第9話 いざ別のクエストへ

「あのスライムの塔攻略しないで別のダンジョンに行く?」


「そう」


サードの言葉に私は頷く。


村に戻っていく道でちょうどよくサードとアレンと鉢合わせたから、そのままさっきラグナスに頼まれた依頼の話をしようとしたところで、私は続ける。


「ここから北に二日行ったところに古城があってね、そこのダンジョンの魔族が陰険で陰湿で、ここにいないような毒を持つものを川上からこっちに流しているらしいのよ。前金としてお金ももらったわ」


「前金…ってことは攻略成功したら追加報酬もあるってこったな」


サードがあごに手を当ててニヤニヤと笑っている。本当にそういうところの頭の回転はすこぶる早い。


「で、前金はいくらなんだ?」

「金貨五十枚」


「はぁ!?」


帳簿に値段を書き込もうとペンを構えていたアレンが驚きの声を上げた。


「ど、どこの金持ちだ?っていうかヤバい話じゃないだろうな?それ」


アレンが心配そうな顔をしているけど、私はなんてことないという顔でアレンを見返す。


「ちゃんとした依頼よ。そこの魔族が陰険陰湿な嫌がらせをしてきて、それも毒をもつものをこっちの村の方向に流してるからどうにかしてっていう」


「…ふーん。で、どんな奴だ?依頼してきたのは」


「あっちの小屋で生態の調査をしてる生態調査員で、ラグナスっていう名前の…」


女の子で、と続けようとすると、サードはチッと舌打ちをした。


「なんだ男か」


…確かにラグナスという名前は大体男だけど…。まあ勘違いしたならそれでいいわと黙っておくことにした。


「そういえば塔の中で会った女の子はどうしたんだ?」


「ああ、あの子。あの子は…」


説明しようと口を開く。

でもその途端に曖昧(あいまい)な記憶しか思い出せず、アレンが転移した後あの女の子とどうなったのかよく思い出せない。

名前も聞いてどこかに一緒に移動して重要な話をした気がするけど、名前すら思い出せない。


混乱のまま黙りこんでいると、朧気(おぼろげ)な記憶が浮かんできた。


「えーと確か…一緒にワープして外に出たから、そこでお別れしたの」


そこから朧気な記憶が次第に繋がって来る。


「そうそう。その後にラグナスに勇者御一行だよねって話しかけられて、この依頼を受けたのよ」


そうだそうだ、何でついさっきあったことをすぐに思い出せなかったんだろう。


「生態調査員…にしちゃあずいぶんと羽振りがいいじゃねえか?」


サードも怪しいものを感じ始めたのかそう言ってくる。


「だけどその追加報酬も結構いいものが貰えるのよ。私も初めて見るレアアイテムもあったわ。魔界の水とか魔界の薬草とか、ドラゴンの牙一揃いとか…」


「偽物じゃねぇの」


サードは吐き捨てる口調で言い切った。

市場だと偽物の横行(おうこう)が激しいものばかりだからサードも本格的に怪しみだしている。

けど前金も貰ってるんだしここで行かないと言われたら困る。


「あれは本物よ」


確かにあれは本物だったと説得しようとするとサードに呆れた顔で、


「本物見たこともないくせに、なにが本物だよ」


と一蹴(いっしゅう)される。


「だって…」


なおもあれは本物だと言いかけて、ふと疑問に思った。

そう言われれば本物すら見たことがないのに、なんであれは本物だと私はこんなにきっぱりと言いきってるのかしら。


何で…と考えてもそこから頭が回らなくなってボウッとしてしまう。


「だが前金の金貨五十枚はもらってるんだな?」


「うん、これ…」


お金の入っている袋をサードに渡す。


サードはその袋を受取り、中身を開けた。そして袋の奥まで手を突っ込んで金をひとつかみ取り出して軽く手の平の上で遊ばせる。

金属のぶつかるキンキンいう音が響く。


サードはランダムに何個か噛んで、噛んだところをじっくりと眺める。


「偽金じゃねえな」


サードは疑り深い。なので宝石や金貨で払うと言われると自分でこうやって本物かどうか確認してから受け取っている(もちろん、支払う人を言葉巧みにその場から遠のけさせてからだ)


