第19話 謎の黒い騎士

扉の木片や取っ手の鉄部分がスローモーションで辺りに飛び散って、とっさに顔を腕で覆った。


そして腕越しに目を向けると、目の前には骨だけの…馬?が前足を振り上げているのが見え、その馬には黒い甲冑姿の騎士がまたがり槍を振り上げている。


黒い騎士はこちらの人数を確認するように首をかすかに動かした。


わずかに背後に回っていたサードが黒い騎士を背後から聖剣で斬りかかる。でも黒い騎士の持っている丸みのある盾でうまく弾かれてしまった。


黒い騎士は槍を短く持ち構え、空気を貫く音を出しながらサードの頭に切っ先を突き刺そうとする。

態勢的に馬から落ちそうなほど後ろを向いているけど、馬のあばら骨に足を引っ掛けて落ちないようにして…。


何かおかしい。


今までの騎士型のモンスターは確かに人間的な動きで戦っていたけどあくまでも操られているかのような…とにかく進んで攻撃するだけで自分の頭で考えて動くという意思は感じられなかった。


でも目の前の黒い騎士は顔を動かして敵は何人かと確認したように見えたし、槍を短く持ち変える、落ちないよう骨に足を引っ掛けるなど知性を感じるこの戦い方は…!


「サード!その騎士、中は空洞じゃない!多分中に何かいる!」


「知ってる!」


黒い騎士の槍を避けたサードは黒い騎士に斬りかかったけど、その黒い騎士は馬の上を軽々と向き直りながらサードの剣を避けて、槍を振り回し片手でサードの頭を狙い振り下ろした。


ビュッと空を切る音と共にサードの鼻面先を槍先がかすめていく。


私は少し離れて、黒い騎士に向かって魔法を発動させて鋭い風を放った。


狭く窓もほとんどない通路の中をかまいたちのような鋭い突風が黒い騎士に向かう。

音を聞き付けたのか黒い騎士は槍を上に軽く掲げる。すると槍の周りにヒョオオ…と風が起き始めて、私に向かってドッと放たれた。


私のかまいたちのような風と黒い騎士の放った強風がぶつかり合って、その衝撃で目も開けられないほどの突風が通路の中を駆け抜けて飛ばされた。


「魔法も使うのかよ!」


アレンの声が風鳴りの奥でかすかに聞こえて薄目を開けると、目の前に槍を構え突進してくる黒い騎士の姿が映る。


「…!」

色んな所で戦ってきた私にだって、今の状況はとてもヤバいものだというのはよく分かる。


骨だけの馬に乗った黒い騎士の突進してくる速さと、私が魔法を使うためのわずかな時間。

そしてサードとアレンと私の距離。助けに来れる距離じゃない。


もう何も間に合わない。

このままでは上半身に槍が深々と突き刺さって、死ぬ…!


