第10話 移民船内の視察
中央ブロックの中心に設置されたエレベーターは、ストレッチャーが二台並べて入れることができる大きなもので、マコトたちとお客さん、十二人全員が同時に乗っても余裕があった。内装はステンレスとガラスの素材感が強調され、シンプルで機能的、見ようによっては冷たい印象だ。
マコトは、改めて評議員一行を見回して、ボディガードたちをチェックした。
視線を向けると、ICチップの情報を読み込んで次々にスマート眼鏡に表示してくれる。
『ユルゲン・ユンカース』常に評議員の背後に立っている長身のサイボーグで、マコトよりも頭一つ分くらい背が高い。殺伐とした雰囲気を身にまとい、剃刀のような視線が印象的だ。四十歳は超えているように見える。眼鏡はメタルのティアドロップタイプだ。
『クラウス・クライスラー』イリーナの背後にたたずむ巨漢で、身長はユルゲンとそう変わらないが肩幅の広さと胸板の厚さは規格外だ。贅肉を感じさせない岩のような雰囲気の男で、メタルフレームのフォックスタイプの眼鏡をかけている。年齢は二十代後半から三十代前半のように見えた。
『ニコライ・ニコルソン』評議員の隣に立っている。角ばった顔で妙に目が血走っている。肩幅の広い屈強な体形だが、身長はマコトと同じくらい。眼鏡はメタルのウェリントンタイプだ。二十代前半くらいだと思われる。
『トミー・トルネル』イリーナの隣に立っている。マコトよりも少し背の高い猫背の男で、金髪をソフトモヒカンにしているのが印象的だ。眼鏡はセルフレームのティアドロップタイプ。年齢はニコライと同じくらいか。
『オスカー・オブライエン』決まった立ち位置のない小柄な男で、あまりボディガードという職業の匂いを感じさせない。落ち着きがなく、あちこちにキョロキョロと視線を走らせている。眼鏡はメタルのスクエアタイプ。年齢は多分一番若い。そして、彼だけがマコトたちの持っているような長さ五十センチほどの銀色の電磁警棒を所持していた。
マコトが五人のボディガードたちを観察している間に、エレベーターはエアロックのある最上階のフロアから居住ブロックとの連絡ロビーがあるフロアに到着した。
「移民船アークの居住ブロックは全部で六つあります」
エレベーターから降りると、さっそく船長が説明を開始した。連絡ロビーはブルーとグレイを基調にした広大な空間で、エレベーターを『底』にしたすり鉢状になっていた。そこから四十五度の角度がある急階段が『上』に向かって伸びている。
そして、二〇メートルほど先の階段の終点部分にはエレベーターらしき設備が並んでいるのが見えた。それぞれの設備は、そのまま延長すれば中央エレベーターに直交する向きだ。扉の形も正方形と、通常のエレベーターとは趣を異にしている。
「とりあえず四番エレベーターに向かいましょう。このあたりの疑似重力は微弱ですが、重力の方向に気を付けてくださいね」
船長を先頭にマコトたちは階段を上った。
現在、移民船は加速していないため、中央ブロックは基本、無重力で上も下もない。
視覚的な意味での『上』だ。しかし、階段を上るにしたがって、微かにではあるが上下の感覚が混乱し始めた。つんのめるように感じる。
「違和感を感じる方は磁力靴の接地面を変更してくださいね。階段を上る動きではなく、階段を降りる動きになるように」
やがて、船長の助言に従って、全員が九〇度身体の向きを変えることになった。
初めて経験する人間には質の悪いマジックの様に感じられるだろうなとマコトは思った。
移民船は回転することにより人工重力を発生させているので、中心から離れるに従って次第に重力が大きくなっていく。居住ブロックに近づくと無重力状態から中央エレベーターのある方が『上』になる重力環境へと変わっていくのだ。運営事務局のメンバーは全員が毎日、居住ブロックと中央ブロックの間を往復しているので慣れっ子だ。
「青い壁を床にする形で磁力靴を固定してください」
エレベーターに乗ると女性の声で人工知能のアナウンスが流れる。
マコトたちが先ほど乗った中央エレベーターの床とは九〇度違う向きで乗る形になる。
「それぞれの居住ブロックは球体構造で直径五〇〇メートル。下半分が住居や工場、上半分が耕作地や貯水池になっています」
エレベーターに乗ると船長がレクチャーを再開した。
「居住ブロックは金星の浮遊都市と同じようなつくりなんですね」
船長の説明に反応したのはイリーナだった。
「そのとおりです。よくご存じですね。もともと金星の浮遊都市は恒星間移民船のための実証実験施設としての意味合いもありました」
金星の地表は、気温摂氏五〇〇度、気圧一〇〇気圧の高温高圧の地獄のような世界だが、地上五〇キロ付近では、地球の気温、気圧に近い。
その高度で、濃密な二酸化炭素の大気中に風船のように浮かぶ実験都市を人類は作っていた。酸素とチッソの混合気体である『空気』が二酸化炭素よりも比重が軽いことによって実現した構造物だ。
ちなみにサムは金星の浮遊都市の出身で、機械設備のメンテナンスの仕事をしていたそうだ。
「金星の浮遊都市と異なるのは六つの居住ブロックがネックレスのようにつながっていて、今のような慣性航行時は回転することで人工重力を生み出している点です。私たちは、これから居住ブロックに向かって『降りる』のです」
