第2話 私の十四歳のころの思い出

「何が生きた金塊よ!」


夜も更けて宿屋で就寝中だった私は自分の叫びで目が覚めてしまった。しっとりと肌を覆う冷や汗を軽く手で拭い、起き上がる。


部屋の隅から隅まで絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた部屋、インテリアも壁紙の柄もきっと全て高い物。

この部屋にはドアがいくつかあり、そのうちの二つのドアの向こうにはサードとアレンが眠っている。

つまり三つの部屋は個室でありながら繋がっている。でもドアには鍵もついているので結果的に個室だ。


金には小うるさいサードだけど、勇者という皆が一目置き尊敬される身分で安い宿に泊まれるかと宿屋は一般よりランクの高い所に泊まるようにしている。


すると、トントンとドアがノックされた。アレンが寝ている部屋のドアだ。


「どうしたエリー?大丈夫か?」


その心配する声にエリーはホッとため息をついて、アレンのドアの前に行った。


「大丈夫、ちょっと夢見が悪くて…ごめんなさい」


と、ガチャッとドアの開いた音がする。音のしたのは後ろ…サードの部屋の方向。

振り向くと、寝間着姿のサードが自分の部屋へズカズカと侵入してきていた。


「ちょっと、なに人の部屋に入ってきてるの!出てってよ!勝手に入ってこないでよ!」


「ふざけんな。夜はしっかり寝ねえと髪の栄養に悪いだろ、ただでさえここは砂漠地帯で髪がパサついてんのに」


なおも遠慮なくズカズカと寄って来るサードに、思わず叫ぶ。


「いやああああ!ちょ、それ以上来ないで!魔法使うわよ!」


「え、ちょ、サードなにやってんだ!やめろよマジで!間違い起こすなよ!?そんな事したら縁切るぞマジで!」


アレン側のドアノブがガチャガチャと激しく鳴っている。でも鍵を閉めているんだから開くわけがない。

むしろサード側の鍵だって閉めていたけど、サードは鍵開けを得意としているので鍵の意味はなんて無い。


勇者より何より盗賊が一番似合うといつも思っている。


「誰が襲うかこんなブス!」


アレンの間違いを起こすなよの言葉にサードはイラッとした声で怒鳴る。そんな気が無いのは良いことだけど、ブス呼ばわりにはムッとなった。


「あのね…!」


言い返そうとするとサードの人さし指が額にスッと当てられた。

そのまま押されると思わず足がヨタヨタと後ろに動いてそのままふくらはぎがベッドの縁に当たり、足が崩れてそのままベッドにトフンと座る。


「眠れる時には寝ろ」


「あなたなんかに言われる筋合いはないわよ!あっちいって!シッシッ」


ハエを追いたてるように手を大きく動かすとサードは、


「ったく、てめえの寝言で起こされたこっちの身にもなれよ」


と文句を言い大きいあくびをしながらドアの向こうへと消えていった。


「大丈夫かぁ?」

「大丈夫、敵は去ったわ」


アレンの心配そうな言葉に簡単に現状を伝え、そしてサードの部屋へ続くドアの鍵を改めてしっかりと閉め、近くのテーブルとイスでドアの前にバリケードを作った。最初からこうしていればよかったわ。


「もう大丈夫、安心して眠って。起こしちゃってごめんなさいね」


エリーがアレンに声をかけると、


「そっか。俺の事は気に無くていいよ。じゃあおやすみ」


何も気にしてないとばかりのアレンの声がして、その後は静かになった。


サードとは違い、アレンが近くにいると安心する。

黙っていれば武道家らしい見た目だけど、それでも目はくりくりしていていつもニコニコ笑っていて、人を和ませるような雰囲気を持っているからよね。


どうしてアレンはあんな悪党と旅をしようとしたのだろうと最初から思っていたけど、そのような二人の話を聞くよりも先に旅に慣れるのに必死で、そうしているうちに二人の話を今更聞くのもな、と思えるほど月日がたってしまった。


まあ聞いたらアレンは普通に話してくれるだろうから今度聞いてみよう。


再びベッドにもぐりこんで寝返りを打ち、さっきまで夢で見ていた冒険者になる前の…貴族の娘だった時のことを思い出した。


私の本当の名前はフロウディア・サリア・ディーナ。

私の生まれたディーナ家はエルボ国という国の王家に仕える下級貴族だった。


それでもサードの言う通り私の家は貴族といってもほとんど名目上だけで、実際には小さい村々をまとめている少し裕福な家という程度。私も外に出かけて近所の子供らと一緒に遊べるくらい自由な立場で、両親も周りの大人も貴族だなんて身分を特に気にしないおおらかな地域だった。


