第6話 カルビーンお爺さん

 腰を痛めて地ベタに座って唸っていた庭師のお爺さん。私の治癒魔法を受けると立ち上がり「これはいったいどういうことじゃ!」と私を見つめて叫んでいた。


(あー、立ち上がってるから治ってると思うけど、どうなのお爺さん?)


「に、2年ほど前から患っていた腰の痛みが消えおった!それにカップに淹れたお茶が溢れるくらいに震えていた両手がなんともない!

 それと若い頃に狩りでビックボアに体当たりされて折れた右足を今も少し引きずって歩いてたが、ほれ!この通り軽やかに動く!

 あと、水虫で痒くて堪らなかったが治ってる。それと最近息苦しく感じておったが空気が旨い!また、胃痛で苦しかったのもスッキリじゃ!あー、まだまだあるが話すのが面倒じゃ!とにかくワシは蘇ったのじゃ!」


(いや、お爺さん‥‥‥あんたどんだけ悪いところがあるんだよ。それと話すの面倒って、それだけ話せば十分だよ)


「ほんとですか?それは良かった」


 そう思う私は短く端的に返答した。そしてそのお爺さんは私を中心にして駆け回り、体操をして健康体になった自分を楽しんでいる。(あのー、目が回るんですけど‥‥‥) 私はそんなお爺さんを見て微笑んでいた。(人が元気になるってなんかいい感じだな)


 そして満足したのかお爺さんは唐突に立ち止まり、私に向かって歩いてくる。その顔は満面の笑みだ。それから私の前まで来ると膝をつき私と視線を合わせて頭を下げた。


「あなた様は私の聖女様です。この老いぼれを救って頂き感謝致します。残り少ない人生ですが私の全てを聖女様に捧げます」


(ふふ、一応ホントの聖女だよ?あと、敬語普通に喋れるね。面倒臭いだけなんだね)


「ははは、そんな畏まらなくてもいいですよ。ちょっと魔法が得意なだけですから。でも両手が震えるなんて大変でしたね。ご病気だったんですか?」


 私は心配してお爺さんに聞いた。


「いや、酒の飲み過ぎじゃ」


「……………」


 そのお爺さんはバツが悪そうに頭を掻きながら苦笑いで答える。私は仕方ないなぁと思いフォローする為に再び聞いた。


「胃痛だったんですよね?あれって意外と苦しいですよね。何が原因だったんだろう?」


 それを聞いたお爺さんは胃痛の原因が判るのか、苦笑いから笑顔に変わり答えた。


「その原因は判っとる。飯も食わずに酒ばかり飲んでたからな。がはははは」


「…………」


(お前‥‥‥なんで笑って答えるんだ?)


 そう思った私はお爺さんに習ってとびきりの笑顔でこう答えた。


「それじゃあ元の病気と怪我だらけの体にもどしますね。それで酒をたらふく飲んで苦しんで生きていけ!」


 それを聞いたお爺さん。真っ青な顔をして私の足元にすがり付いた。


「そ、それだけは許してくれ!せっかく元気になったのに死んでしまうのじゃ!」


「はぁ、まあそれは嘘だけどお酒はほどほどにしようね。じゃないと家族が悲しむよ?」


 その私の言葉に反応したお爺さんは急に真面目な顔になり話し始めた。それは家に居る奥さんの事だった。


「遅くなったがワシの名前はカルビーンじゃ。城下町に住んでい‥‥‥」


「ぶふっ!カルビーンって‥‥‥‥」


「ん?どうしたんじゃ?」


 私はお爺さんが話す途中で吹き出した。だってお爺さん、口を囲むように丸く黒髭生やしてるんだよ?それに首にタオルで麦わら帽子。オマケに服装も農作業服でお菓子のCMに出てくるカー○おじさんソックリなんだもん。(異世界って名前で笑わせるのが流行ってる?)


「ご、ごめんなさい。なんでもないの。続きを聞かせて下さい」


 そのカルビーンお爺さんは不思議そうに私を見ていたが、改めて真面目な顔をして続きを話し始めた。


「ワシはカルビー‥‥‥‥‥‥ン」


「ぶふぉ!ここでまさかの追い討ちか!それも何故か笑いのツボが判ってるー!」


 やってやったと言った顔をして再び話し始めるカルビーンお爺さん。(もう無いよね?)


「ワシは城下町に妻のサーシャと2人で住んでいる。それでそのサーシャは1年ほど前から原因不明の病気で寝たきりなんじゃ。その病気は体の間接が歪み痛みがある。

 医者に見せたが原因不明で治せんかった。その医者に痛み止めをもらって飲んでおるが最近はその薬も効かなくなってるみたいだ。サーシャは笑顔で「大丈夫」と言っているが、長年一緒だったワシには判る。あれは相当痛みがあって苦しんでおる。そんなサーシャにワシは何もしてやれんのじゃ‥‥‥‥」


 とても悔しそうにするカルビーンお爺さん。そして望みを託すように私を見ていた。


「そうなの‥‥‥だから気を紛らわす為に毎日お酒を飲んでたのね」


 私には判る。大切な家族が病気で苦しんでいる状況がどんなものか。


「いや、酒は好きだから飲んでいる。仕事終わりの一杯は格別に旨いのじゃ!」


「……………」


(お前、いい性格してるぜ‥‥)


 私は血が滲むほど強くグーパン状態にするが我慢我慢の女であった。


「嬢ちゃんはあの客室から飛び出してきた。あそこは丁重に扱う必要がある客を泊まらせる部屋だ。ならば嬢ちゃんはお偉いさんの娘さんかなにかだろう」


 カルビーンお爺さんは大切な願いを諦める為になのか、自分に言い聞かせるように話す。とても苦しそうな顔をして。


「そんな嬢ちゃんに頼みごとをするなんてな。ワシの体を治してくれた事だけでもありがたい。本当にありがとう」


 そしてカルビーンお爺さんは話は終わりとお礼の言葉で締めくくり、「希望」と言う言葉を飲み込み「諦め」と言う言葉を吐き出す。そしてその顔は「絶望」の言葉が似合っていた。

 カルビーンお爺さんは私に頭を下げてトボトボと歩いて行く。その背中はとても小さく見えた。


「カルビーンお爺さん、何処に行くの?私はまだ自己紹介もしてないんだけど?」


 カルビーンお爺さんは振り返り、「おお、そうじゃった。これは失礼な事をしたのじゃ」と謝りながら戻って来る。そして私の名前を聞こうと膝をつき目線を合わせた。


「私は麻生 奏。私は1人でこの城に来たの。当分の間、ここで暮らす事になると思うから宜しくね」


「奏お嬢ちゃんか。変わった名前じゃが、いい響きがする名前じゃな。ワシは毎日朝から昼までこの庭に居る。なにかあれば言ってくれ。世話になった礼をしたい」


 優しい目をしたお爺さん。そして妻を愛するお爺さん。私はそんなあなたを助けたい。


「カルビーンお爺さん。じゃあさっそくお願い事があるんだけどいいかな?」


「ああ、ワシに出来る事ならなんでもするぞ。遠慮せずに言ってみるがいい」


 私は笑顔でこう話した。


「私は城下町に行ってみたいの。でもあの城壁と見張りの兵士が居るから無理。お城勤めの長いカルビーンお爺さんなら見付からずに抜け出せる方法を知ってるよね?」


 その私の言葉に涙して答えるカルビーンお爺さんはとてもいい笑顔だった。

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