「これからテスト航行ですが、加速時はどうするんですか? 疑似重力が船首から船尾に向かって発生しますよね」
イリーナは優秀な生徒だった。的確な質問を船長に向ける。
「居住ブロックの向きを変えるんです。九〇度」
「直径五〇〇メートルもある球体の向きをですか?」
イリーナは大袈裟に目を丸くして見せた。
「そのとおりです。そのギミックを稼働させることがテスト航海最大の難関の一つなのです」
船長はイリーナの眼を見てしっかり頷いた。
イグナチェンコ評議員一行が視察したのは第四街区だった。彼らが宿泊に使うリゾートホテルがあることからの選択だ。
直径五〇〇メートルの球体の上半分である地上は、一番外側が貯水池兼養殖池、そして内側に向かって小麦、トマト、ブドウ、柑橘類などの畑や果樹園がドーナツ状に整備されていた。ちょうどトマトは収穫時期を迎えていて、緑の畑が所々赤く鮮やかに彩られている。
半球の内側である『空』には太陽灯が全面に設置され、地上を明るく照らしていた。
少し暑かったが、中央ブロックや地下と違って空気が澄んでおり清々しい。微かに緑の匂いがする。
今日は、これからテスト航行が予定されているため、地上で作業している人間はほとんどいなかった。鳥や虫もいないため、とても静かで、耳に入ってくるのは『空』となっている天井に設置された空調機器が発する風のそよぐ音程度だ。
マコトの前を歩いているイリーナは、相変わらず評議員の腕を抱くようにして歩いている。
マコトは客観的には若く美しいはずのイリーナに何か奇妙な違和感を感じていた。見た目は自分よりも年下の少女にしか見えないのに言動や所作に幼さを感じないのだ。
また、違和感といえば、評議員に対しても強く感じていた。
わざわざ仕事に同行させるくらいなのだから評議員は相当孫娘をかわいがっているはずだ。なのに評議員のイリーナに対する態度にそうした愛情が感じられない。むしろ嫌悪すら感じられた。それとも評議員は普段から気難しい人で、ああいう態度がデフォルトなのだろうか。
「嬉しくないのかな。俺だったらデレデレしちゃうのに」
マコトは、評議員たちには聞こえないように小声でつぶやいた。
「へぇ~、マコト君、あんな風にくっつかれるのが好きなんだ」
すぐ近くにいたクリスが、小さなつぶやきを聞きつけて、からかうような笑顔をマコトに向ける。
「いや、あの、その」
途端にマコトは頬を染めて口ごもってしまった。
そんな二人の様子をアイーシャは静かに見つめ、ダルはサイボーグのユルゲンに注意を向けたままだった。
ボディガードたちは周囲に視線を巡らせて入るものの、好奇心に目を輝かせたりはしていない。職務に忠実で周囲を警戒しているのか、それとも移民船の内部には興味がないのか分からなかった。
「私たちの他に誰もいませんけど、住民の皆さんはどちらにいるんですか?」
視察であるにもかかわらず無言を貫いている評議員に代わり、イリーナが船長に質問する。
「テスト航行に備えて地下にいます。居住ブロックを回転させた際、上や横に向かって落ちたりしたら危険なので、安全を確保できる室内で、磁力靴を履いたまま待機することになっています。そうすることで、地下の設備機器に不具合が発生した場合、直ちに対応することもできます」
船長は、評議員の腕にしがみついているイリーナに優しいまなざしを向けた。
「この移民船の乗組員は全部で四〇〇〇人くらいでしたっけ」
「現時点での人数は、三三五〇人ほどです」
船長は先ほどの事務局長やマコトたちとの打ち合わせで示された正確な数字を伝える。
船長の視線は評議員にも向けられていたが、評議員からハッキリした反応は帰ってこない。
応対するのは相変わらずイリーナだ。
「今、そのほとんどの人たちが居住ブロックの地下で息をひそめているんですね」
「ええ」
「居住ブロック以外にいるのは、何人くらいですか? 一〇〇人くらい?」
船長に対するイリーナの質問に反応して、何故か一番年嵩のボディーガード、戦闘サイボーグのユルゲンの瞳が異様な光を放つ。マコトは不審を覚えた。
「恒星間移民船アークの運用は人工知能のおかげで、かなり自動化が進んでいます。中央ブロックにはコントロールルーム以外、常駐職員は配置されていませんよ。おまけに、コントロールルームにいるのは、私を含めて一〇名です」
船長の説明にイリーナは笑顔を向け、何故か評議員は小さな溜め息をつく。
ダルの眉間にシワが寄り、アイーシャはボディーガードたちの表情をうかがった。
クリスは不穏な空気を感じてマコトに救いを求めるような視線を向け、マコトは困惑したような表情を浮かべる。
そのタイミングで、船内の放送設備を通じ、フローラの声が聞こえてきた。
「本日、十五時からテスト航海を開始します。住民の皆さんは居住ブロックの地下部分で待機願います。居住ブロックを慣性航行形態から、加速時形態にポジションチェンジする際、人工重力発生装置が停止するため、一時的に居住ブロック全体が無重力状態に陥ります。ご注意ください。物品はすべて固定、収納し、水の使用は禁止します。繰り返します」
船長は放送を聞くと、眼鏡に現在時刻を表示させる。
「もうすぐ十五時です。そろそろコントロールルームに戻りましょう」
船長の合図で視察は終了することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます