第22話 ラスボス戦あとのラスボスとのひと時

丸太でできた小さい小屋の中で、私はラグナスを軽く睨みつけ続けている。


「酷いじゃないの。あれだけ親切にしておいて記憶を消して外に放り出すだなんて」


ラグナスは悪びれもしない表情で口笛を吹きながら別の方向を見ている。


「だってあれくらい説明しないと理解してくれないって思ったんだもん。けど喋りすぎたと思ったんだもん。いくら何でも喋りすぎたと思ったんだもん」


ラグナスは椅子に座るよう手で促す。


…まず話は一旦ロドディアスのいた古城から病気の蔓延(まんえん)している城下町に戻った時に戻る。


私達はまだ動き回っている魔界の毒を持つ生き物…適当に水のモンスターと名付けて医師団の前に出した。


「エリーにも病状が出てあれこれと原因を探して対処法を探したのですが、どうやらこの水のモンスターの表面には毒があるようでその表面に触れた手でものを食べるだけでも病状が出るようです。恐らく丸ごと飲んでしまった場合でも。

そしてお湯をかけるとすぐに死んだので具合の悪い人たちを熱めのお湯に入れてみてください」


ロドディアスに言われたのをさも自分が探して見つけたとばかりの語り口調でサードは医師団たちに指示をだした。


お湯に入るのが本当に効くのかどうかは私たちも半信半疑だったけど、他に手立ても見つかっていないんだから試しにやってみましょうと他の医師団がお風呂を沸かして、病状が発症した人たちを入れてみた。


すると完治とまではいかないけど、具合はかなり良くなるという結果が出た。


看護長は風呂に入る程度で治るわけがない、と頭から否定してサードを小馬鹿にしていたけど、その結果を見て考えを改めたらしい。


「…理解しました。これはモンスターの毒を風呂の熱さとそれによる発汗作用で体外に排出するということですね。それなら熱い飲み物を飲めば腹痛を引き起こす毒も早めに排出されるはずです。火傷をしない程度の熱い飲み物も飲ませてみましょう」


そんなこんなで私も熱めの風呂に入って、熱いお湯を我慢しながらチマチマ飲んでいたら具合も少しずつ良くなっていった。


私と共に町の人たちの具合も良くなっていくのを確認して、もう医師団が居れば大丈夫とサードが判断したから例のスライムの塔に近い村へ戻ってきて、そして私は一人で報酬を受け取りに行くと言い張って単身ラグナスの元に訪れて現在に至る…というわけだ。


私はラグナスに促され椅子に座ると、ラグナスがアップルパイをそっと出してくる。


「今日は食べないから」


頬を膨らませてそっぽ向くと、ラグナスは嫌だなーと手を振る。


「今日は魔法かけてないからー。そもそもあんまり効いてなかったらしいじゃん?この前ロドディアス王が謝りに来たんだけど、ほとんど忘却(ぼうきゃく)魔法かかってなかったから解いたよって言われたもん。魔力の抵抗力ありすぎじゃない?」


「来たの?」


思わず聞くと、ラグナスは頷く。


「うん。娘とそのお守りの黒い甲冑を着た騎士を連れて謝りに来たよ。まさかスウィーンダ州の王様が直接来るとは思わなかったし、そもそも古城のボスが州の王様で地上に遊びに来てただけとは思わなかったけど…」


ラグナスは、あー、とやる気のない奇声をあげて顔を両手で覆う。


「まさか州の王様だったなんて…ヤッバかったぁ…魔王様の配下の私が州の王様に喧嘩売る行為しちゃったぁ…。そう言われれば百年前の大会で優勝したの王族の人とか聞いてたよ…。あー、あの王様穏やかな魔族で助かったぁ…。私平民だから上の人たちの顔と名前とどこのダンジョンにいるとか全然分かんなくてさぁ…これからもっと色々覚えてかないと…」


魔界でも色々と気を使わないといけないんだなと思った。

でもそれなら話が早い。これまでにあったこと全て話さないといけないかと思っていたから話す時間が省ける。


「それで毒の生き物…水のモンスターって呼んでるんだけど、全部消せそうにないわ。川が何時間か干上がれば全滅するでしょうけど、そんな事できないし…」


私の自然を操る力を使えば川を干上がらせることも可能だけど、それだと川に住む魚などの生き物にも大打撃があるだろうし、結果的に生態系が崩れたり人の生活にも不都合が起きるからできない。


