22

 エイヒムからの帰り道、秋の風景を楽しみながら馬車を運転する。

 これまで春から秋にかけては、エイヒムや戦場など『寂しの森』以外の場所で過ごすのが普通だったので、見慣れた道も装いを変えて新鮮だ。


 ギャレコがいなくなって、森とエイヒムの往復も二人きりになった。

 少し寂しい。それに、これまでは無口なハイジにかわりギャレコがあれこれ話しかてくれたが、こうなるとなかなか暇である。


 ギャレコはエイヒムの市民権がなかったせいで、少し離れた田舎に引っ込んでしまったという。

 と、ふと気になった。


「そういえばあたしの市民権ってどうなっているんだろう、ハイジは知ってる?」


 御者席からハイジに話しかけると、


「二級冒険者になれば市民権があるとみなされる」


 と返事が返ってきた。

 こちらから話しかければちゃんと話し相手になってくれるつもりらしい。


「え、あたしってそれまで市民権がなかったの?」

「そうなるな」

「ペトラの店で働いていたけど……」

「流浪民を雇った形になるな」


(ええええ)


「市民権がないと奴隷にされても文句は言えないんじゃなかったっけ……?」

「おまえは『はぐれ』だ。エイヒムに限って危険はない」


 エイヒムにおいて、奴隷商や貴族に狙われやすい『はぐれ』は保護対象だという認識らしい。サーヤ姫さまさまである。


 とはいえ、だいたい想像がつく。

 実際はそれだけではないだろう。ハイジは口に出してくれないが、初めての勤め先がギルドだったのも、その後の定職がペトラの店だったのも、ハイジのお膳立てだったに違いない。


 そう言えば、あの時もしもあたしがペトラの店を選ばなかったらどうなっていたのだろう……不思議だ。

 ミッラが紹介してくれたのはギルドの息のかかった店ばかりだったのかもしれないが、最初からペトラの店を選ぶように誘導されていた可能性もある。


 あれから何年経ったのだろう。

 あっという間だったような気がする。


「何もかも変化していくんだなぁ」


 この世界に来た頃からすると、何かもが変わった。

 小さくて可愛かったニコは一流の冒険者になりつつあるし、ヤーコブたちも青年らしくなってきた。

 英雄組のみんなや、ミッラやヨキアムたちギルドメンバーたちも少しずつ老けた。特にヴィーゴさんは気苦労が多いせいかハイジよりも二回りくらいは年寄りに見える。


(というか、ハイジの見た目が変わらなさすぎるんだよ)

(これで四十代なんでしょ? どうかしてるわ)


 ヴィヒタのせいか、三十代半ばにしか見えない英雄。

 その姿は出会った頃と何も変わらない。

 少しだけ表情が穏やかになった気はするが、それはあたしが見慣れただけかもしれない。


 対してあたしはどうなんだろうか。

 ただの高校生だったあたしも、今ではなんとか一人前の傭兵としてやっていけている。

 年齢だって二十代半ばに差し掛かっている。


「あたしも結構変わっちゃったかな」


 それは歓迎すべきことだけど、秋という季節のせいか、少しだけセンチメンタルになっている。


 だが、あたしの呟きを聞いたハイジはつまらなさそうに言った。


「いや、お前は大して変化はない」

「どう言う意味!?」


 ただの暴言だぞ、それ。


* * *


 寂しの森に入ると、半分以上木の葉を落とした白樺の森が出迎えてくれた。


 世界の北端に位置するライヒ領は一年の半分が冬だ。

 春から秋は瞬く間に過ぎていく。

 そろそろ秋も終わり、冬がやってくる。


 駅逓所に到着し、一旦トナカイを休ませる。

 魔物の領域に入れば、急いで走らなければいけないこともあるからだ。


「よーしよしよし」


 たっぷりの水と、干した草や苔を与えて撫でてやる。

 メスのトナカイはツノが立派になりつつある。こうして見ると、オスとメスが入れ替わったかのようだ。


 ギャレコの家はガランと寂しい状態だ。

 それでも駅逓所としての体裁を整えようとしたのか、客を待たせるためのテーブルや椅子が置いてある。

 落ち葉に半分埋もれているが、軽く払えばそのまま使うこともできるだろう。

 どうせあたしとハイジしか使わないだろうに、いつか魔物の領域が完全になくなる日を夢見ていたのであろうか。


 見れば、ハイジがテーブルの横に焚き火台を組んでいる。

 珍しい。どうやら小屋に到着する前にお茶で一服するつもりらしい。


「あっ」


 テーブルの落ち葉の上に、一粒の白いものが降ってきた。


「雪だ」


 初雪だ。

 短い秋が終わりを告げるらしい。


「また冬が来るね、ハイジ」

「ああ」


 ふと、自分でもよくわからない歓喜のようなものが湧き上がってきた。

 嬉しくなって、胸が苦しくなる。

 思わず走り出しそうになるのを我慢する。


(る、る、ら)


