第41話

「妙な話になったな……」

 時間を確認しながら、がらんとした部屋でため息をつく。

 彼女がいきなりデートをしたいなどと言い出したのが数日前。

 何度も確かめたが彼女の意思は変わらず、ついには約束の週末になってしまった。

 俺にできることならなんでもするとは言ったが、だからと言ってどうしてデートなんて……。

 特別な好意なんてものがあるとは思えないので、なにかしら別の意図があるのだろうけど。

「考えても仕方ないか……」

 俺は諦めて立ち上がり、改めて時間を確認する。

 そろそろ部屋を出てもいい時間だ。

 覚悟を決めるように軽く顔を叩き、玄関を出る。

 デートをするには文句なしの、雲一つない快晴だ。

 むしろ天気が良すぎて、午後は暑くなりそうな気配すらある。

 期待とは少し違うものを胸に抱えながら、俺は待ち合わせ場所である駅前へと向かって歩き出した。

 週末で天気がいいからなのか、人通りが多く感じる。

 楽しそうな人もいれば、疲れた顔をした人もいる。

 俺は、どう見えるだろうか。

 なんてことを考えながら歩いている間に、駅が見えて来た。

 待ち合わせ場所は駅前の広場だ。

 彼女はすぐに見つけることができた。

 まぁ、そんなのは当たり前だ。

 毎日顔を見ているし、なんなら三十分ほど前まで一緒にいた。

 どんな服装なのかもちゃんと知っているので、遠目からでも気づかないほうがおかしい。

 それは向こうも同じで、俺の姿を確認した彼女は片手を腰に当てる。

「待たせたな」

 俺はそう声を掛けながら、彼女の前に立つ。

 待ち合わせの時間には五分ほど早いが、問題はないだろう。

「本当ですよ。私、待ってました」

 だと言うのに、彼女はなぜか文句でもあるような態度を取る。

「女の子よりあとに来るとか、もうスタート前に減点ですよ」

「なんだよ減点って」

 採点される立場になった覚えはないのだが……。

「デートは採点するものだって聞きました。特に、最初のデートは」

 言いたいことはわからなくもないけど、この場合は素直に頷けない。

「普通はそうでも、今は違うだろ。そもそも家を先に出たのはそっちなんだから。俺があとになるのは当たり前じゃないか」

 しかも念入りに、十分経ってから家を出るようにとまで指定してきた。

 男女の違いで徒歩の速度は違うだろうけど、マンションから駅までの距離を考えると、十分は絶対的な差だ。

 タクシーを使ってでも、ギリギリ先に着けるかどうかだろう。

 それくらい、彼女だってわかりそうなものだが。

「それはそれ、というやつです。デートの待ち合わせに遅れた男の人は、甘んじて苦言を受け入れるべきかと」

「……わかったよ。悪かったって」

 わかった上で無視するのであれば、諦めるしかない。

 ただ一点、どうしても言っておきたいことがある。

「そもそも、なんでわざわざ駅前で待ち合わせなんだ?」

 そう、先に到着するかどうかなんて問題が発生したのは、そこに原因がある。

 同じ部屋で生活しているのに、彼女はわざわざ待ち合わせ場所を指定し、先に部屋を出た。

 一緒に部屋を出れば、こんなことでため息をつかずに済んだというのに。

 当たり前の疑問をぶつける俺に、彼女はわざとらしく肩を竦め、鼻を鳴らす。

 これ以上ないくらい見事な、小馬鹿にした仕草だ。

「デートの醍醐味じゃないですか、待ち合わせって」

 どうせそれも、ネットかなにかで仕入れた知識か、彼女の先入観だろうけど。

 俺としては、物申したい。

「別にそんなこともなかったけどな。一緒に部屋を出たって、デートはデートだったし」

 経験上、そういうデートの始まり方もよくあった。

 もちろん待ち合わせることも多かったが、それが全てじゃない。

「それはあれじゃないですか。ちゃんとした恋人関係だから成立するもので」

 彼女はそこで区切ると、今度は悪戯めいた表情で覗き込んでくる。

「私たち、同棲はしてますけど、恋人関係じゃない、ですよね?」

「……同棲って言い方はやめろ、居候」

「ん、まぁそこはいいです。でも、間違ってませんよね?」

「そうだな。確かに、君の言う通りだ」

 たとえ同居生活をしていても、彼女と俺は恋人関係じゃない。

 だからと言って、一緒に部屋を出るデートの始まり方が当てはまらないかと言うと、正直判断は難しい気もするけど。

「初めてのデート、ですからね。一生の想い出になりかねないので、雰囲気作り、大事にしていきましょう」

「……わかったよ」

 今日の主導権は彼女にある。

 彼女がそう望むのなら、応えるのが俺の役目だ。

「ご納得いただけたところで、始めましょうか、デート」

 彼女はそう言うと、今日の天気に負けないくらいに笑顔を弾けさせた。

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