6

「とうとうこの日が来たか……」


 教会でニコと対峙したあたしは顔を覆った。


「……えーっと、その、気を落とさないでリンちゃん」

「これからはニコさんと呼ばせてもらいます」

「やめてよ!」


 いつかこの日が来ることはわかっていたけれど、実際に来てみると思いのほかショックだった。


「ニコに背の高さで抜かされた……」

「……ていうか、リンちゃん全然変わらないよね……」


 ヴィヒタか。

 ヴィヒタのせいなのか。


「ちょっと鏡はある?」

「教会にそんな高価たかいものがあるわけないでしょ」

「もしかしてとは思ってたけど、あたしって……」

「う、うん……」


 ていうか気づいてなかったんだ……とニコがつぶやく。


「もしかして……あたしってまったく成長してない?」

「もしかしなくても、リンちゃんは出会った頃からほとんど変わらないよ」

「背丈が伸びないのはもう成長期が止まったからだと思ってたけど……」


 ハイジに「あたしも随分変わったかな」と訊いて「変わらん」と言われてからずっと気にはなっていたのだ。

 それに、自分の変化は自分では分かりづらい。

 鏡なんて森の小屋にある小さいやつと、ペトラの店にあるもっと小さいやつくらいしか見たことはない。


 どうやら、あたしは二十歳くらいで成長だけでなく老化も止まってしまって――というか、この世界基準で言えば小さな子供のまま見た目が止まってしまっているらしい。


「うそぉ……やだぁ……」

「元気だして、リンちゃん」

「もうあたしはレディになれないのね」

「リ、リンちゃんは立派なレディだよ!」

「でも、側から見たらニコより年下に見えるんでしょ」


 ショックすぎる。

 というか。


「もしかして、ヤーコブよりも年下に見える?」

「え、えーっと、どうかな……」


 ニコが目を逸らしながら言い淀む。

 うん、わかった。皆まで言うな。


「どうりでいつまで経ってもお胸が育たないと思ったんだよ」

「それ、関係ある? 初めて会ったときにもう十八だったんでしょ?」

「周りの女の人たちがみんな立派な体格だから、同じものを食べてたらいつか育つと思ってたんだよ」

「リンちゃんもそんなこと気にするんだ」

「いや、その辺はあんまり気にならないんだけど……」


 別に女らしい体型になりたかったわけではない。

 あたしは戦士としてハイジの横に立つことだけが目的なので、女性としての魅力に執着はないのだけれど……


「ニコがあたしより立派になったのがショックというか」

「えー、だって、あたしもうすぐお母さんになるんだよ?」

「それもショックなんだけど」


 そうなのだ。

 ニコは妊娠中なのである。

 今はヤーコブと結婚して教会に住んでいるが、出産を期に近くに家を借りるらしい。


 ニコはペトラの店でそれなりに稼いでいるし、妊娠するまではちょいちょいヤーコブのパーティに参加していた。

 ヤーコブはリーダーとしてパーティを率い、新人冒険者の教育係なども率先して引き受けている。

 そのお金のほとんどを教会のために使っているとは言え、稼ぎは十分だ。


 あたしとしては業腹ではあるが、止める理由がないのである。


「ニコがお母さんかぁ……」

「リンちゃんはどうなの?」

「どうとは?」

「ハイジさんとは……」

「残念ながら、男女の仲ではないねぇ……」


 相棒としては認めてくれているだろうけど、女性として愛されているという実感は完全にゼロである。

 そもそもそんな期待はしていないけれど。


「多分娘みたいな感覚なんじゃない? 年齢もそのくらい離れてるし」

「んー、あたしが見たところ、ハイジさんもリンちゃんのことは好きだと思うけど」

「そう思う?」

「うん、どういう感情なのかはわかんないけど、明らかに仲間だと思ってる感じ」

「ああ、うん。それはわかってるよ。お互い気を許してるし、信頼してあえてると思う」


 いいのだ。別にハイジとラブラブちゅっちゅしたいわけではないのだし。

 というか、ハイジとは別にこのままの関係で全然構わない。

 以下の関係で完全に満足している。


 とはいえ、妹みたいに思っていたニコが結婚してお母さんになったと聞けば、一体あたしはどうなんだと感じずにはいられないと言うか。


「確か、二十歳くらいまでは普通に成長してたと思うのよね」

「う、うん……」

「なによ」

「言いづらいんだけど……『はぐれ』の人って歳よりも若く見える」

「…………」

「初めて会ったとき、同い年くらいだと思った」

「出会ったときって、ニコ何歳だっけ」

「じゅ、十四歳……」

「…………」


 ……もしかして、あたしって今だに子供だと思われてる?