ひとまず医師団から新種のモンスターが現れたという報告を国の方にすると言っていたから、そのうち新種のモンスターが出たと報告が出るんだろうけど…。


「うーん、敵のいないところに来ちゃったから繁殖しやすいかもねぇ。私も魔界ではよく見てたけど、人間界には一匹もいなかったもん」


ラグナスはアップルパイをもぐもぐと食べはじめる。


「…」

その姿を見るとつられて食べたくなるけれど、前回のことがあるから我慢する。


「そういえばロドディアスに、ここに魔界にも人間界にも詳しい魔族がいて、その魔族なら水のモンスターの毒をどうにかできるかもしれないって地図を貰ったんだけど…」


ロドディアスに渡された地図の赤い丸で囲まれた部分を指さすと、ラグナスのやる気のない表情の中に親しげな感情が浮かぶ。


「ああ、ここの。確かに詳しいだろうね。変わり者だけど私は好き」


正直、人間と個人的に良好な関係を築いているラグナスも変わり者だろうけどね、と思いつつ聞き返した。


「知ってるの?ここの魔族」

「うん。魔族で魔界にいたころからの知り合いだから」


知り合いなんだと思っているとラグナスは続けて、


「魔界では右に出る者はいないってくらい色んなこと知っててね。…あ、ちなみに魔王様の配下とかじゃなくて一般人なんだけど、魔界の知識人とは大体知り合いって感じの魔族。すごいよ」


魔族の一般人と言われても、あまり想像できないのだけれど…。ラグナスは知り合いのその魔族の話を続ける。


「その魔族はね『もう魔界の事は調べつくしたから次は人間界について調べたい。だから人間界で過ごす』って勝手に魔界から人間界に移り住んじゃったわけ。もちろん魔界の住民が勝手に人間界にくるのは禁止されてるし、本当は魔王様の許可が下りないと来れないんだけど」


「じゃあその魔族、魔王に怒られるんじゃないの?」


ラグナスはフォークをくわえながら両手で頬杖ついた。


「それがね、なんのお咎(とが)めも無しなの。どうしてだと思う?」


首をかしげて黙り込むと、ラグナスはフォークを皿の上に乗せる。


「本当なら拷問の後に処刑ものの出来事なんだけどね、すごーーーく色んな事知ってるから殺すには惜しいし、それに何度も魔界に戻るように魔王様の側近が説得に行ったらその魔族が怒っちゃったみたいで、

『あんまりしつこいと魔界に行く方法を人間の冒険者たちにバラす』って脅したらしいの。そうなったら大変だから手も足も出せないじゃん?」


確かに変わった魔族みたい。魔界の中枢(ちゅうすう)の人々を敵に回しても自分のやりたいことをやるという、そんな性格なのね。


「あっと、そういえばこれね。報酬」


ラグナスはそう言いながらテーブルの上で手を水平に動かすと以前と同じように品物がテーブルの上に出されたけど、私は首を横に振った。


「ううん、貰えないわ」


結果的にあの古城の主のロドディアスは魔界に帰ることになったけど、ふたを開けてみればロドディアスは自分から魔界に戻ることになったんだし、水のモンスターもどうにもできてないし…。


するとバンッと勢いよくドアが開かれた。

振り向いてその向こうに見えた人物に私は驚いて、えっと叫んだ。


そこに立っていたのは、サード…。


「サ、サード!?どうしてここに!?」


慌てて椅子を引いて立ち上がる。


サードは報酬が本物かどうか見極めるためについて行くと言い張っていたけど、魔王の配下で…しかも一度口説こうとしたラグナスに引き合わせるのはどうかなと考えた。

ラグナスもサードのことがあんまり好きじゃないみたいだから。


だからサードに憧れの目を向ける冒険者の女の子たちにサードが呼んでいると嘘をついて足止めをしてきたはずなのに、こんなに早く数々の女の子たちが突破されてしまったなんて…!