私は自分の体に来る衝撃を考え、目を閉じて歯を食いしばった。


「邪魔だ!どけ女ぁ!」


黒い騎士はそう叫びながら足を上げて私の肩を蹴りつけてきた。馬が突進するスピードで蹴られた衝撃で数メートルほど弾き飛ばされて壁に叩きつけられて息がつまる。


そのまま黒い騎士は中ボスのいた部屋の扉を同じように槍で突き破り、去っていく。


「エリー!大丈夫か!」


アレンが駆け寄ってきて私を助け起こす。


「痛い…けど体は大丈夫…」


あちこちを動かしてみても激痛が走って動かせない状態じゃない。

生身だったらヤバかったかもしれないけど、質のいい装備で痛いくらいで骨が折れたりとかそんなことにはなってなさそうだ。


「どんくせぇ…」


遠くでサードが小さく呟いてため息をついているのを見てムッとして睨みつけた。


あんな死ぬかもしれない間際をどんくさいと言われて呆れられるのは心外だ。むしろ心配するとかできないの、あいつ。


だけど…と私は破られた後ろの扉を見やる。


槍を向けて突進してきて、あの間合いなら自分を刺すことも可能だったはず。なのになんでろくに攻撃しないで去っていったのかしら…。


「けどやっぱり中に誰か入ってたな」


アレンは私を支えながら塔に続く扉へと歩いて行く。


「だって明らかに意思のある動きだったし…」


私が言うと、アレンがふと思いついたように続ける。


「俺思ったんだけどさ、今の黒い騎士ってランディって魔族と声似てなかったか?あの叫んでるような話し方とか声色とか」


「知らねえ興味ねえ」


サードは心底興味が無さそうに言うと塔の内部を覗きこんで確認する。


同じように壊された扉の奥を覗いてみると、そこには人一人が通るのがやっとの狭さの通路があって、両脇には高い壁が立ちはだかっている。


「罠っぽいわね」


「だなぁ。一人ずつしか通れないし、本当はここまで来た敵を上から順々に弓矢で狙い撃ちってところかな」


アレンが冷静に分析する。


「上…か」


サードはそう言うなり手足を両壁に当て、そのまま壁をよじ登っていく。


一般的な鎧より軽い作りでもサードだって鎧を着ているのに…よくそんな芸当ができるものだわ。


上まで登り切ったサードは辺りを見渡し、そのまま壁の上に登って姿が見えなくなった。


「なにもいねえ。来い」


サードは顔をのぞかせて壁を登れとばかりに指を動かしてきたけど…。


「サードみたいに壁をよじ登れるわけないでしょ」


私はそう文句を返してどこかにあるはずの階段を目指して進んだ。そのまま真っ直ぐ進んでいくと突き当り。右手側に階段、左手奥には扉が見える。


「あっちの扉は何なの?」


聞くとアレンは階段を上りる足を止めて、


「ああ、あっちは塔の地下に行くための階段だよ。とりあえずここのボスを攻略したら下に行こうってサードが言ってた」


攻略できたらの話だけどさ、とアレンは苦笑いで付け加える。


でも私は少し不安になってきている。


「けど中ボスであの強さなんだから、ここのラスボスってすごく強いんじゃないの?」


ここにいるモンスターは楽に対応できるけど、あのランディという魔族は今まで出会って来た魔族よりはるかに強かった。その上ってなると苦戦するかも…。


「んなこと考えるな」


サードが階段の上に仁王立ちになって待ち構えて私を見下ろして待っていた。


「どんな輩だろうがぶっ潰しゃあいいんだ。そんで初回限定のお宝をとる。そんでラグナスっつーオッサンから金目のもんをとる。それだけだ」


サードがとると言うと「盗る」に聞こえてしょうがない。

それにラグナスのことを勝手におじさんだと思ってる。まあいいんだけどね…。


サードを避けて壁の上に登り切るとそこは広い空間が広がっていて、がれきや色々な木箱が散乱している。


散らかっているのを後目(しりめ)にサードとアレンはどんどんと進んでいくから私もおいて行かれないように早足で二人を追いかける。


もうここから先のマップは頭に入っているのかもしれない。


「ここには何もいないのね。広い部屋なのに」


ここにも敵が待ち構えてもおかしくなさそうなのにというニュアンスで呟くとアレンがあはは、と笑う。


「もしかしてさっきの黒い騎士がスタンバイしてたんだけど、俺らがあの水っぽいモンスターに気を取られて中々来ないからランディみたいに待ちきれなくて飛び出してきたのかもな」


