第3話 雪子さんの憂鬱

 今日の茉莉奈まりな特製おこんだては、お茄子なすとズッキーニとピーマンを使ったラタトゥイユだ。ベースにトマトを使うが、もう旬は終わっているので、今回は水煮缶を使った。


 水煮缶は旬の時季に収穫して水煮にしてあるので、旨味が凝縮ぎょうしゅくされ、栄養もたっぷり詰まっているのだ。


 玉ねぎはくし切り、お茄子とズッキーニは厚みのある輪切りに。ピーマンは大振りの乱切りにして、食べ応えをアップさせている。


 ラタトゥイユは肉類を使わない野菜だけの料理なので、そうすることで満足感を出してあげるのだ。にんにくのお陰でコクも出る。


 この時季、お茄子もズッキーニもピーマンも、まるまると太って張りがある。ラタトゥイユにするとそれをふんだんに堪能することができる。


 トマトの旨味とほのかな酸味が茄子とズッキーニを包み込み、淡白だと思わせるふたつの食材の甘さを引き立たせる。ピーマンの苦味はトマトと合わさり、癖を和らげて調和するのだ。


 ラタトゥイユは夏の盛りから秋の入り口に味わえるご馳走なのである。動物性の脂を含んでいないので、冷めても美味しくいただける。あえて冷蔵庫で冷やす食べ方もあるほどだ。


 雪子さんは芋焼酎三岳みたけのお湯割りを口に含み、ラタトゥイユと戻りがつおの塩たたきを食べて「はぁ〜」と息を吐いて顔を綻ばせた。


「やぁっと「はなむら」の味にありつけたわぁ。あ〜美味しいわぁ」


 「三岳」は鹿児島県の屋久島やくしまにある三岳酒造で作られている芋焼酎である。一部でプレミアが付くほどの銘酒だ。


 鹿児島県産の厳選されたさつま芋と、世界自然遺産屋久島の豊かな自然がたくわえる清流がこの三岳を造るのである。


 そのまろやかで洗練された風味はロックでいただくのがおすすめとされている様だ。だがお湯割りにすると香りがふんだんに立ち、それも味わいのひとつになる。芋焼酎の醍醐味だ。


 たたきにしたかつおは、春から初夏に掛けてと秋の、2度旬を迎える魚だ。先のものは初鰹と呼ばれ、秋のものを戻り鰹と呼ぶ。鰹は太平洋を黒潮に乗って北上し、宮城県沖で親潮とぶつかって戻って来るのである。


 初鰹はあっさりとした身なのだが、戻り鰹は脂乗りが良く、とろ鰹などとも呼ばれる。


 そんな戻り鰹を「はなむら」ではたたきで提供するのだが、専門店の様にわら焼きをするのは難しい。藁の入手はともかく、藁を燃やす環境が無いのだ。なので「はなむら」では身を串に刺して、高火力のコンロを使い直火であぶる。


 業務用のコンロなので火力はなかなかのものだ。脂が乗る戻り鰹を火に当てると、ぱちぱちと弾ける音がして脂がほんのりと浮かび上がる。焦げるほどに全面に焼き目を付け、保冷剤で表面を冷やし、切り分けてお出しするのだ。


 鰹のたたきはポン酢で食べることが多いだろうが、本場高知ではお塩でいただくことも多い。高知料理の専門店に行けば、お塩かポン酢を選ぶことができたりする。


 茉莉奈も香澄も塩たたきのおいしさを知っているので、「はなむら」でも選んでいただける様にしている。


 充分に脂を蓄えた戻り鰹は、なるほどとろ鰹と呼ばれるのも頷ける。だがくどく無く、ねっとりと優しく舌に乗る。炙ることで香ばしさが生まれ、それがますます美味しい脂を浮き立たせる。


 青魚特有の癖も心地良く、お塩やポン酢がぎゅっと詰まった旨味を引き締めるのだ。


「それで? 雪子ゆきこさん、先週何があったんですか?」


 ほんのりと癒されている雪子さんに茉莉奈が聞くと、香澄かすみに「こら、茉莉奈」とたしなめられる。


「そんなに急かさんのよ」


 すると雪子さんを追い掛ける様に来店された高牧たかまきさんが「でもなぁ」とのんびり言う。


「わしも、雪子さんが来いひんかったから気になっとったんや。なんや困ったことでもあったんかの?」


「それがなぁ」


 雪子さんは三岳のお湯割りで唇をうるおし、困った様に眉根を寄せた。


「孫の世羅せらちゃんに、反抗期が来てしもうてなぁ」


 そのせりふに茉莉奈と香澄、高牧さんの「え?」と言う声が重なった。


「反抗期て、雪子さん、確か世羅ちゃんって大学生やったやんね?」


 香澄のせりふに、雪子は神妙な面持ちで「そうやねん」と頷いた。


 人は2度反抗期を迎えるとされている。1度目は幼少のころの、いわゆる「イヤイヤ期」と呼ばれるもの。2度目が一般的に思春期と呼ばれるころに起こるとされている。時期にして小学校高学年から中学生ぐらいだ。


 とは言え、もちろん訪れは個人差があるだろうから、大学生になって起こってもおかしくは無いのだろう。心の成長の度合いは人それぞれだ。


「さつきさんが、世羅ちゃんには反抗期が無くて楽やったって言うてたから、私もそんなもんなんやって思ってたんやけど、まさか今になってなぁって、さつきさんも頭抱えてるわ」


「反抗期ってあって当たり前のもんやろうから、その時期には親も覚悟して構えられるんかも知れんけど、大きくなってから起こるなんて、お嫁さんも想像もしてへんかったんやろうなぁ」


 高牧さんのせりふに、雪子さんは「そうやねん」と溜め息を吐く。


「それで家の中がぎすぎすしてしもうて。ほら、さつきさんって思ったことをはっきり言う性格やから、それで世羅ちゃんと喧嘩けんかになるんよ。克人かつとはおとなしいたちやから大丈夫やと思ったんやけど、ふたりの喧嘩を仲裁しようとして、世羅ちゃんに「うるさい」て言われる始末で。言うても世羅ちゃんにとっては克人も親やもんねぇ。でも私が間に入ったら、どうにかましになるんよ」


「あ、世羅ちゃんの反抗期は、雪子さんには発揮されてへんってことですか?」


 茉莉奈が訊くと、雪子さんは「そうそう」と応える。


「私は世羅ちゃんにとってはお祖母ばあちゃんやからね。お祖母ちゃんって言うんは、とにかく孫を甘やかすもんやから。甘やかしは良う無いって解ってるんやけど、ついね」


「でも、家の中で拠り所がある方がええやろうしねぇ」


「そうやねぇ」


 香澄が言い、雪子さんも頷いた。

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