第33話 黒幕

 彩理たちが侵入した工場は二階建ての構造で、近づいた際には完全な黒い建物ではなく、黒いカーテンで窓からの光を封じていたのだ。


 夜に同化した建造物はそこまで広いわけではなく、二五メートルプールほどの大きさになるだろうか。


 入口から1階部分は、証明こそついているものの、ガラス張りの部屋に点在する製造ラインは不気味なほどの沈黙を演じている。


 バイオロイドたちの気配がなく、彩理と創は一度クロロを解いて周辺を見渡していく。


「誰もいない?」


 タブレット端末を手に持った夢は、中村のPCからコピーした工場のデータを調べていく。


 数値上であるが、上階の電力使用量が圧倒的に多かったのだ。


「電力が2階に集中しているようね」


「となると、上の階か」


 創がなんの変哲もない白い天井を見上げた。


「階段奥にあるよ!」


 彩理たちは建物内の階段を駆け上がり、2階を目指す。


 不自然な無人の室内に、不自然なまでに照明が敷き詰められ、建物内を照らす。


 それは彼女たちを誘い、遠くから声をあざける亡霊のように。


 一気に二階へ上り詰めた彩理たちは白い壁と同化する扉を開け、中へ飛び込んだ。


   *


 暗幕と照明が広がる室内は、1階とは大きく異なり物のほとんどが存在せず、会議室のように布の床が敷き詰められていた。


 ただ一つを除いては。


 真正面に堂々と3面ディスプレイを並べたコンピュータが長いデスクの上に置かれている。


 デスクに背を向けて座るのは白衣を着用する人間。


 彩理たちがやってきても、暫くキーボードのタイピングを止めることはしなかった。


「この事件は、全部あんたの仕業か?」


 創が問いかける。


 一つ、反応があった。

 

 白衣の人間は男の声で振り向かずに答える。


「ああ。間違いない」


「おい、あんたは一体――」


「待って。ここは私に」


 質問を急ごうとした創を夢が制止し、背後を見せる人物に立ちはだかる。


「先生……」


 夢の身を案じるのは彩理だ。


「大丈夫。任せなさい」


 自信で満ちるその顔は、母の強さを表しているようだ。


「君とは久しぶりだね。ユメ・アシガワ」


 未だ背後を見せる男は、過去に呼ばれた夢の名を口から出す。


「やはり貴方でしたか。教授――いえ、ロジャー・ウィルクス」

 

 夢は真顔で既に死んだと思われていた人物の名を言い放った。


「えっ……?」


 その男は「正解だ」と短く言葉を言い終えると、椅子から立ち上がり、こちらへ素顔を見せた。


「よく僕だと解ったね」


 夢が“教授”と慕っていた男は、夢よりもずっと若い姿で現れたのだ。


 創よりも年齢は上だろうか、耳までかかるくせ毛を揺らしながら現れた茶髪の青年。


「貴方の技術なら、ここに居ることも不可能ではないはず」


「母さん、それは一体……」


 その根拠を問われた夢は、つらつらと説明を紡ぎ始めた。


「教授は以前から再生医療の研究を続けていたところで、私が創を生むことを賛成しましたね。それは教授が裏で進めていたプロジェクトに有効だと判断したからなのでしょう。ゆえに”死なない兵士”を売り込もうといたのも、研究用の資金に充てるためだったのでは?」


「ご名答。さすがは僕の教え子だ」


 ウィルクスはただ頷いた。


「教授は先端恐怖症でもありました。メスを持つ恐怖に耐えながら握り、私が殺されかけた時にも真っ先にナイフへ反応したこと。創からの報告もありました」


 昔話を語るように、次々と根拠が飛び出してゆく。


「貴方の本当の目的は――ヒトクローンの創造」

 

 クローン人間を造ることは、アメリカの法律では厳密に禁止とされていない。

 

 生命倫理という名の、無限の回廊に考えを持って行かれる問題の一つだ。


「完全体としてのクローン人間―――貴方のありとあらゆる再生技術、生体情報にパンゲアを兼ね備えて創よりも早く“もう一人の教授“が誕生していたと推測されます。そしてある程度成長した頃に脳細胞の一部を移植させ、名前も二代目としての”ロジャー“になった。これが私の導き出した結論です」