 ゆっくりと足を一歩踏み出す。

 カサリ、と落ち葉の乾いた音。


「ふふ」


 なんだか楽しくなってきた。


(た、らら、たったったら、ら)


 子供の頃に好きだった曲を口ずさみながら、あたしはタタっと走り出す。

 曲は「そりすべり」だ。まだ小さかった頃、両親がレコードでかけてくれた懐かしい曲。幸せな思い出。

 季節的にはだいぶ早いが、雪といえばあたしにとってこの曲だ。


 くるりとターン。

 たっ、たっ、とステップを踏んで方向転換。

 また走り出す。


 ますます楽しくなって、あたしはくるくると下手くそなダンスを踊った。


 ダンスの才能なんてないけど、人に見せるために踊っているわけじゃなし、そんなことは関係ない。ただ踊りたくなったから踊っているだけだ。


 すぐ近くでハイジがお茶を沸かしているけれど、あんなの風景みたいなものだ。気にする必要はないし、どうせハイジも気にしない。

 だからあたしはダンサーになりきって、今しかないこの瞬間を楽しむことにした。


 くるくる。

 ジャンプ、ターン、ステップ、ポーズ。


 思った以上に体が自由自在に動くことが嬉しい。

 気を良くしたあたしは、誇らしい気分でますます踊る。


 地面を蹴っ飛ばす。

 木の葉が撒き散らされて、ひらひらと舞い落ちる。

 両手を広げてそれを浴びるように受け止める。


 白樺も随分寂しくなったが、赤や橙の木の葉が少し残る姿はどこかいじらしい。

 楽しい。嬉しい。もっと踊ろう。


 ハラハラと雪が強くなる。

 ビュッと風が吹くと、落ち葉と雪の嵐だ。


「あはは、冷たい」


 ダンスを中断して顔に張り付いた落ち葉を払う。

 ふとみると、ハイジがマグにお湯を注ぐところだった。


 タタタ、と走り寄る。


「あたしにもちょうだい」

「そら」

「ありがと」


 マグを差し出されて、お茶を啜る。

 まだハーブの味が出きっていない。

 水っぽくて、マグのちょっと金臭い味がする。


「なかなか見事だな」

「ダンスのこと? ふふーん、そうでしょ?」

「ああ」


 あたしからマグを受け取って、ハイジもお茶を啜る。


「もういいのか?」

「ううん、もう少し」


 そう言って、もう一度タタタと走り出し、そのままターン。

 体が軽い。

 いくらでも動ける。


「ぎゃっ?!」


 落ち葉で隠れた水溜りを踏んで、思わず可愛くない悲鳴を上げてしまった。


「わー、もー! あははは」


 笑いながらそのまま踊り続ける。


 ぶわーっと木の葉を集めて空に放り投げる。

 木の葉のシャワーだ。


「あはははは」


 そして誰に対してかわからないが、ポーズをとって恭しく礼をする。

 フィニッシュだ。

 ぱち、ぱちと拍手の音が聞こえたので振り返ると、ハイジがこちらを眺めながら拍手していた。。

 

「お粗末さまでした」

「なかなか見応えがあった」


 へぇ、ハイジでもそんなことを言うんだ、などと思いつつ、ストンとお向かいに座る。マグを受け取ってお茶を啜る。

 今度はしっかり味が出ている。

 渋くて、少し甘い冬の味だ。


「ねぇハイジ」

「なんだ」

「こんな時間がずっと続けばいいのにね」

「そうだな」


 ハイジの返事にあたしは満足する。

 こうして寂しいまま、二人だけで、魔物だらけのこの森で生きていければどんなに幸せだろう。


 秋が終わる。


* * *


(ぎゃーー)


 なんだかテンションが上がって訳のわからんことをしてしまった。

 我に帰ったあたしは急に照れ臭くなり、ベッドに顔を埋めてバタバタと暴れた。

 素に戻ると恥ずかしい行動だった。


 なんであんなことになったんだろう。

 ハイジは何とも思っていないだろうけど、ぶっちゃけアレはない。

 人様に見せていいようなダンスじゃない。


 あれは一時の気の迷いだ。

 きっとピクシーの鱗粉にやられたんだ。

 でも、あの時は見られてもいいような気がしたんだよ。


 どうか、お願いだから忘れて欲しい。

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