第11話 古城へ

重装備の看護衣装を脱いで、それを東門の傍に立っている医師の一人に渡した。


「では、お願いしますね」


サードが看護衣装を渡すと、その医師はどこか挙動不審な動きをしてピョンピョンと飛び跳ねる。


「ま、まさか勇者様たちが来ていたなんて…!しかも脱いだら勇者御一行だなんて…!」


「今来たばかりですよ」


看護衣装を渡した医師…声から察するに男の人はどうやら喜んでいるらしい。スーコーという呼吸音が乱れに乱れてハァハァという怪しい音に聞こえる。

国の医師団は皆ストイックな人ばかりだと思ったら、やはり中にはミーハーな人もいるようだ。


「そういえば医師の中にも倒れた方がおられるようで…心配ですね」


サードが声をかけた。


医師は渡された服を折りたたみながらそうなんですよ、と頷く。


「ちゃんとこの服を来て、殺菌した部屋にも入って、ついでに外部からここに持ち込んだ食べ物を食べているので病気に感染することは基本的に低いと思うんですが…とりあえず今、何を触って何を食べたか聞いて調べている所です」


と、そこまで喋っていた医師が何かに気づいたようにこちらを見て、畳んだばかりの看護衣装を差し出してきた。


「っていうか、脱いだら感染してしまうかもしれません!これを着ていってください!」


しかしサードは首を横に振って差し出された重装備の看護衣装を押し返す。


「あなたたちの看護長は病気だと主張していますが、私たちはモンスターの仕業だと思っているので不要です。これを着ていると素早く動けませんから」


「モンスター…?」


医師がキョトンとした声で聞き返すからサードは軽く頷いて、


「看護長に細かい話はしています。まあ、看護長によればモンスターの仕業ではないの一言で終わってしまいそうですが」


医師はそれを聞いてプッと噴き出してゲラゲラと笑う。


「確かに!看護長はちょっと頭固いので…。とりあえず、病状が出たらすぐこちらに戻って来てください。あとこれ…」


医師が皮の布で厳重に包んだものを手渡してくる。


「気休めですが頭痛と吐き気を抑える薬です。持って行ってください」


サードはそれを受取り軽く上にあげて「ありがたく頂戴します」と礼を言い、歩き出した。私とアレンも医師にお礼を言ってから歩きだすと、


「お気をつけてー!」


と見えなくなるまで医師は両手を頭の上でブンブンと大きく振っていた。


そうしてしばらく歩いて医師の姿が見えなくなったころ、サードが急に振り向く。


「いいか。ここから先、自分の持ってる水以外は飲むな」


アレンも私も何を今更、という気持ちを込めて軽く頷く。


でもあの病状はモンスターによるもの、というのはサードの嘘だけど、あんなに物々しい服を着込んだ人々や説得力のある医師の話を聞くと段々と心配になってくる。


「けどラグナスは毒だって言ってたけどその毒がどんなものなのか分からないし、本当にその毒でああいう病気になるんだったら…」


看護服を脱いだ今、じわじわと病気に侵されつつあるのではと思うと段々と不安になってそう言うと、サードは吐き捨てるようにため息をついた。


「悪化して死ぬ可能性のあるのは体が弱ってるか生まれたばっかりのガキだって、あの情報屋が言ってたろ。俺らがかかったとしても死にゃあしねえよ」


「そうはいっても…」


なおも続けて言おうとすると、サードが眉間に深いしわをよせて手を伸ばし、私の頬をギニッとつねり上げた。


「痛い!いたいいたいいたい!」

「サード!女の子の顔にやめろよ!」


アレンはサードを羽交い絞めにして私から引き離した。


「てめえが川を流れてくるっつったんだろ、だったら川の水だ。川の水さえ飲まなきゃいい話だ。あの医師団は伝染病だっつってあんな服着てんだから細菌だの空気感染だのと思ってるんだろうがな」


そう言いながらサードは私に向き直ってわずかに高い位置から腕を組んで見下ろしてくる。


「つーかラグナスって生態調査員は本当にこの古城のある方面から川下のスライムの塔方面に毒が流れてるって言ってたんだな?」


いきなり何よと思いながらも頷く。


「俺があの村にいるとき、生態調査員はモンスターを調べる職業だって聞いたぜ?モンスターでもねえのになんで川を流れてくる毒のことが分かった?それで何でこの古城とその毒をもつ何かを結び付けて古城を攻略してくれって頼んできたんだ?」