「見事だ」


 ウィルクスは否定することもせず、口の端を釣り上げながら、夢の推測を肯定してゆく。


「そしてあの日“元の肉体を持つ教授”もろとも私とリックを殺し、創を詳しく調べるためにあのグループを雇った。その計画は創によって失敗し、こっそり私のデータをコピーして逃げ延びていた。しばらくして私たちのいる日本に潜伏し、複製技術で企業の顔になりすましてここまで近づいた、といったところでしょうか?」


「よくここまで解ったね。ただ、一つ訂正させて欲しい。僕が本当に求めていたものはクローンではなく“不老不死”なのだ。」


 研究していくなかで出てきた、究極の身体。


 ウィルクスにとってみれば、ロマンに値する目標なのかもしれない。


「不老不死……」


 今度はウィルクスが夢へ意見を問い始めた。


「ロシアでは機械を使って心を移植し、不老不死になることは容易くなった。しかし、肉体の記憶にあった感覚は戻らない。僕はあくまでも、有機物によって成り立つ不老不死を掲げ、そして僕がその第一号になった。僕や君のような優秀な力を持つ者には必要だと思ったからね。パンゲアはまさに、その可能性を秘めている!」


 あまりの大袈裟ぶりに、夢は問いただそうと反論する。


「創が生まれたのは単なる偶然です。普通のパンゲアでは、そんなことはできません」


 しかし、ウィルクスの意志は堅い。


「その通りだ。最初は君の行ったデータを基にパンゲアを大量に捕獲したのだ。だが何度繰り返しても、結局誕生したのは傀儡の存在ばかりだ。君がヒトの創造に使ったパンゲアこそ、多くの人間を不老不死にできる」


 自分の技術が行き過ぎた方向へ向かう、夢にとっての最悪のシナリオだった。


「やめてください! 私の技術は、そのために作ったのではありません!」


 改心を願う夢の声は、届かない。


「今更遅い。君の使ったパンゲアをついに捕獲できたのだ。ここからクローンの兵士を作れば、さらなる資金が手に入るのだ!」


 光る剣と理力を操る、SF映画の一場面にも似た光景が浮かび上がるだろうか。


 たからかに宣言を終えたその時、「ちょっと待ってくれ」と、創はゆっくり挙手した。


「ウィルクスさん。水刺すようで悪いんだけど、あんたに異議ありだ」


 その表情は堂々と法廷に上がる重要参考人めいている。


「なぜだ?」


「ほかの人が不老不死になれば嬉しいかもしれないけど、脳の記憶は永遠に持っていなきゃいけないんだぜ? 肉体は健康かもしれないが、俺は正体を隠して生活しなきゃいけなかった。このまま周りの人間は寿命で死んでひとりぼっちになって、地球の終わりでも見届けようってのか? そんなつまらない生き方するなら、俺は望まない」


「な、何だと!?」


 スフィア・プラントのCEOに化けていた時とは異なる驚愕の表情だった。


「そのために薬という生命維持装置があるわけだ。いざって時に寿命を終えるためにね」


 さらに付け足した創の言葉に、彩理の強く言葉を言い放つ。


「わたしも、不老不死は要りません」


「なぜだ!? その身体は僕が求めているものだというのに!」


「一度、生きることに苦しんだ時期がありました。いつ自分の命を終えたらいいのか。でもそれが不老不死だったら、死ねない辛さの方がずっと大きいと思います。わたしが創と出会って、先生と出会って、ジルさんやみんなと居て嬉しいと感じるのは、限られた時間があるからできるんです」


 

 創を守る過程でバイオロイドの身体に変わった彩理。

 

 彼女の言葉もまた堅い意思を持っていた。


「なぜだ!? なぜ僕に賛同しない! こうなれば、もう君たちを消すほかないと……」

 

 言葉を吐き捨て、少しうつむき気味のウィルクスは、彩理たちが見たことのある変化を遂げる。

 

 ブラウンヘアーが一気に長く、血液の色を成してたぎる。

 

 それは怒りか情熱か、またまた悲しみか。

 

 顔には彩理にも創にもない、新たな顔の模様。

 

 彩理たちが見たことのない、真っ赤なクロロが目の前に出現した。


「驚いたかい? 彼女の使ったパンゲアによって僕も使えるようになったのさ!」


 盗んだデータから作り上げたバイオルールを両手に持ち、たちまち両手の拳を強化するガントレットを形成していた。


「僕の秘密を知った、君たちの負けだ!」


 ウィルクスの瞳には暴走する禍々しさとも異なる、新たな不吉さを物語っていた。

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