そしてうちのディーナ家は代々魔力の強い魔導士の排出量が多く、お父様の友人の学者がその魔法の根源がどこにあるのか調べたいと申し出て、お父様も快諾(かいだく)して調べてもらった。


お父様と共に後をついていってた私もおまけで調べられてから分かったことは、それまで見つかったことのない新たな種族だということだった。

人間のような見かけをしてるけど人間じゃない。色んなモンスターと似ているようで全くの別物。


じゃあ人間じゃない私って一体なんなのと自分を不気味に感じたのを今でも覚えている。


新たな種族が見つかった話は国内に一気に広がり、果てには隣国の大学からもうちに来てほしいと熱心に言いよられ、エルボ国王家は「自国の貴族が他国へ抜けるつもりでは」と疑いを持ったらしい。

それまで一度も城へのパーティーの招待状も来なかったのに度々王家から使者が来るようになった。


そこまでならまだよかった。

でも最初にお父様と私を調べた学者が詳しく私の事を調べる中でまた新しいことを発見してしまった。


私の髪質はかなり特殊なもので、体から抜け落ちるとその金の髪が本物の純金になると。


そうなると周囲の目の色が一気に変わり、今まで下級貴族という事で一度もお目通りできなかった王家からは息子の嫁になれと命令を受けた。


王家はディーナ家が別の国へ抜けるかもと疑っているし、その娘の私は純金を作り出せると知った事でさっさと手の内に入れてしまおうというのがありありと見える申し出だった。


娘はまだ十四歳で子供だからとお父様はひとまず嫁の話は先延ばしにした。


でも事件が起きた。


思い出したくもないけど忘れられもしない。

それまでおおらかと思っていた使用人や近所の人たちが隙あらば私の髪を引き抜こうと群がり、私専属の家庭教師がひたすら追いかけ回してきてついに背中から私を押さえつけて髪の毛をハサミで切り落とし、屋敷から逃げ去って行方をくらませた。


今でも、


「動いたら耳も切っちゃうかもよ」


という家庭教師の震える声、髪の毛を首の後ろでジョキジョキと無残に切られるあの音を思い出すだけで怖くて悲しくて悔しくて、やるせない気持ちで涙がジワ、と出てくる。


私がこれ以上傷つけられたらとお父様は私たち親子三人と、祖父の代から仕えてくれている使用人の四人で亡くなった祖父が生前に購入していた遠い別荘へ誰にも言わずひっそり出かけた。


でもその別荘にも問題があった。


祖父が生きていたころの戦争で勝利した際に購入した別荘はしばらく放っていたうちに隣のブロウ王家の領地内になっていたらしく、私たちディーナ家は知らぬ間に隣の国へ不法入国していた。


すると隣の国は私たち四人を即座に捕まえ、


「ディーナ家はうちの国へ抜けた。金の髪の娘は我が王子の嫁にする」


とエルボ国へ高らかに表明した。


ひっそりと誰にも告げなかったのもまずかった。

エルボ国王家は人目を避け黙って国を抜けたと勘違いし私たち一家に怒り、ブロウ国に対してもその娘を返せと金の髪を巡り戦争が始まった。


それでも捕まった私たちはこれ以上話をややこしくしないためにエルボ国以外に仕えはしないと言い張っていたのでひとまず牢屋へと封じ込められた。

もちろんお父様と私の強力な魔法を使えば脱出など容易(たやす)かったけど、自分たちの力で脱出すると情勢が悪化しかねないと牢屋に甘んじていた。


その戦争のゴタゴタの時に牢屋から私たち一家を救出したのが…あのサードだった。


あの時初めてサードを見た瞬間、どこかの王子様が助に来てくれたのかしらと思わず見惚れた。


艶(つや)やかな漆黒の髪、少年から青年に代わる年齢の線の細さ、そして品のある優しい微笑みに自分たちを助けようとキビキビと動く様。どこをとってもヒロインがピンチの時に駆けつけて救出してくれる王子様そのものだと…。


「くうっ」


昔の思い出から我に返り、私は自己嫌悪でベッドをボムンと殴った。


あんなのが王子様にみえたなんて…!あんな最低な男が…!


