第6話 田宮家の事情

6月下旬

その日、蒔絵まきえは休みだった。

連続した雨に気温は下がり、その上、人一倍、頑張ろうとする蒔絵は体調を壊してしまった。

多分、慣れないことをしている疲れが溜まったのだろう。


責任感の強い蒔絵はタンク運びや、器材の運搬など力仕事も進んで行っていた。


頑張り屋で意地っ張り、そして18歳の可愛らしさと落ち着いた美しさをあわせ持つ顔立ち。

俺はそんな蒔絵にいつしか惹かれていた。


気の強すぎるところに難はあったが、最近はそれもほんの少しだけマイルドになった。


もしかしたら気が強いわけではなかったのかもしれない。

彼女は何かに負けまいとして気を張っているようにも見えた。



「琴子さん、そういえば蒔絵ってここで働いているのに、島にある親父さんの実家に泊まらないね」


「 ..うん。 きっと遠慮しているんだと思う。責任感が強い子でしょ。たぶんお父さんのせきまで背負ってしまってるのかもね」


「『責』ってなんですか? 」

「え? 意味はスマホで調べて」


「いや、そうじゃなくて! 『何かあったんですか? 』って事です!! 」

「ああ! そっちね。実はね — 」    


—— 蒔絵の父・次郎の実家・田宮家は荻島おきしまの大きな網元だった。

長男の遼一と次郎は小さな頃から船に乗り漁師の手伝いをしていた。


2人で協力して網元を継いでくれることを両親は願っていた。


だが、次郎は中学になると自分がやりたい事を見つけた。

それは音楽・バイオリニストの道だった。

両親は漁の生業なりわいは遼一がいるからいい。

次郎には次郎の道を歩ませてもいいだろう考えていた。


次郎は音楽の才に恵まれ中学3年の頃には地方紙主催の音楽コンクールに入賞するくらいの実力を身に着けた。


遼一は荻島で網元を継ぎ、次郎は音楽の道へ。


だが、次郎が高校3年の時、長男遼一が不慮の事故で死んだ。


悲しみの中、両親は網元の仕事を次郎に任せようと思ったが、次郎は音楽を捨てることを考えなかった。


両親はすでに推薦をもらっていた音楽大学へのお金を出す気はないと次郎に告げた。

次郎は高校を卒業すると同時に両親に何も告げず荻島から姿を消してしまった—



「荻島を飛び出した次郎さんはプロのバイオリニストに師事を仰いだのよ。でも、やはりそこは厳しい世界。プロの世界で頭角を表せない次郎さんは音楽学校の講師になったって聞いたわ。でもね、次郎さんは3年前に病気で亡くなられたのよ。田宮のおじさんとおばさんは肩を落としていたわ。こんな事なら次郎さんの行きたい道を応援してあげればよかったって。これまでが私が知っている話」


「そうだったんですか.. 」


「あ、そうか! だからあの岩にいたんだ! 」

琴子さんは何かを思い出して柏をたたいた。


「なんですか? 」

「蒔ちゃんが立っていた岩よ。あの岩に立って次郎さんはよくバイオリンを練習していたのよ 」


そうか.... そうだったのか。

だから彼女は....


この海はそしてあの場所は彼女にとってきっと特別な場所なんだ。

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