「うわすっげー。これマジで全部本物の金貨だ。エリーも見るか」


アレンもその噛んだ跡を見て歓声をあげているけど、そんな噛んだ跡を見ても本物かどうかよく分からないからと断った。


アレンはまだ商人の出だから金貨が本物か偽物かと分かるだろうけど、サードはどこでその知識を手に入れたんだか…。


「そうだな。前金はしっかり貰ったし…行きますか」


急に爽やかな笑顔になってサードは言った。

向こうから冒険者たちがスライムの塔に向かって歩いてきたからだ。


「けどそんなレアアイテム、マジでもらえるもんか?」


アレンがそういうと、サードは通り過ぎる冒険者に会釈(えしゃく)してやり過ごしたあとに答えた。


「貰えないなら、代わりの物をいただくまでですよ」


爽やかな笑顔と優雅な口調で物騒な事を言う。


でも私はうーん、と頭を抱えた。


やっぱり何か妙な気がする。

塔で出会ったあの女の子から重要な話を聞いて別れてからラグナスに依頼を頼まれたはずなんだけど、思えばあの女の子も一緒にいて重要な話を小屋でしていたような…。


でも考えれば考えるほどに頭の中が真っ白に…。


「髪の毛を触ってはいけないと何度も申しておりますのに」


柔らかい口調のサードに腕を掴まれ、背中側にグリンひねり上げられる。


「イタタタタ!」

「サード!だから女の子にそういうのやめろって!」


アレンがサードの腕を掴んで引き離す。


「美しい髪の毛が保たれるように注意を促しているだけですよ」


「せめて口で言ってよ、バカ!」


肩をさすりながらサードを睨む。このまま骨がゴキンといったらどうするつもりなのよこの男。


「けどエリーもどうしたんだ?なんか話してる最中にボーっとしてるけど…」


アレンが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「うーん…あの女の子から重要な話を聞いたから二人にも言っておこうと思ってたんだけど…それがどうしても思い出せなくて…」


「転移した時に頭でも打ったか?こぶできてないか?」


アレンは私の髪の毛に指を突っ込んでワシャワシャと探り、そんなアレンの背後にユラリとサードの影が揺れる。


「アーレーンー…」


サードがアレンの両腕を掴んで背中に回した。


「美しい髪の毛を保つ協力はしてもらわないと困るんですよ」


「イデデデデデ!関節!関節決まってる!ギブギブギブ!」


アレンは腕が二つとも背中の方にねじられ、前のめりになって足をジタバタさせている。


「つーかてめえアレン、まがりなりにも武道家なのにあっさり関節決められてんじゃねえよ!」


冒険者が見えなくなったからサードは背中にまわした腕を更に上に押しあげ、アレンは、


「ギャー!イデデデデデ外れる外れる肩が外れる!」


と騒いだ。


* * *


「えっ。じゃあ勇者様方はあの塔を攻略しないで別のダンジョンに行くと?」


宿屋の主人が驚いた顔で声をあげた。


「ええ、そちらの方が倒すべき緊急性が高いと判断しましたので。噂ではそちらのダンジョンからこちらの村に毒をもつ何かが川を伝って流れてきているという話なのです。何かご存知ありませんか?」