* * *


「というわけで、どうやらあたしはみんなに子供だと思われているみたいです」

「そうか」


 ハイジの返事はそっけない。


「ねぇ……これってやっぱりヴィヒタのせいなの?」

「それはあるかもしれん。だが魔物の領域で過ごすと歳を取るのが遅くなる傾向はある」

「Oh My……」


ハイジは読んでいた本をパタンとたたんで、あたしを見た。


「見た目なんぞどうでもいいだろう」

「そうなんだけど」

「生きていくのに何の不便もない。十分に戦えるし、街でも子供扱いされたりはしていないだろう?」

「まぁね」


(エイヒムでは……ね)


 小耳に挟んだ話だと、他領でのあたしの噂はひどいものだ。

 別に気にならないけれど、せめて子供だと思われるのだけはどうにかしたいところだ。


「ハイジだって、あたしよりも二十歳ほど離れてるのにそうは見えないけどね」

「自覚はある。普通はこの歳になれば戦士として役に立たんだろうな」


 ハイジは「ありがたいことだ」などと言いながら読書を再開する。


(わかってんのか)

(あんたが幼女趣味ロリコン扱いされてるって話をしてるんだよ)


 まぁ、ハイジはあたし以上に世間の目に興味がない。

 誤解されようがどう思われようがどうでもいいと言ったふうだ。


 ――あなた達は似てますよ


 トゥーリッキ氏の言葉を思い出して、あたしは肩をすくめた。


* * *


「というわけで、どうやらあたしはこれ以上成長しないようです」

「……老けなくて済むなら羨ましい、と言いたいところだけど、せめてもう少し成長してから止まってほしかったね」


 ユヅキは同情するようにハの字眉で言った。


「娼館としては、その秘密を知りたいところなんだけど」

「ふぅん?」

「娼婦として働けるのは、水揚げからせいぜい二十年くらいだからね。みんな歳を取るのが怖くて戦々恐々としてるよ」


 この世界で娼婦は「真っ当な仕事」だと思われている。

 しかし長く続けるのは難しい仕事だ。

 年季が明けるまでに寿退職するのが理想なのである。


 娼婦は結婚相手として人気のない職種の人たちに望まれて結婚することが多い。特に傭兵や冒険者などの「死に仕事」の人たちにとっては貴重な結婚相手だ。

 それでも結婚できるのはせいぜいが三十までで、それ以上になるとどうしても嫁の貰い手がなくなる。その歳になれば娼婦としてもやっていけないので、娼館の管理職などに回るか、貯めた金で店でも開くか――どちらにしても長く続けることが難しい職種ではある。


 なかなかに厳しい世界である。


 それは傭兵も同じだ。

 四十を過ぎると傭兵として働くのは体力的に厳しい。そして傭兵は戦うことをやめて生きながらえることを恥と考える。正規の軍人として政府に召し抱えられるか、若いうちに戦士することが理想とされる。


 もしも娼婦がいなくなれば性犯罪が激増し、若い女が安心して暮らせる世の中ではなくなるだろう。

 傭兵がいなくなれば、たちまち占領されて奴隷同然の人生が待っている。


 どちらもなくなるとたちまち国家が立ち行かなくなる重要な仕事のはずだが、生活保障がなさ過ぎると思う。


 危なすぎて誰も立ち入らない「寂しの森」で生きていけるあたしはものすごく恵まれていると思う。


 まぁ、それでも――あたしは死ぬまで戦場に出向くのだけれど。


「別に秘密でも何でもなくて、寂しの森の魔物の領域で狩り暮らしすればいいんだよ」

「……誰がそれを実行できるってのよ」

「あたし」

「リンちゃん以外で。死ぬよ、普通」

「まぁ、そうかもねぇ……」


 うん、死ぬ。

 絶対。


「あたしとしては、もう少しかっこよくなりたかったんだけどね」


 あたしがため息混じりに言うと、ユヅキがクスリと笑った。


「あたしがお化粧してあげようか?」

「絶対にいらない。女っぽくなりたいってことじゃなくて、子供っぽく見られるのが嫌なだけなんだってば」


 何と言うか、あたし自身がどう思われるかというか、これでも英雄役なのである。

 これ以上あたしのせいでエイヒムの評判を落とすような真似はしたくない。

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