第3話【最強】の戦い方

「なぜ生きている・・・!」


 サナスとヴェインは目を丸くし壮大な眺望を映す武上伊吹を見上げる。

 これは正に青天の霹靂、絶対に私の増援なしでは倒せなかったであろう兵士達を破り、あろうことかまだ体力も有り余っているように見える。


「あいつら剣とか魔法が使えるからどれだけすごいのかと思ったら大したことなかったな、しかしよかった・・・自分たちが狩る側と思っていたあいつらの自分達が狩られる側とわかった時のあの恐怖に歪むあの顔!あれで白飯5杯は食えたな・・・やっぱ戦いはいい、生を心の底から実感できる・・・」

「5人とも殺したのか・・・なぜ魔法も剣も扱えない凡人が・・・」

「確かに魔法は使えないし剣もさっき初めて使ったさ、そんな俺がなぜ勝てたかわかるか?」

「だからそれを聞いているんだろう・・・」

「俺が【最強】だからだ」

「答えになっていない・・・だろうがぁ!」


 サナスはただ唖然としヴェインは兄弟弟子を殺された怒りに震えている。

 武上は壁を下りると倒れる私に近づき、しゃがみ顔を私の耳に近づける。


「助けてほしいか?」

「・・・」

「俺は無償で何かしてやれるほど優しくない、兵士を殺したのもレインからなんでももらうって約束でだ、だがレイン分じゃあの猛者2人を倒してやる賃金としては足りない、だから足りない分の代金を払えば二人ともやってやるよ」

「なんだ・・・なにを払えば」

「たった一言だ、お願いします、名門ハインツ家の長女にもかかわらず無様でみじめで弱い私目をどうか騎士様お助けください、と言えそれが代金だ」

「なっ・・・!そんな自分の家の沽券を汚すようなことを私が・・・そんなことを口走るくらいならいっそ・・・」

「別に言わなくてもいい、自分のプライドを守ったまま死ぬ、それもお前次第だ、ただし弟も姫もしぬだろうがな」

「貴様・・・!」

「貴様?言動と態度に気をつけろよ?今俺は善意でお前に選択肢をやってるんだぞ?さぁ選べ!プライドを守って死ぬか!プライドを捨てて生き残るか!」


 正直この男の強さは怪しい、魔法も剣もまともに使えずどう戦うのか、しかしこのよくわからない言葉と態度からでる自信はこの男から強さを滲ませる。

 そして今の追い詰められた私には結局私には選択肢は一択しかありえなかった、今の私は藁にもすがる思いだった。

 ハインツ家の長女としてそんな服従のような文言は絶対に言えないし、この軽薄でふざけた男に演技でもそんなことは言いたくない、しかしそのプライドを捨てて姫と家族を守れるなら安すぎる代金だ。


「め、名門、ハインツ家の・・・長女にもかかわらず無様でみじめで、醜く弱い・・・」

「ちょっと聞こえないよ!もっとはっきり大きな声でぇ!」

「私目をどうか【最強】の騎士様・・・お助けください」


 その時の私の顔は茹蛸のように赤くなり、あまりに強い歯ぎしりで口からも血が出てきそうだ。

 出血による貧血も相まって舌を噛みちぎって今すぐにでもここから消えていなくなりたい最悪の気分だ。


「アドリブで【最強】を入れたな?」

「だめなのか・・・」

「いや、120点、最高だ、美人な女の子の懇願も聞けたし、俺も120点の働きをしよう」


 そう言うと武上は私の剣を手に取り球を打つ棒のように構える。


「この剣の握り方はこんな感じでいいのか?」

「ああ、結局剣でやるのか・・・」

「任せろ、剣を使ったことはないが、使えないとはいってない」

「何を・・・」

「さぁ、こいやぁ!ヴェイン!サナスゥ」


 ブンッブンッッ


 武上は剣を振りながら大声で敵を挑発する。

 ダメだ、背中姿からでも全く剣を使ったことのない素人というのがわかる。


「あのふざけた男は僕がやります、仲間を殺したあのふざけた男を一瞬で殺してみせます」

「ああ、教えてやれい、凡人では天才には勝てぬとな」

「凡人・・・?この俺が?じゃあその凡人に負けるお前らは・・・」

「こいつ・・・」

「凡人以下ってことだな!?」

「減らず口を・・・!」


 ヴェインの神速の踏み込みにより一瞬にして武上の目の前に現れ恐ろしい速度で剣を打ち込む、武上はそれに対抗するように剣を振り返す。


「何をキレてんだよ、まぁでもそうだよなぁ、俺さぇいなけりゃ、誰も欠けることなく二人とも殺せて完璧な作戦だったなぁ、まさか自分の仲間が殺されるとは思わなかったよなぁ?」

「くっ・・・」

「図星か?ヴェインお前はすかした顔より今の怒りに燃える顔の方がよく似合ってるぜ?」

「一言一言本当に癇に触る人間だな!」



 キンッッシャキィッッンッッ


「なぜそんな動きで全部受けれるんだ・・・」


 ヴェインの剣筋は速い、何年もの鍛錬を積んだものの剣筋、全く動きに無駄もない、私が予想した通り【剣豪】にも匹敵する、しかし武上はそれを全て受け返す。

 武上がヴェインの剣を弾いている・・・なんなんだこの強さは、どう見ても素人・・・


 ガギィンッッガギィィィン


 斬り合いが続くにつれ、剣と剣がぶつかり合う音が鈍く大きい音になる。音の原因は武上の剣の持ち方のせいだろう、剣ではなく棍棒のようにもち一発一発に異常なほどの力を込めている。