毒と聞いて、宿屋の主人の顔色がサッと悪くなった。


「いや、今のところそんな毒がどうのこうのなんて話はこの村では聞いてないですが…それって本当なのですか?」


まさか自分の住んでいる周りでそんなことが起きているとは思っていない表情だ。

私はそんな宿屋の主人に、


「ラグナスって分かるかしら。あの子が被害の少ないスライムの塔よりそっちの古城のダンジョンをどうにかして欲しいって討伐を私たちに頼んできたの」


その言葉に宿屋の主人の顔が「ああ」という顔つきになる。


「ダンジョン傍の生態調査してるって言ってたもんな。なるほど、ラグナスが…。最初は生態調査員なんて怪しいから皆も警戒してたんだけどなぁ。

そっか、いつもその辺ブラブラ歩いてるようにしか見えないけど、ちゃんとそういう仕事もしてるんだ…」


その言いぐさに思わず吹き出してしまいそうになったけど、口に力を入れて引き締めて笑いを耐えた。


「じゃあ、これがキャンセルの手数料…」


アレンが金を主人の目の前に置く。


本当は今日もこの宿屋に泊まる予定だったからきっと自分たちの食事も用意していたに違いない。その分のキャンセル手数料で、支払うのが普通のことだ。


「いやいや、いいんですよ」


それでも主人は首を横に振りながら出されたお金を押し戻す。


「勇者様御一行に泊まっていただけたおかげで、朝から勇者の泊まった宿として人が流れ込んできてまして…。

おかげで昨日から今までで数ヶ月待ちになるくらい予約が殺到してるんですよ。なので、これくらいの手数料なんてとてもとても…」


主人はお金をアレンの手に握らせてとにかく押し返す。


「えー、けど…」


アレンが申し訳なさそうな顔をすると、サードがアレンの肩に手を軽く置いた。


「こう言ってくださっているのです。つまらない意地を通しあうより、ここで有難く恩を受けた方がお互いに気持ちよいでしょう。受け取っておきなさいアレン」


意訳すると、要らねぇっつってんならもらっておけ、ということだ。この男は赤裸々な本音を建前の言葉に置き換えるのが非常に巧みだ。


アレンとエリーは良いのかな、と顔を見合わせたけど、主人もお金を受けとるつもりも無さそうだったので深く頭を下げて、


「ありがとう」


とお礼を言っておく。


「や、やめてくださいよ、勇者様御一行にそんな頭下げさせるなんて…」


宿屋の主人は恐縮せんばかりに頭を下げ続ける。


「では参りましょうか。主人、奥様にも感謝の言葉をお伝えください」


サードも最後に軽く会釈をしてから宿屋を出ると宿屋の主人は宿の外まで出て見送りする。アレンと私も手を振ってからサードの後ろに続いた。


「それで、その古城のダンジョンのことなんだけど…」


アレンが歩きながら地図を広げて話し始める。


「街道沿いにいけば途中に町もあるし楽に行けそうだぜ。そのあとはその町から森に入ってその先が古城ってなってるみたい。地図を見る限りだと結構歩きやすいっていうか開けた森っぽくてさ。多分、この古城に続く道が今でも残ってると思うんだ」


アレンは地図からそのあたりまでの歩くルートを考えるのが得意だ。これも商人の才能があるおかげなのかしら。


「お、勇者様!こっちこっち!」


急に脇から声がかけられて目を向けると、酒場の外で飲んでいる男…年頃は四十すぎほど?顔を赤くしてこちらに向かって手招きしているおじさんがいる。

服装的には軽装でそれでも旅をしている人だろうなと思えた。なぜかというとかなり服が汚れている。


そして私たち三人は瞬間的に目を合わせる。四年も一緒にいれば、こういう時の役割分担も瞬間的にできる。


酔っ払い相手だと俺の表向きの態度が気に入らねえって喧嘩売られるかもしれねえからパス、とサードの目が言っている。

私だってあんな酔っ払いのおじさんは相手にしたくないわと私も目で訴える。

じゃあ俺だなとアレンが動く。


「どうかした?」


アレンが近寄って声をかけた。おじさんはヘロヘロと手を動かしてなおもアレンを招き寄せる。


「俺ね、情報屋なの。買わない?」


それを聞いたアレンは、うーんと悩む。


「情報にもよるんだけどなぁ。どんなのがあるんだ?」


「聞いたよぉ?あのスライムの塔に行くんだって?」


おじさんは身を乗り出しながらアレンにもお酒をすすめたけどアレンは断った。


「実は予定が変わって別のダンジョンに行くことにしたんだ」


「ええ、うそーん」


おじさんはがっくりと落ち込んだけど、すぐに表情を切り変えて顔を上げた。


「じゃ、次どこ行くの?」


「ここから二日ほど北に行ったところにある古城のダンジョンで…」


「ああ、あそこ。あそこの情報もあるんだけど、買わない?」


どこまでも情報を買えとばかりにおじさんは食らいついてくる。


こんな諦めも悪くどこまでもグイグイくるタイプ、私は苦手だ。一回断られたら諦めればいいのにと渋い顔をするけど、アレンはそうでもないみたいで、いつも通りの顔でおじさんの対面に座った。


「えー、ほんと?どんな情報あるの?」


「おう、色々あるよ?あの古城に出るモンスターと、城の中のマップ、街道での危険ポイント、あとはとっておきの裏情報ってね」


おじさんからもさっきまでの酔っ払い体(てい)の顔が消えてどこか仕事の顔つきになる。

本当に酔ってたのかしら、それとも酔ってたふりをしていたの?と少し疑問になったけど話は進んでいる。


「城の中のマップなんてあるんだ?本物?」


アレンが聞くとおじさんはウンウンうなずく。


「これは確実なマップだよ。大昔、あそこを建てた建築家の家にあったっていうマップだからね。使用人の部屋からトイレ、王様の玉座まで全部正確に書いてるマップだぁ」


おじさんが汚い袋から丸めた紙を取り出してフリフリと揺らす。


「おっとその分、このマップは値は張るぜ。なんせこの原本自体の値も張ったし、一枚一枚丹精込めて細部まで書き写したもんだからね。オッサン、最近老眼が始まったんだか書き写すのが大変で大変で…」


「へぇー、ちょっと見せてくれよ」


アレンがその紙をちょいと触ると、おじさんは慌てて後ろに引いた。


「だめだめ、買ってくれなきゃ見せられないよ。値段は一枚で銅貨三枚。紙も耐火性・耐水性に富んだ破れにくい紙だからちょっと値は張るが、これがあると無いじゃ攻略にも差が出るよ」