牢屋に入れられてからいつの頃からか城の周りが騒がしくなり、ついには喧騒(けんそう)や轟音(ごうおん)に包まれた。


どうやらブロウ国の城の中にまで兵士たちがなだれ込んでいるようだと音で分かった。


その轟音が響く中、颯爽(さっそう)と現れたサードの手引きによって牢屋から私とお母様、そして使用人が牢屋から出たけど、お父様は牢屋から出ないと言い張った。


「今までの騒動もこの戦争も私の軽率な行動が引き起こしたものだ。私が逃げる訳にはいかない。ここでけじめをつける」


そして私に真剣な顔で、


「どちらの王家も狙っているのは私ではなくお前だよ、フロウディア。お前の髪は純金になる。きっとどこの国でもフロウディアの髪の事を知ったらお前をどこまでもつけ狙うだろう。いいかい、決してどこの王家を頼ってもいけないよ、分かったかい」


お父様の言葉と真剣な表情に私はただ頷くしかできなかった。


そしてサードに対し、


「娘を頼む」


と私を託してしまった。


何であの時サードの性根に誰も気づけなかったのかと今まで何百回も思っているけど、エリーですら最初は見惚れたくらいだ。

あの時は誰がどう見てもサードは品のある利発な顔つきの少年にしか見えなかった。


ここに残ると言い張るお父様を説得し続けていたけど、ついに牢屋にも喧騒が近づき、泣く泣くお父様を置いて私達は牢屋を後にし、城からの脱出も試みた。


それでもその途中で兵士たちに追われ、必死に逃げているうちにお母様と使用人とはぐれてしまった。

探しに戻ろうとするとサードに今戻るのは危険ですと押しとどめられ、泣きながら二人で城から脱出した。


城の外には背は高いが幼い顔立ちのアレンが茂みに隠れるようにしていて、心配そうな顔つきで近寄ってきた。


「良かった、無事だったんだな」


サードの知り合いかと混乱の頭で考えていると、隣に立っていたサードが私の両肩をしっかりとつかんでわずかに前に押し出し、私をアレンに自慢げに見せつけるようにして言った。


「ああ。生きた金塊は無事に保護したぜ」


驚いて振り向いた時に目に映ったサードのほくそ笑むような悪党面は、今でも悪夢として夢に出る。


その夢を見てからの冒頭の「何が生きた金塊よ!」に続く。


私の抜け落ちた髪の毛は純金になる。

それも体調がよくて髪の毛に栄養がいき渡っているほど質の良い純金になるようで、それに気づいた時からサードは私の体調管理を徹底し始めた。


食事は栄養のある物を優先的に私に回し、部屋だって一番広くてベッドの柔らかい方を私に明け渡してゆっくりと眠れるように配慮する。この部屋もしかりだ。


それだけなら素直に感謝なのだけれど、体調よりも徹底しているのが髪の管理。


朝起きた時はサードが髪をとかし(櫛に絡みついた髪の毛を残らず取るため)

髪の毛もサードが束ね(簡単に抜け落ちないようにするため)

髪は二日に一度洗うと決め(毎日洗うと髪の毛が逆に痛むことが判明したため)

しかもサード自ら洗い(洗った時に抜ける髪の毛を残らず回収するため)

乾燥してると見ればいつの間にか買ってきた髪用の油で保湿し(女性物をどうやって買ってきたのか不明)

