第5話 二人きりの練習

 マコトは訓練施設の中で奥歯を噛みしめ、厳しい表情で電磁警棒の素振りを繰り返していた。訓練の時間は終わり、団長のダルをはじめ自警団のメンバーたちは次々に帰路についている。

 マコトは片手で電磁警棒を握り、半身で大きく前に踏み出しながら素早く電磁警棒を打ち下ろし、打ち下ろし終わった瞬間、同じ軌道で電磁警棒を引き上げながら素早く元の位置に後退するという動作を繰り返していた。

 銀色の電磁警棒は風を切って鋭い音を響かせ、しかも何回も同じ動作を繰り返すうちに、風鳴りの音は次第に高くなっていく。

 剣道の経験者ということで自警団に配属されたマコトだったが、自警団の使用する電磁警棒は剣道の竹刀に比べかなり短い。大人用の竹刀は三尺九寸、約一二〇センチあるのに対して、電磁警棒は五〇センチ程度の長さしかなかった。間合いの感覚が剣道とはひどく異なる。

 しかも、電磁警棒は軽量の金属を使用しているとはいえ重量は四〇〇グラムに迫り、長さが半分以下なのに竹刀の約五〇〇グラムと大差がない。それを竹刀のように両手で扱うのではなく、片手で扱うのだ。だいぶ勝手が違う。

 マコトは訓練でいいところがなかった悔しさから、改めて自分を鍛え直そうと考えていた。とりあえず電磁警棒を意のままに、しかも素早く扱えるようにしなければならない。

「何か手伝いますか?」

 正面に敵を想定して一心不乱に素振りを繰り返していたマコトの背後から、低く落ち着いた女性の声がかけられた。マコトは素振りを中断し、後ろを振り返る。アイーシャだった。

 アイーシャは生真面目な表情で、じっとマコトのことを見つめている。

「え、あ、ありがとう」

 申し出自体は有り難がったが素振りは一人でやるものだ。マコトはそれ以上反応することができず、黙り込んでしまった。

「もし良ければ練習相手になります」

 しびれを切らしたようにアイーシャが更に提案する。

「う~ん、やるとしたら、さっきのダルとの訓練みたいに何でもありの制圧ミッションなんだろうけど。ジャッジする人がいないと危なくないですか?」

 練習試合には必ず審判が必要だ。マコトはそう思っていた。既に訓練施設にはマコトとアイーシャ以外ほとんど人が残っていない。二名ほど筋トレをしている人間が残っている程度だ。

「マコトさんは、練習で頭に血がのぼって己を見失うような人間ではないと思っています」

 アイーシャは穏やかな表情のまま答える。そう言われてしまうと、アイーシャも変なスイッチが入ってしまうタイプではなさそうだ。いつも沈着冷静、怒りに駆られて我を失っている姿をマコトは見たことがない。

「じゃあ、お願いするかな。電撃の設定は最弱ということでどう?」

 確かに間合いをつかむには場数を踏むのが一番だとマコトは納得した。アイーシャは穏やかな笑みを浮かべて頷く。

「では、お願いします」

 二人は少し離れて向かい合うと、構えた。

 マコトは右手に電磁警棒を握り半身の体勢で電磁警棒の切っ先をアイーシャに向ける。

 それに対してアイーシャは何も持っていない右手を前に構えている。電磁警棒を握っているのは左手だ。そして、重心をやや後方に下げ、右手は拳を握るのではなく、開いて手のひらをマコトに向けていた。マコトは格闘技にはさほど詳しくないが、アイーシャの構えはどっしりと落ち着いていて、攻撃にも防御にもすぐさま移行できるように感じられた。