「けどその割に邪魔だとか言いながらあっという間にお城の方に行っちゃったけどね」


「なー。何だったんだろ」


思い返すたびに不思議。


あの身のこなしと魔法のコンボで強いと言うのは分かるけど、結局何のために現れたのかさっぱり分からない。


「…お」


サードが立ち止まるからアレンと私も立ち止まる。


サードの目線の先には窓があって、さっきまでいた城が見える。その壁は私の魔法で捻じ曲げぶつけた滝で濡れていて、屋根から壁の一部が滝の威力で破壊されてるのが見える。


「だいぶ派手だったもんなぁ」


アレンは壮観な物をみるような感想を言ってるけど、サードはなおも窓から外をジッと見ている。


そんなに凝視するほどの何かがあるかしらと私も他の窓から身を乗り出してみるけどそんなに変わったものは見当たらない。


「…」

でもサードは何か考え込む顔で黙って見続けてるから私も気になって聞いてみた。


「どうかしたの?何かあるの?」


声をかけると、サードがこちらを向いた。


「あれ見えるだろ。壁の白いの」


白いのと言われて壁を見る。壁は白くない。壁は灰色の石。

でもよくよく目を凝らすと、灰色に何か点々と白っぽいものが見える。


「あれって…」

「さっきの水っぽいモンスターじゃないか?」


「あっち見てみろ」


サードの言う方を見てみると、塔の日陰になっている方だ。そちらには白くなった点々は見当たらない。


「動いてるだろ?」


「…え」


サードはこともなげに言うけど、さすがに私もアレンもそこまで視力が良くない。というより、サードの視力が良すぎるだけ。


「じゃあ、日向の奴らは死んでて、あっちの日陰の方にいる水っぽいのは生きてるってことか」


アレンが呟くとサードは頷く。


「やっぱり体の大部分は水なんだな。だから日向に居ると干からびる。多分あっちの日陰にいるのもそのうち乾燥して死ぬだろ」


「さっきあのモンスターのこと考えてる暇はないって言ってたくせに」


何よ自分のことは棚上げしてという気持ちで言うと、サードは窓の外から目を逸らさずにポツリと言う。


「もしあれを水と一緒に飲んじまったらどうなるんだろうなあ?」


「…え?」


サードを見る。


「毒性の無いスライムでも食っちまったら腹が壊れるだろ?あれが水ん中にいたら気づかねえで飲んじまうよな」


私とアレンが顔を見合わせ、一緒にサードを向いた。


「まさか、あれが体の具合を悪くする毒の…!?」

「ってことは本当にモンスターだったのか!?」


「かもなって話だ。人に食わせたら一発で分かる。布の袋にいれたやつ、戻ったら看護長に喰わせるか」


ケケ、と笑ってるから冗談で言ってるんだろうけど、サードがいうと冗談に聞こえないから笑えない。


サードは窓を離れて歩きだした。


向かう先の薄暗い奥には扉がある。この古城に入ってから扉の奥からモンスターやら魔族やらが飛び出してきてたから用心しながら近寄って、音を確認しつつそっと開いた。


でも見えたのは円形の塔を上がるためのらせん階段、敵も特に居ない。


「ここのてっぺんにラスボスがいるの?」


私の言葉にアレンは頷く。


「だな。ここまで来てもラスボスっぽいのもいなかったし、だとしたらやっぱりこの塔の天辺だと思う」


「じゃあ、あとはスライムの塔と同じ感じなのかしら。階段を上がってフロアっていう」


「いや、あんなに単純な造りじゃないぜ。どっちかっていうとこの塔は籠城用っぽいから部屋が結構あるんだよ。この塔が最後の要(かなめ)みたいだからスライムの塔よりはちょっと複雑かな。

さっきの長い空中回廊だって、こっちに避難したら壊して敵が来れないようにする仕組みだったんだと思うし。今でもあの通路が残ってるってことはここまで攻め込まれたことは無かったんだろうけど」


なるほど、色々と考えて造られてるのねと頷きながら階段を上がっていく二人の後ろをついていく。


途中、らせん階段を登っていると先に進ませないとばかりの大きい盾を持った騎士型モンスターが立ちはだかるように現れズンズンと猛スピードで駆けてきて階段を落とそうとしてきたり、階段のわずか上から一つの小隊並みの多さの騎士が一斉に弓を構え射撃してきたりと、城の中よりモンスターの数が多く、そして本格的にこちらを殺す勢いで妨害するようになってきた。


まあ城の中のモンスターだってこちらを殺す勢いだったんだろうけど、ここまで「うわっ」とびっくりするほどの勢いもなかった。


それでもあの中ボスのランディを考えるとあまりにも弱い。


もちろんサードのなんでも切れるという聖剣と私の魔法があるからこそ弱いと感じるのかもしれないけど。


「けどあの黒い騎士みたいなモンスターは出てこないわね」


やはりどの騎士型のモンスターも中は空洞で、あの黒い騎士のように意思を持って動き回るようなモンスターは未だに出てこない。


「やっぱりあの黒い騎士もモンスターじゃなくてランディの次に控えてた魔族だったのかなあ?」


アレンは首をかしげながら言い、


「その割に私たちのことはスルーしていったけど」


と私は続ける。


今まで見てきた魔族は冒険者とみると、とにかくここから先には進めさせない、必ず倒すという意思を持って戦いを挑んでくる。


だからあんな風に蹴飛ばす程度でやり過ごす魔族なんて見たことも無い。むしろ魔族なのかそれとも変わったモンスターなのかも分からないけど…。


あの黒い騎士は謎だ。

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