寝る前にも丹念に髪をとかす。


そのせいかサードの髪のとかし方や髪の毛の洗い方も様になってきていて、癪(しゃく)だけどサードに髪の毛を洗ってもらうのはかなり丁寧で気持ちいい。


もしサードが裏の顔がバレて勇者を失業し、なおかつまっとうな生きる道を選ぶのなら理容師になるだろうなと思っている。


それでもある時、サードが熱心に髪の毛をとかしているのを鏡越しに見ていて、


「あなた、こういう事してて自分は何してるんだろうって思ったりしないの?」


と問いかけた事があった。それでもサードは至極真面目な顔で、


「純金のためならお安い行為だ」


と鏡越しに真っすぐな目で言い切った。


「…はぁ…」


私はまた寝返りをうった。

あの時十四歳だった私も今年で十八歳か。


先ほどまで見ていた夢とともにサードの悪党面を見てしまった後のことを思い返す。


サードに生きた金塊と言われ、私は城へ戻る、城に戻って両親と使用人を探すと泣き喚いた。サードの表情の変化が怖かったから逃げたかったのもある。


それでもサードはもはや牢屋で見た時とは別人のうんざりとした表情で、


「戻れるわけねえだろ。こんな混乱の中苦労して助け出してやったのに、また中に入りてえだなんてこと言わせねえぜ、クソガキ」


と投げやりに答えた。


その辺りで王子様と思っていた少年が全く王子様らしくない人物だと分かり始めた。そしてあまり良い人物でないことも。


「いやっ」


私はサードの隣から逃げ出した。が、すぐさま襟首をつかまれ引き戻される。


「いやっ放して!」


私はめちゃくちゃに暴れて逃げようともがいてもサードは私の大暴れなんて全く気にせず首を腕で軽く締め上げ、私はグエ、とえづいた。


「おいサードやめろよ!相手は女の子だぞ!」


まだ声変り途中の高い声でアレンはサードを押しとどめたけど、サードは煩わしそうにアレンを睨んだ。


「ここで逃がしてなるものかよ!俺が命がけで助けてやったんだ、ありがたく思って俺の物になれってんだ!」


「いやよ!あなた悪い奴だわ!悪い奴なんかの物になんてならない!どうせあなたも私の髪の毛を狙っているんでしょう!」


するとニヤニヤと笑っているような声でサードは耳元で、


「当たり前だろ」


と囁いた。


背筋にゾワッと悪寒が走る。

今まで会ってきた嫌な人たちの中で今後ろにいる人物は最も関わってはいけない人だと感じた。


「放して!」


もがいても腕でしっかりと締められているせいで動けば動くほど首が絞められる。


「ねえ、君フロウディアちゃんだっけ?」


アレンがエリーと目を合わせ、エリーもアレンの優しく話しかける声に少し落ち着いて見返した。


「サードは確かに目茶苦茶でいい奴なんかじゃないけど」


「散々な言いようだな」


サードが小声で呆れたようにつぶやいたけど、アレンは続ける。


「それでも今逃げてどうするの?逃げたとして一人で生きていける?厳しいようだけど俺は君一人じゃ生きていけないと思うし、何よりこの場から脱出すらできないと思う」


「……」

アレンの言葉に私も十四歳ながらに考えた。そして察した。


家に帰ってもきっと王家に捕えられる。理由はどうであれ戦を起こすきっかけになったのだから。


親戚筋も頼れない。迷惑をかけてしまうし、なによりこの戦争に親戚の貴族たちも混じって出陣しているはず。下手したら匿(かくま)われるどころか王家に差し出されるかもしれない。


王家に行ったら斬首…?ううん、髪の毛を狙っているのだから王子の嫁という立場で城の中に幽閉されるかもしれない。


かといって今まで何不自由なく過ごしてきたから一人で生活できるかと問われたら自信は無いし、アレンの言う通り周りはまだ兵士であふれかえっている。

見つかったら今まで考えていた悪い予想が現実になる。


あれこれと考え返事をしない私に、アレンは可哀想な子を見る目で私を抱きしめてよしよしと頭を撫でた。


「サードは心根は悪いけど生きていく力は誰よりも強い。大丈夫、俺もいるから悪いようにはならないよ。だからしばらく一緒に行動しよう?」


アレンの優しい慰めの言葉、そして気づかうような微笑みを見て私は二人について行こうと決めた。アレンが居なかったら今頃私はどうなっていたのだろうと思う。


それから私は自分の国から出て遠い国で元の名を隠して「エリー・マイ」と名乗り、冒険者の登録をした。

その名前を決めたのもサードだ。適当にその辺を歩く女の子二人に名前を聞いて、それがエリーとマイという女の子だった。


私は元々魔法の力は強い家系だったから簡単に魔導士の肩書は取得できた。

まあアレンが言うには冒険者になるのは簡単だから話せて名前が書けて歩けるなら三歳でもなれるらしいけど。


冒険者という立場になってからエルボ国へ戻りたいとサードとアレンにお願いした。でもサードは即座に却下し、アレンも首を横に振った。


エルボ国とブロウ国はまだ睨みあい衝突も度々起こっていて、とてもじゃないけど行くのは危険な状況だという事だった。戦争を再発させる元となりそうな私は特に。


そのような状態は四年たった今でも変わらないらしい。

お父様はあの後どうなったのか。お母様は無事に逃げ出せたのか。幼いころから面倒を見てくれて、まるで本当の祖父のように思っていた使用人も無事なのか。


考えれば考える程気分は鬱鬱として気分が暗くなってくる。


「はぁ…」


またため息をついて、エリーは寝返りをうって眠る努力をした。


明日からスライムの塔に向かうんだから、睡眠はしっかり取らないと。

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