 二人の間に緊張が高まる。

 すでにマコトの頭の中では、何度も攻防のイメージが繰り返されていた。

 きっと、アイーシャは開いた右の手のひらで、マコトの電磁警棒を弾くつもりなのだろう。

 そして、マコトの体勢を崩したうえで左手の電磁警棒で打ちかかるか、蹴り技を使うかのどちらかだ。

 その意図を挫くためにはアイーシャを超えるスピードで打ちかかるか、頭部に比べて防御しづらいと思われる腹部を狙うかだと、マコトは考えた。

 思案を巡らせている間に、二人の間合いはジリジリと迫り、マコトの電磁警棒の先端とアイーシャの右手が近づく。

「はっ!」

 追い詰められた形のマコトは、裂帛の気合とともに電磁警棒を振りかぶり、アイーシャの肩口に袈裟懸けに打ち込もうとした。スピード勝負、そういう決断だった。

 だが、電磁警棒の動きが止まる。

「えっ?」

 素早く伸ばされたアイーシャの右手の指が鈎のように曲がり、跳ね上がろうとした電磁警棒の動きを停める。マコトは予定していた動作を初動から封じられた。

 マコトの動きの乱れをついて、アイーシャの右足刀がマコトの脇腹に襲い掛かる。

「くっ」

 マコトは反射的に後方へと跳び退った。アイーシャの足刀があたる。

 かわし切れなかったが、ダメージは浅い。

 だが、アイーシャは、そのまま前に踏み込み、右拳で上段への突きを繰り出す。

 当たらないのは分かっていたが、マコトは思わず顔面をガードした。

 アイーシャの切れ長の目が、マコトの正面から消える。

 マコトは慌てて電磁警棒を振り下ろした。相手の動きが見えていたわけではない。唯の勘だ。

 鈍い金属音が響く。マコトの電磁警棒がアイーシャの電磁警棒をとらえた音だった。

 二人とも後方に跳び、間合いを取る。

「よく、かわしましたね」

 アイーシャは息を切らせることもなかった。

 言われたマコトもそう思う。最後の電磁警棒をかわせたのは単に運が良かっただけだ。

 攻撃の組み立てはアイーシャの方が圧倒的に優れている。

 相手の初動を封じフェイントをかける。マコトは初動を封じられたことを反省した。

 電磁警棒を自分の身体に引き付け、切っ先を天井に向ける。

「同じ轍は踏まない」

 マコトはあからさまに重心を前に移した。剣道ではありえない体勢だ。

 アイーシャは、少しだけ眉を曇らせた。構えを左足前にかえる。

 ジリジリと間合いを詰めてきた。

 再び緊張が高まる。

 アイーシャの左のローキック。

 マコトは慌てて重心を後ろに戻して、ローキックのダメージ軽減を図る。

 しかし、アイーシャのローキックは優しく、マコトの右脚を蹴り抜いたりしなかった。

 マコトがブロックした反動を使い、そのまま上段へと跳ね上がる。二段蹴りだ。

 かわせるような蹴りではなかった。

 マコトは電磁警棒でアイーシャの上段回し蹴りを迎え撃つ。

 だが、アイーシャの蹴りの勢いは止まらない。

 アイーシャの蹴りの衝撃がマコトの肩口を、マコトの電撃がアイーシャの左脚を襲った。

「がっ」

「あっ」

 二人は声にならない叫び声をあげ、その場にうずくまる。

「ごめん、大丈夫?」

 マコトが蹴りの衝撃から回復するまで、多少の時間がかかった。

「大丈夫です。マコトさんは?」

 アイーシャは黒い瞳に心配そうな光を湛えて、マコトを見つめていた。

「大丈夫だよ。アイーシャさんが手加減してくれたおかげでね」

「そんな」

 アイーシャは首を横に振った。

「ローキックがやさしかったからね。あの攻撃が本命だったら、あそこで試合終了だ」

 偽ることのないマコトの本心だ。

「あれは最初からフェイントのつもりでしたから」

 そうではない。練習で相手を壊す気がなかったからだろうとマコトは思った。

「ありがとう。俺、あんまり格闘技には詳しくなかったから、凄く勉強になったよ」

 気が付くと、訓練施設に残っているのは、マコトとアイーシャの二人きりになっていた。

 アイーシャは、マコトのセリフを聞いて穏やかに微笑む。

「また、機会があったら二人で練習しましょう」

「是非」

 不思議なことに、特に緊張する様子もなくマコトは即答した。

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