「…そんなこと私に聞かれたって困るんだけど…」


そういつつ、私も何かおかしいと感じていることをサードも何か感じているらしい。

私の頭の中ではラグナスに言われたことで全て納得できている。でもよくよく考えると何かおかしいような気もする。でもそれよりもっと深く考えようとすると頭の中が空っぽになって思考が止まってしまう。


私の言葉を聞いたサードは黙って見下ろして「いい加減放せよ」とアレンの腕を煩わしそうに払いのけて、


「行くぞ」


と踵(きびす)を返して進み始めた。


「エリー、ほっぺ痛くないか?」


アレンが心配そうに聞いてくる。アレンはいつでもサードに痛めつけられる私をかばって心配してくれる。アレンのこの朗らかな優しさにはいつも救われてきた。

最初に会った時の「大丈夫、俺が居るから悪いようにはならないよ」を未だに守り通してくれているアレンにあまり心配はかけたくない。


「うん。大丈夫よ、これくらい」


本当はジンジンと痛むけど、この程度の事で痛いといつまでも喚(わめ)いているようじゃ冒険なんてできたものじゃないし。


私はサードの無防備そうで、全く隙のない後ろ姿をキッと睨みつけた。


見てらっしゃい、いつかサードが弱った時に今までの仕返しをしてやるんだから。


サードは気づいているのかいないのか。そのまま歩みをすすめていく。


そうして背中を睨みつけたまま伸びた草を踏みしめガサガサと道を通って行くと、遠くからゴウゴウと水の流れる音がしてきて、手入れもあまりされていない山の斜面の上に恐ろし気な雰囲気を放つ古城が少しずつ木の間から見えてきた。


昔は堅固な城だったんだろうなと思ったけど、誰も住まずに放置されたその城にはつる草やイバラが絡まり合っていて、石でできた城を囲う壁もあちこち崩れ落ちて地面に転がっている。


城の窓も見えるけど、まだ昼なのに中は薄暗くて外からは中がどうなってるのかさっぱり見えない。


これは確かに魔族が住むようになってもおかしくない場所だわ。大体魔族はこうやって多少朽ち果てかけた場所に居ることが多いもの。

やっぱりあのスライムの塔みたいな眺めの良い原っぱのど真ん中に灯台のような塔が一本だけそそり立っているというのは珍しいわよね。


そしてこの中に居るモンスターは騎士の鎧型のモンスター。


その鎧の中は空っぽだという話だし、前の町で「あの古城には昔起きた戦争で果てた騎士の亡霊が現れて…」という噂話を聞いたので、あの情報屋から情報を買ずに中に入ってたらその亡霊説を信じてしまっていたかもしれない。