「ふーん、じゃあそれは一旦置いといて城の中のモンスターって?」


アレンは銅貨にも満たない一般的によく使うコインを一枚出しておじさんの前に差し出した。どうやら話が信用できる相手と思ったらしい。

本格的に商談を始めようか、という合図だ。


「古城らしく、鎧を着た騎士形のモンスターが現れるらしいね」


おじさんが話すのを止めてアレンを見ている。アレンは三枚のコイン取り出しておじさんの目の前に置いた。


「倒した奴の情報によると、中身は空洞。それでもガシャガシャ動き回ってるらしいや。それで倒す方法なんだが…」


おじさんはまた黙り込んでアレンを見る。アレンはまた三枚のコインをおじさんの前に置いた。


「普通に人間と同じさね、足がもげれば歩けないし、腕が抜けたら剣は持てない、ついでに首がもげると再起不能。だが、剣を持って襲ってくる奴の鎧を外すなんてそうそう簡単に出来やしないと思うがね」


「ふんふん」


アレンは頷いて、更にコインを五枚取り出したけど、おじさんの目の前には置かないで自分の手の内でもてあそんでる。


「とっておきの裏情報ってどんなやつ?攻略?それとも別の話?」


たまに裏情報って言っといて、どうでもいい話でお金をふんだくる情報屋も居るから裏情報は気をつけないといけないんだぜ、とアレンは前に一度ぼやくように私に忠告してきたことがある。

多分どうでもいい話でお金をふんだくられてしまったんだろうなとその時思ったけど…。


だからある程度アタリを付けてからお金を払うと暗に言っているんだろう。


「命にかかわることだから、聞いて損はないと思うがね」


お互いに静かになって黙り込む。アレンが金を差し出してこないのを見たおじさんが根負けしたのか、身を乗り出した。


「体に影響のある話さ、動けなかったらダンジョンなんて攻略できないだろ?」


「もしかしてそれって毒の話?川から流れてきてるっていう?」


アレンがそういうと、おじさんは驚いたように目を見開いた。


「知ってるのか?つーか何だ川って、川を流れてきてんのか?」


「古城の方からこっちに毒の何かが流れてきてんだって。だからまず古城の方に行くことにしたんだ」


アレンがそういうと、おじさんはしばらく目を見開いてポカンと黙り込んだ後に吹き出した。


「さっすが勇者御一行だ、情報屋よりも情報が早いや!」


おじさんはコップに入った酒を一気に空けると、受け取ったコイン七枚全てアレンに返して、更にコインを三枚増やした。


「その情報はどこから聞いた?」


どうやら逆に情報を買おうとしているみたい。


「生態調査やってるラグナスって奴からうちのエリーが話を聞いたみたいでさ。でもその毒で命に関わるって、そんなにひどい毒なの?」


アレンがコインを四枚持ち上げておじさんに渡すとおじさんは話す。


「おう吐と頭痛が酷いみたいだ。なんせ町の半数以上の奴らが同じ症状でふせってるし、体の弱い奴や赤子が感染したら衰弱して死ぬ可能性もあるって話だ。

伝染病じゃないかと国の医師集団が調べてる最中みたいだが…。川から流れてくるってことは水か?水が原因でそんな状態になってんのか?」


おじさんはコインをアレンに二枚渡すけど、アレンは受け取らずにそのまま返した。


「そこは俺らじゃなくてラグナスって人から聞いた方がいいと思うぜ」


おじさんは思わずフン、とおかしそうに鼻で笑う。


「さすが勇者御一行だ、話合いも誠実で気持ちがいいや」


話はこれくらいかなとアレンは判断したのか、


「それじゃあ、そのマップもらおうかな。ええと銅貨三枚…」


アレンが財布を取り出してごそごそとしているとおじさんは指をピースの形にする。


「まけてやる。銅貨二枚」

「マジで、いいの」


アレンが顔を上げるとおじさんはニヤニヤ笑い、


「誠実な所が気に入った。本当は勇者御一行なんだから戦闘ばっかりで話合いなんてろくにできないのに偉そうな奴らだろうから金ふんだくれるかもってオッサンと思ってたんだけどよ…情報を手に入れる早さも商談も段違いだったなぁ。このマップでも見て頑張ってくれよぉ」


おじさんはご機嫌な顔でアレンにマップを手渡しアレンに握手を求めてくる。

アレンもガッチリと握手をして何度か振った後にお金をテーブルの上に置いた。


「じゃあ行こう」


アレンはいつも通りの顔で私たちサードとと合流してマップを自分の荷物入れに入れる。


アレンのこういう話合いはいつもお互いに気持ち良く話がまとまって終わる。

こういうのを見るとアレンって商人として一流よねと思ってしまう。武道家なのに。

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