サードはズカズカと中に入ってきてテーブルの上の報酬の数々を見て、テーブルの上にバンッと手を乗せてラグナスの方へ身を乗り出した。


「てめえ、魔族なんだな?」


表向きの爽やかな笑顔の丁寧な言葉遣いじゃなくて、本性の悪い顔と乱暴な言葉遣いだ。


「サード…!」


サードをラグナスから引き離そうとするけど、サードは私の手を振り払ってラグナスの胸倉を掴みあげる。


ラグナスは表情も変えないで、ちょっと首を傾げながらやる気のない目でサードをチラと見た。


「魔族?何の話?私は人間なんだけど」


魔族だと言うと面倒と判断したみたいで、ラグナスはいけしゃあしゃあと嘘をつく。


「嘘つけ」


サードは手を離して、すすめられてもいないのにの隣の椅子を引いてどっかりと座る。

私は落ち着かない表情で同じように椅子に座った。


「古城にいたランディってうるせえ魔族が教えてくれたぜ。どうやら魔族ってのは人の記憶を消す魔法が使えるみたいだなあ?」


「ふーん、そうなの」


ラグナスは興味無さそうに紅茶をカップに注ぎ砂糖を入れ、スプーンでクルクルと回す。


「だがうちのエリーはそりゃあ魔力が強くてな。不思議と魔法の抵抗力も強いみてえだ。お前、エリーに記憶を消す魔法をかけたはいいが、そこまで魔力の抵抗力が強いと思わなかったんじゃねえの?」


「なんの話されてるか分からないんだけど」


ラグナスは鬱陶しそうな表情をしながらも、サードにもアップルパイと今れた紅茶を差し出す。


「そうよ、いきなり失礼じゃないの。相手は依頼人なのよ!」


ラグナスに助け舟を出すとサードに睨まれた。


「よくもまあ、自分の記憶をいじった魔族の肩持つよなあ?」


「そ…そんなことされてないもん!ラグナスは人間だもん!魔族じゃないもん!」


ラグナスを守ろうと必死に言いながらテーブルをバンバン叩くけど、サードの目に「てめえの嘘は分かりやすいんだよ」という呆れの交じった感情が出ている。

ど、どどどどうしよう、誤魔化せてないわとラグナスを見ると、口をおちょぼ口にして視線を逸らしてプルプルと震えながら笑いをこらえていた。


呆れたサードは軽くため息をついて身をのりだし質問してくる。


「ならお前、あのロドディアスっつー魔族があの城に住みつき始めたのが三年前だってなんで知ってた?」


「…え?」


「言ったよな?あの封鎖された町の町長が何年か前に魔族が住み着いたと言ったら、三年前じゃないかって正確な数字を言ったな?なんで知ってた?俺もアレンも誰からもそんな話は聞いてねえのにだ。

あとどうして毒のあるものがその城からこっちに来てるって分かった?このラグナスって奴に聞いたんだろうが。いくら生態調査してるからってどうして魔族のいる城から来てるって限定して知ってたんだ?え?」


流れるようにサードは言葉で畳みかけてくる。


「それは…」


全部魔族であるラグナスから聞いたにほかならない。

言葉に詰まってると、ラグナスがプルプル震えながらも手をふりふりと動かす。


「もういいよ、エリー嘘下手すぎて楽しい」


ラグナスはニマニマ笑いながらも指を組んでサードを見た。


「で、私が魔族だと知ってどうするつもり?倒す?それとも村の人たちにバラす?それによっては私の対応も変わっていくんだけど」


サードは少し考え込むと椅子から立ち上がった。その行動を見てバッと立ち上がってラグナスとサードの間に割り入って腕を広げる。


「待ってサード!ラグナスは人間とは敵対しない魔族なの。魔族でもどちらかというと人間と親しみたい魔族というか、人間をどうこうしようなんて考えてない人なの、お願いだから攻撃しないで!」


「なに魔族かばってんだよ」

「だって…」


今まで魔族といったら倒すべき敵としか思ってなかったけど、ラグナスと話してからその考えが百八十度変わった。


そしてロドディアスの紳士的な態度と子供への対応と愛情、そして素晴らしい景色に感動して私が約束を守ると言った時の慈しむ目を見て確信した。


魔族と言っても、ほとんど私たちと変わらないじゃないのと。


それに冒険してから同じ年代の女の子とこうやって甘いものを食べてお茶を飲んで話して…ということもしてこなかったせいもあるけど、何となくラグナスとは敵対したくもないし、仲良くしたい子だ。


「お願いサード、ラグナスもここを気に入ってるから去りたくないみたいなの」


必死に頼みこむけど、サードは冷めた目つきで私を見下ろしている。駄目かと思いながらも、それでもお願いという目でラグナスの前で腕を広げ続けていると、サードは視線をテーブルの上に移した。