そう思うほど古城の外観はおどろおどろしい。


「マップは持ってるな?」


サードがそういうと、アレンが「うん」と返事をし、情報屋から買ったマップを取り出して広げる。


「やっぱり実戦用の城だから、結構入り組んでるみたいなんだよな」


アレンがサードと私にも見やすいように差し出してきたから覗き込んでみたけど、あまりにも精密な設計図に嫌気がさしてすぐに見るのを止めた。


サードとアレンはその精密な古城のマップを見てこまごまと言いあっている。


マップがあるなら最初からどこに魔族がいるのか見当をつけてから入った方がいい。その方が無駄にモンスターと戦う手間も省けるし、体力も温存できるというのが二人の意見。


アレンはマップを見る能力は長けているし、サードもアレン程じゃなくてもその頭の回転の速さで大体の予測はつけることが出来る。

だからマップを確認して移動順路を考える仕事は二人に任せておけばまず間違いから、私は二人がマップを見て話し合ってる間は口を挟まないことにしている。


けどその間は暇だから二人から視線をずらし、改めて古城を見た。


壊れた城を囲う壁から中の様子が見える。

やはり中も荒れている。中庭だったんだろう石畳の隙間からは丈の長い草がぼうぼうとしていて私の背丈より高い木も乱雑に生えていて、ほとんど森の一部になっている。


そのほぼ森と化している石畳の向こうが古城だ。そんな壊れた壁に近づいて、入口はどこかしらとキョロキョロ首を動かした。


すると大きい城門が見える。灰色の石造りの城だから木製の扉の門がやけに目立つ。


あそこが入口ねとその城門を見ると少し隙間が開いている。


あんなに立派な城門でもこの長い年月でちゃんと閉まらなくなったんだわ。

そう思いながらその隙間は入れるほどの広さかしら、結構狭そうだけど…となおも身を乗り出して見ていると、


―タン


小さな音がしてその少しの隙間が閉じた。


驚いてその城門をまじまじと見る。でもドアの辺りにはモンスターも、誰もいない。

でも確かに、見ている先で扉かぴったりと閉じた。


「ねえ」


振り向いて慌てた口調で二人に声をかけた。二人は会話を一旦やめて私に顔を向ける。


「さっきまで城門が少し開いてたんだけど、今閉まったの」


二人はお互いに顔を見合わせてこちらに近づいてきた。


「風じゃねぇの?ここ山の上だし、それにここ崖の上だから風も強いぜ?」


アレンがそう言う。確かに涼しい風は崖の方向からひっきりなしに吹いてるけど…。


「あんなに重そうな扉が閉まるくらいの風なんて吹いてなかったわ」


「モンスターが閉めたんじゃねえの」


サードはそんな事をいうけど無視をした。真剣に取り合ってないのがよく分かる。


「本当に、人が中から閉めたみたいで…」


そう続けてもこの古城に続く道は今封鎖されているんだから他の人が中に居るという事はまず考えられない。それに人だったとして内側から閉めるのもおかしい。


だとしたらやはりモンスターが閉めたという事になるけど…。


「で、だ」


サードが私のあごを掴んで自分側の方へ向かせる。

無理にそちらに顔を向けられたせいで首の筋(すじ)がグギッとねじ曲がって、その目線の先には見る気の起こらないマップが待ち構えていた。


「ボスはこの塔の上にいるかもしれねえ」


私はグギッとねじ曲がった首を押さえて身もだえて、アレンがあわあわと泡をくった動きをしていて、サードはお構いなしにマップを指さしながら話し続ける。


「ここの城の二階広間は軍議を開くための部屋らしいんだが…」


「ちょっと、謝るってことができないの、あなたは!」


首を押さえ痛さで涙をわずかに浮かびながら文句を言う。サードに常識的な訴えが通じるとは思っていない。思っていないが言わずにはいられない。


サードは真顔で私を一瞬見すえた後、私の訴えが無かったかのようにマップにすぐ視線を移して、


「この軍議を開く部屋には中ボスが居るらしくてな。この広間から塔に続く一本の空中回廊があるらしいが、今のところこの中ボスを倒して先に進んだやつは居ねえ。他にボスが居そうな所はないからボスはこの塔の上にいる予想だ。そんで順路は…」


と話を続ける。


サードはこんな奴だ。


ムカッとして首を抑えながらサードをビッスと叩くと、サードがイラッとした顔で私の肩を平手でドンッと押した。

その力でよろけ、カッとして杖を振り上げるとサードが聖剣に手をかけて引き抜いた。それを見た私もやる気?と杖をサードに向けて力を発動…。


「こらこらこら!これからダンジョン攻略だっていうのに仲間内で喧嘩しない!」


アレンが私たちの間に割り入って私とサードの腕を掴んで三人一緒に城の方へと向く。


「俺たちが戦うのはあっち!オーケー!?」

「るっせー、分かってら」


サードが物を放り投げる要領でアレンに掴まれている腕を抜き放った。

私は納得できないとアレンを見上げるけど、アレンが、めっ、という顔で私を見下ろしている。


アレンにそんな顔でたしなめられたら強く出られない。まだ納得いってないしイライラするけどアレンに免じて杖を下ろすと、サードは「くっそ」と悪態をつきながらズカズカと城門の方へと歩いていく。


「おいサード!一人でいくなよ危ないだろ!エリー、行こう」


アレンに促され、私も早足でアレンと一緒に古城へと向かって行った。

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