 ヴェインの剣はそれを防ごうとするたびに大きく刃こぼれしていき剣も曲がっていく、そしてそのたびに武上がヴェインを押し返している。

 なんて剣の使い方だ、そうか・・・ようやく理解したぞ。


「ま、待て!」

「戦闘中に待ったはないだろぉ!」

「こんなバカげた斬り方で・・・」


 武上の動きはいまだ素人、剣を受けるときの重心の置き方や切り込むときの力の入れ方、すべての剣の動き自体には無駄だらけだ、剣の腕は圧倒的にヴェインのほうが上、しかしその無駄だらけの動きを補って余りあるパワーとスピード、そして動体視力に反射速度、運動能力、その全てが圧倒的に武上の方が上だった。

 武上は剣の技術の無さを持ち前の運動能力、そして戦闘経験でカバーし力づくで無理やり押しているのだ、そして無茶苦茶なパワーが無茶苦茶な剣の使い方を実現させている。


「やばい、これじゃ剣が・・・」

「フンッ!」


 バギィッッ


 武上の嵐のような猛攻にヴェインの剣は見事に真っ二つに折れる。

 ヴェインは普通ではありえない戦い方への敗北、今まで凡人だと思っていた男に歯が立たないことの事実がヴェインの精神をこれでもかと言うほど切り裂いているのがわかる、先ほどまで怒りに燃えていたヴェインの顔は恐怖と絶望の顔に変わっていた。


「なんで・・・!」

「その顔!お前のその顔が見たかった!」


 ジャキッ


「がぁ・・・ 」


 武上の剣は無防備になったヴェインの胴体を躊躇なく切り裂く。

 ヴェインは膝をつき手で切り裂かれた出血を抑え止めようとしている。


 ガキィィッ


 ヴェインにとどめを刺させないまいとサナスが武上に斬りかかる。


「お主・・・どれほど戦えばそうなる!お主の太刀筋は邪道そのもの!」

「邪道も王道も関係ねえよ、勝てなきゃどっちもクソなんだよ、クソジジイ」


 武上が使っている剣も無茶な使い方をしたせいでいたるところで刃こぼれして、最早剣の形ではなくのこぎりのような形状に変形している。


「武上、もうその剣で攻撃を受けるな!折れるぞ!」

「まじかよ!?」

「自分の知識の無さを恨むがいい!」


 サナスはここぞとばかりに正面上段から今までで最も強い本気の一撃を放つ。


「迅速流、奥義【両断】!」


 サナスの剛撃は私の見立て通り刃こぼれしたその剣の刀身を真っ二つにし、貫通した斬撃は武上の体に命中する。

 武上の体からはまるで栓を抜いたワインのような勢いで血しぶきが飛び散る。


「ぐっ・・・」

「わしの勝ちじゃ、邪道の剣でもわしの弟子をこの短時間で切り尽くしたのは褒めてやろう、地獄の土産話にでもするといい」


 武上に剣の技術と知識があれば絶対に勝てていた、それほどに圧倒的な身体能力だった、しかしそうはならなかった、もう少し速く私が教えていれば・・・


「先に地獄にいくのは・・・お前だぁ!」

「!?」


 グサッッッ


 体から血を大量に流しながらも男は止まらない、片腕でサナスの腕を掴み剣を拘束しもう片腕ですでに折れた刀の刀身を無理やり力でサナスの体に差し込む、あんな剣の使い方は見たことがない。

 抜けだそうとサナスはもがくが武上の剛腕の前ではまるで赤子のように非力だ。


「お前はさっき俺の戦い方を邪道と言ったな・・・邪道?王道?それが何の役に立つんだ?クソみたいなプライドで自分の選択肢を狭めているのがわからない間抜けが、そんなクソの役にも立たないものは豚にでも食わせとけぇ!」

「がはっ・・・」


 次第にサナスの目から光がなくなり、先ほどの勇猛な老兵はただ血を垂れ流す肉塊へとなっていた。

 なんて恐ろしい男なのだろうか、見たこともない強引な獣のような戦い方で剣の達人の二人を一瞬にして切り刻んだ。


「姉様!」

「レイン!生きていたんだな・・・本当によかった」

「今すぐ回復魔法をかけます!」

「いや私は自分でできる、それよりもレイン、急いで武上に回復魔法をかけろ、あの化け物にはまだやってもらうことがある」

「ええ、あの強さは・・・」

「いや違う、奴の一番恐ろしいところはそこじゃない、普通の人間は人を殺すことに本来抵抗がある、肉を切る前一瞬ためらい罪悪感を感じるものだ、特に転生者や転移者は人を殺したことがないからその傾向が強い、しかし奴はヴェインを斬った時もサナスを刺し殺したときも一切躊躇しなかった、しかも罪悪感を感じるどころか楽しんでいるところすらある、あの底知れない力といい・・・私たちは高潔な騎士とは程遠い邪悪な何かを呼んでしまったのかもしれない、しかしだからこそあれを仲間にできれば我々の絶望的な状況も・・・」

「・・・」

 

 その時男は倒れる死体を見つめながら確実な勝利の余韻に浸り、直倒れた。











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