「別に俺は魔族だなんだと言いに来た訳でもねえし、倒しにきたわけじゃねえ」


サードは邪魔だと私の肩を押し退けて、テーブルの上にある報酬の品々…魔界に生える薬草一束、魔界の水、ドラゴンの牙ワンセット、そして金貨の入った袋を奪うように自分の手元に引き寄せる。


「これでスライムの塔の初回特典代わりにしてやらあ。それで満足だろ」


パチパチと瞬きをしてサードを見返す。


「それって…見逃すってこと?」


「まあな。むしろ並の初回特典よりこっちの方がずっと貴重だろうが。相手が魔族ならこれ全部本物だろうしな」


サードは珍しくご機嫌だ。


…そうか、後払いの報酬を私がちゃんともらうかどうかが心配で、女の子たちをも振り切ってこっちにやってきたのね…。


サードはチラと出されたアップルパイを見た。


「ところで何だこれ」

「私特製のアップルパイ」


ラグナスが簡単に返すとサードは疑わしそうな目で見返す。


「毒でも入ってんのか?」

「エリーも前食べたよ」


サードがチラと私を見てきて、味について聞きたいのかと思って、


「美味しかったわよ」


と返すとサードはしげしげと手づかみで持ち上げて眺めまわしてから口に入れた。サクッと軽いパイ生地の音が響き渡る。


「…悪くねえな」


サードはガツガツと平らげて、ついでに紅茶も一気に飲み干してから指を舐める。


「座って食べればいいのに…でも美味しかったならよかった。勇者様に御馳走して褒められたって魔界で自慢しとくよ」


ラグナスは嫌味に近いような冗談を言いながら私を見て、


「だから何もやってないってば。食べなよ」


とすすめて来た。


本当に大丈夫かしら、でも普段から警戒心の強いサードも食べたんだから大丈夫かなと思い直して私も食べる。


するとサクッとしたパイ生地の触感が歯に伝わって、音も耳に心地よく伝わってくる。その後のりんごの柔らかさにじわっと広がる甘さ…。


「ん!この前よりも美味しい!アップルパイの生地ってこんなにサクサクになるものなの!?りんごも前より優しい甘さっていうか…!」


口を手で押さえながら言うとラグナスも、むふふ、と笑う。


「雑貨屋の娘さんに一昨日秘伝の作り方を教えてもらってね…。おっと、これは秘伝だからそうそう教えられないんだけど」


「え?なに?普通に作るんじゃなくて別の作り方があるの?」


「そうなの、手馴れた人って本に載ってるのとは違うやり方で作るのね。それもすっごく美味しくできて…」


するとサードは報酬の物を全部荷物入れに入れると立ち上がって入口へと向かう。


「話終わったら宿に戻れよ」


宿は最初に泊まったあの話好きのご主人がいるあの宿屋だ。一旦戻って来たと言ったら予約が殺到してるという話だったのに無理やり部屋を空けてくれた。


「帰るの」


案外とあっさりと引いて行くから思わず問いかけるとサードは舌打ちして、


「女同士の話し合いなんて聞いてもつまんねえんだよ」


扉を開けて小屋から出ると、瞬間に爽やかな表情に切り替わったサードがこちらに向き直った。


「大変美味しいお菓子をありがとうございました。女性同士の話し合いに男がいるのもなんですから、私はこれにて宿に帰るといたします。エリー、話し終わったら戻って来るんですよ。では」


バタンと扉が閉じてから、私はラグナスをすごい勢いで見る。

どう見たってあれは忘却の魔法じゃ…。


ラグナスはニマニマ笑っていて、


「エリーには本当にやらないから。あの勇者に私が魔族だって覚えられたら後々面倒かなって思って忘却の魔法をかけたの。それに…」


ラグナスは少し間をおいて、照れくさそうに言った。


「私が魔族だって分かってるのにあんなにかばってくれたんだもん。そんなエリーをもう騙したりしないから」


「…」

エリーは照れくさそうなラグナスを見て、思わず微笑んだ。


ああ、やっぱりラグナスとは仲良くなれそうだわ。


「けど…」


私はさっきのサードを思い出して笑う。


「記憶を消された後の言動って滑稽(こっけい)ね」


「そうそう。女同士の会話なんて聞いても面白くないって本心言った後に、女性同士の会話に男がいるのはなんだから~だって。笑っちゃうよね」


「ほんと、おかしいったら…」


私たちの楽しい会話は、日が暮れるまで続いた。

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