳かながらもどこか浮かれた雰囲気で満ちていた。明日の朝、皇都アストランから皇国の役人が来る。
それは、魔王討伐の勇者がこの村にいて、そいつが告知を受ける、という儀式だ。皇国きっての占い師、ゼロと言うらしい……ゼロ様と呼べ、と村長が言っていた……ゼロ様に占われ現れた勇者が、どうやらこの村にいるらしい。勇者になってしまったら、魔王討伐の旅に出るのだ。
正直俺だったら行きたくないなぁと思った。この話は幼馴染のアワから聞いたのだが、そう言ったら笑っていた。
でも行くんだよな、誰かが。それってどうなの、やっぱり辛いことなのかな。村にとっては栄誉なんだろうね、そんな話をしたのを覚えている。
俺を含む子供たちはひとところに集められて、一緒に寝ることになっている。皇国から来る占い師を、絶対に見てはいけないらしい。辺境の村の人々ではお顔を見ることが出来ないほど、高貴な人だと、村長は言っていた。アワと俺の父さんがわざわざこの家の出口に立っている。俺たちを見張るためだ。
「なーんか、迷惑な話だよな」
「しょうがないよね、それにしてもなんか頭にくる」
「偉そうっつーか、なんつーか。顔くらい見てもいいんじゃねーの?」
「まぁ、ボクらには関係がないから……」
二つある広間は性別で分けられたのだが、オムツの頃から互いに知り合う俺達にプライバシーの考え方はあまりなく、扉を開け放して話している。布団に寝っ転がって欠伸をしたのはイアだ。俺は肘をつきながら、こんな時にまで本を読むアワを見やる。
「頭にくるって言ったくせに本読むのな、お前」
「だってやることないもん」
「ミラ、寝たらいいじゃん」
「お前らはいつ寝るんだよ」
「ボクはほら、さっきトイレに行った子が帰ってこないと寝れないから」
「まだ帰ってきてなかったのか?」
「というか、何とかして占い師の顔とか見れないかなって」
しれっと言い放ったアワは本から視線を外さない。
「お前正気かよ……村長もあんなにピリピリしてんだぞ」
「だからこそだよ、わかってないなぁ」
ちびっ子のトイレ云々は嘘だったみたいだ。何故か冷たい目で俺を見る二人に居心地が悪くなって、俺は布団に仰向けに大の字になった。
「俺達の村からなんて、信じられないよな」
勇者ってどんな人が選ばれるんだろう。村にいる若い男を何人か思い浮かべてみる。若い人の数はそう多くない。みんな都市に出稼ぎに行って、だいたい帰ってこないから。アンファングとはそういう村で、本当に田舎だった。
「でも強そうな人なんていないよな」
俺が呟いたとき、アワー!とちびっ子のうちの一人が叫んで、寝転がって本を読んでいるアワの背中に飛びついた。
「何、痛いよ」
「おれも明日の朝、見に行きたい!」
しまった、聞かれていたか。
「見に行けないよ、そんなの。寝てな」
「アワとミラだけなんてずるいだろ!」
「俺たちだって見に行かない。そんなことしたら父さんたちに怒られるぞ」
不満そうな声を出すちびっ子を背中から振り落として、アワは本を閉じた。
「じゃ、俺は寝るから」
「ずるいー!」
「見に行かないって言ってるだろ。早く寝ろ」
おっと、チビがこっちに向かってきた。
「はい、寝るよ。ボクらも寝るんだから」
俺達は子供のなかでも最年長だから、ちびっ子達の面倒を見ることになってしまったのだ。五人いるちびっ子達はひとつ部屋に押し込められて騒ぎまくり駄々をこねまくり、俺達は結構疲れていた。阿鼻叫喚とはこの事だ。
木製の天井を見上げる。普段は集会所として使われているこの建物は、結構天井が高い。
イアはすぐ寝付いたようで、穏やかな寝息が聞こえてくる。ゴソゴソとうるさかったちびっ子も寝たみたいだ。
「アワ」
「ん?」
「大変そうだな」
「……何が」
「勇者も、皇国の使者とか占い師もさ、みんな魔王のせいで働く羽目になってるんだろ」
「皇国の使者とか占い師は、それで食べてるんだけどね」
「それにしてもさ、」
「……」
「アワ?」
俺がもう一度口を開いても、アワからの返事はなかった。寝てしまったようだ。
俺は布団の中で腕を組んだ。魔王一人のせいで、こんなに人生が振り回される人がいるなんて、魔王というのはつくづく厄介なものだなぁ……それにしても、勇者って過去何人も呼ばれているみたいだけど、そいつらはどうしたんだろうか。やっぱり死んだんだろうか。それとも特殊なトレーニングを受けさせて、最終的に世代が違う勇者軍を作るつもりで呼んでいるのだろうか。明日の朝は何時に起きればいいのだろうか……。
考えている間に、眠ってしまったようだった。
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