21

「……すまん」

「謝るってことは、無理ってことね」

「そうだ」

「なぜ?」

「理由は話せん。だが、おれの感情的な問題ではないとだけ言っておく」

「感情的な問題じゃない……?」


(ほんまかいな)


 その言葉はちょっと疑わしく感じた。

 もし、ハイジが感情的な理由で『はぐれ』と戦わないと言うのであれば、あたしにも少々思うところはある。

 いくら『番犬』が『はぐれ』の保護者だからといって、戦士が戦う相手を選り好みするものではないし、何より――


(もしハイジが『はぐれ』をそこまで特別扱いするってことは、あたしが大事にされてたのも『はぐれ』だからってだけの理由になっちゃいかねないからね)

(あたしが『はぐれ』かどうかは関係なく、パートナーとして認めてもらいたいし)


 とはいえ、あたしはハイジの言うことを信じる。

 たとえそれが嘘でも信じる。

 ハイジが理由を言えないと言うのであれば聞く必要はないし、感情的な問題ではないと言うのであれば、それで構わないと思うのだ。


(……ならいっか)


 ならば、今すべきことはあの青年をどうするべきかを考えることだ。

 今はそれ以外のことは必要ない。


「そ。じゃあ理由はきかない。あいつの相手はあたしがする」

「すまん」

「いいよ。でも能力がわからないとなぁ……」

「技量としては圧倒的にお前が有利だ。能力がわかれば怖くはない」

「光栄ね。……ところで、ハイジ」

「なんだ?」

?」


『はぐれ』を殺していいか。

 ハイジがそれをよしとするか。


 しかし、ハイジはあっさりとうなづいた。


「ああ」

「本当に?」

「しつこいぞ。敵は倒す。ただそれだけだ」

「わかった」


 なら、あたしはやり遂げる。

『はぐれ』ということは同郷ではあるが、敵に容赦するほどあたしは感傷的ではない。


 * * *


 あたしたちの体力だと、休憩などあまり意味はない。

 話がつけば、すぐにその場を離れて彼を探すために走り出した。

 

『はぐれ』が敵になる。


 そんなことは考えたこともなかった。

 おそらくハイジもないだろう。

 そもそもの話『はぐれ』は体が弱い。というかこの世界の人間が丈夫すぎるだけなのだが、ともかく弱いと思われているし、実際にこれまでは戦える『はぐれ』などあたしの他にはいなかったはずだ。

 

 おそらく、あいつはこれまで人目につかないことだけ考えて生きてきた。その結果が魔力すら曖昧になるほどの隠蔽能力。

 しかし、それならそれでやりようはある。

 

 あたしは肉眼の目を意識しながら、ゆっくりと魔力を通していく。

 例外なく、すべての人間に魔力を通した姿がダブって見える。もしそこに違和感を感じれば、おそらく――

 

(おそらくそこにいる)


 ずっと人目を避けながら隠れて生きてきた異世界人。

 あいつの目にあたしはどのように映っているのだろうか。

 

 ハーゲンベックといえば、あたしの手配書が出回っているはず。

 黒目・黒髪といえば『はぐれ』の他にいない。

 いつ殺されてもおかしくないハーゲンベックの治世の下、隠れ住む『はぐれ』がそれを目撃する――

 

 ちらりとハイジを見る。

 いつも通り険しい表情で油断なく周りを経過している。

 

 この男に救われたから、あたしはここにいる。

 もしハイジがいなければ、今頃あたしはどうなっていただろうか。

 この世界には、見たことはないが奴隷がいるという。

 娼婦や、あるいはヤーコブたちのような路上生活者も珍しくはない。

 治安が良く『はぐれ』への偏見も少ないエイヒムですら、その生活は決して楽ではない。

 ましてやハーゲンベック――アイツが元奴隷や男娼であったとしてもあたしは驚かない。

 何も知らずにこの世界に飛ばされて、過酷な運命に翻弄され、そしてあたしの存在を知る。

 

(まぁ「自分だけなぜこんな目に遭うのか」くらいのことは思うわよね)

(とはいえ、それはあたしのせいじゃないし)


 同情はするが、恨むならハーゲンベックを恨め。

 あたしたちはハーゲンベックのクソのような治世を終わらせるために戦っているのだ。

 

 と、ハイジが歩みを止めた。


「いたぞ」

「……そうね」


 すでにあたしたちのことを捕捉していたのだろう。

 死人みたいな青年が、不吉な黒い髪と瞳であたしたちを待ち受けていた。

 

 * * *

 

(――加速)


 時間短縮を重ねがけしつつ、あたしはジグザグに接敵する。

 当然魔力を通した視界は切り、頼るのは肉眼だけだ。視界の流れる速度が早すぎて肉眼だとキツい。だがアイツにとってはそれ以上に追うことは難しいはずだ。

 青年は即座にあたしを見失う。慌てた様子もなくあたしを探しているが、その態度は余裕があるからなのか、あるいはそうした感情が欠落しているからか。

 

 この間ゼロコンマ数秒。

 

 フッと強く息を吐きながら魔力を込めた細剣レイピアを振り抜く――間違いなく届いたはずの剣に手応えがない!


(伸長)


 体が固まってしまえば前の二の前だ。あたしは少し離れた場所までそのまま逃げおおせ、相手の直感を裏切るように宙に止まる。

 

 と。


(矢……ッツ!)


 中に留まるあたしに向かって数十の矢が迫ってきた。

 この程度ならば、射線が通ったものだけ切り落とせば問題はないが、ブオッと風切り音が聞こえたかと思うと、矢が叩き落とされた。


「ハイジ」

「周りは気にするな」


 ハイジだ。

 相変わらずの異常なまでの剣技であたしを狙うすべての矢を防ぎきった。

 

(どんな技量だよ)


 思わず呆れるが、目の前の敵に集中する。


 さすがハーゲンベックといえよう。 

 どうやらこの青年は、ハイジと黒山羊対策に用意されたデコイのようだ。

 あたしたちに勝てないまでも、こいつは簡単には屠れない。そこに、周囲に弓兵を配置して邪魔をする二段構え。


「『はぐれ』には『はぐれ』」ってこと?」

「余計なことを考えるな。目の前の敵に集中しろ」


 ならば。

 

 二度目の接敵。今度は加速せずに近寄り、剣が届く状態になってから加速する。一撃離脱ヒットアンドアウェイのほうが有利だろう。どんなカラクリかは知らないが、相手の剣があたし届く瞬間は、あたしの剣も相手に届くのだ。

 幻影だろうがなんだろうが構いはしない。

 

「シャッ!!」


 剣を振るった。

 相変わらずの手応えのなさだが、ぎりぎりまで待って相手があたしに剣を振り下ろすのを待ち、それより速く心臓を突いた。

 

「?!」


 しかし、それにも手応えがない。

 慌てて振り下ろされる剣を細剣細剣で受けようとするが、剣は細剣細剣をすり抜け、さらには

 

(まさか)


 青年の攻撃――それすらも、幻影。

 見れば、再度剣を振り上げた青年の澱んだ瞳があたしをじっと見つめている。

 

 剣が振り下ろされた。

 それと同時に――伸長がはじまった。

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