真贋を知るもう一歩を



「おーい、蓮陽? 石川さん? やっぱ機嫌悪いよな?」



 行き止まりからいくつか分かれ道を戻り別の道を選んで進んでいくなか、何度目かの漢太のご機嫌を伺うような声が通路に響いた。


「「べつに」」


 面白くない展開で遺物が手に入って面白くないという感情はある。

 けれど力不足で遺物を見つけることが叶わなかった僕や風香に機嫌を損ねる権利なんかあろうはずがない。だから嘘をついているなんてこともない。


 ……だから別にいじけてるとかでもない。


「いやどう見ても機嫌悪いだろ。ほら、大好きな遺物持っててもいいから機嫌直してくれ」


 回収した土偶は見つけたのが漢太と伊佐与さんのペアであること、四人の中で唯一の管理者であったことから漢太が代表して預かっていたのだが、それを餌に僕たちを釣ろうという腹づもりのようだ。


 機嫌が悪いわけじゃないし、そんなあっさり釣られるわけ——。


「んっ」


 流れるように両手を器にして、風香が漢太の前で足を止めていた。


「どうぞ。誰かさんと違って、石川さんは素直で助かるよ」


 どことなくムカつく表情で漢太がこちらに目を向けてくる。


 だが宝物を受け取った少女のように、優しく遺物を抱きしめる風香を前に毒を吐くわけにもいかないので睨み返すだけに留めた。


「…………これ、偽物?」


 完全に保護者気分に浸っていた三人だったが、遺物を大事に抱えたまま風香が放った言葉に衝撃が走る。


 瞬時に丸投げしようと僕に視線を寄越す二人を改めて睨みつけながら、どう伝えるのかを考える。嘘に振り回されてきた身として風香相手にここで嘘をつくことだけはないけど、伝え方だって重要だ。



「…………偽物、だよ。生徒同士の奪い合いがある以上、本物を配置して壊れたら困るだろうからな」


 仕方のないこと。そんな言い訳くさい言い方になったかもしれないけど、漢太以外の人とはまだまだ話慣れてないんだから仕方ない。


「そう……」


 呟くように短い返事を返しながら、風香はそれでも穏やかな表情で優しく土偶を抱きしめた。

 機嫌を損ねた、という様子でもないのでこちらとしても一安心だ。


「なんだ、偽物なのか。ならこれもハズレの可能性があるってことか?」


 風香の様子を見て安全を確認した漢太は遠慮なく浮かんだ疑問をぶつけてきた。


「それは……どうだろう。あと一つでも物があれば比べることもできるんだろうけど」


 風香が抱えている土偶は姿形こそ違和感のないものだけど、本物に似ているから当たりだとは限らない。


「……そうだ伊佐与さん。これも占うことはできないの?」


 ふとした思いつきだった。決していじけてるわけじゃないけど、もういっそ頼りまくってやろう、あわよくば失敗しないかな……と。


「蓮陽、お前……」


 おい、散々セクハラかました奴にそんな目で見られる筋合いないからな。


「? 分かりました、やってみますね。風香ちゃん、それを…………そのまま持っていてください」


 僕の真意に気づくことのなかった伊佐与さんだが、占いのために遺物を受け取ろうと手を伸ばした先の風香の表情に「これは奪っちゃいけない」ことを察してすぐに手を引いた。


「では始めます」


 風香が抱える土偶に屈んでスマホを近づけ、あとは画面に触れるだけで占いが始まる……はずだった。



「そいつは本物だよ」



 狭い遺跡内で響いたより一層恐怖心を煽る低音に、油断していたことを後悔しながらもそれを表に出さないよう、声のした暗闇に向けて静かに警戒を向ける。


「春日井……。これが本物だって証拠はあるのか?」


 可愛らしいツインテールと釣り合いの取れない強面に勝気な表情を浮かべた春日井雅がランタンの灯りに薄らと浮かび上がる。普段から敬語で話す伊佐与さんに「え、こわっ」と言わせる精度。


 そんな春日井の後ろには吉田歩も浮かび上がっているので、二人してサプライズのためだけに灯りを消してこっちまで近づいてきたらしい。


 占いというチートの目が他所を向いた瞬間を狙った、不意打ちなら確実に犠牲者が出たであろう登場だ。


「もちろん。お前らはどうやらそれ一つしか遺物を回収できてないみたいだけど、こっちはもう四つも見つけているんだよ。まあ、うち二つはハズレだったけどな」


 そう言って春日井がポーチの中を漁ると、続けて取り出した何かを俺に向けて無造作に放り投げた。


「っと」


 暗い環境でも一瞬だけ茶色く見えたそれをなんとかキャッチし、改めて手のひらの上で観察する。

 顔の形、腕の向きは異なるが、それは確かに土偶に似た姿をしていた。ただし……。


「さすがのお前でも分かるか。そう、そいつは男だ」


 元より偽物の遺物、土偶ではあるが、その作りは精巧だった。状況から偽物だと仮定してはいるが、実は本物だったと言われれば驚きはすれ疑うことはないだろう。


 そんな偽物のホンモノに対して、偽物のニセモノは知識なしにはそうとは気づかない絶妙な細工がされている。


 今回の例でいえば、土偶は女性を模した物であるにもかかわらず、今手にしている偽物の土偶には男性を象徴する部位が付いているのだ。


 男性型の土偶がないわけではない。ただ、あまり精巧すぎるナニは時代錯誤と言わざるを得ない完成度なのだ。


「で、わざわざこれを見せてまで一体なんの用事なんだ?」


 春日井から目を離すことなく、かつ相手のペースに乗らないようにこちらから話を進めていく。

 持っていた男の土偶は近づいていきた漢太に渡した。今頃好奇心が警戒を勝った三人が偽物を囲んでいるだろう。


「なに、お前たちが持っているそれが本物だって証明してやっただけだよ。そして、俺たちは本物を二つ持っている。……あとは分かるよな?」


 一つのペアにつき持ち帰るべき遺物は一つ。それを二個持って、二ペアで協力している僕たちに接触してきた。


「もちろん。一つを僕たちに譲ってくれて、みんな仲良くゴールしようってことだろ?」


 その意図を正直に汲んでやるつもりはない。


 僕の答えは個人の感情抜きならこの遺跡から抜け出すための回答として決して間違えているわけではないし、むしろこれを実現させるために交渉を考えているほどだ。


「ふっ、なに余裕ぶってんだよ。遺物を一つ持ってるのも、どうせ占いで見つけてもらったからなんだろ」


「…………」


「ちょっ、せっかく機嫌直り始めてたのによくも地雷踏み抜いてくれたな!」


 ぐうの音も出ない事実なのでグーで返そうかと拳に力を込めたところで、後ろから漢太が大きな声で割って入り、さらに僕の肩を掴んで行かせまいと力を込めた。


「邪魔するなよ漢太。今はこいつとサシで話してるんだ」


「そうもいかないから割って入ったんだよ」


 そう言って、漢太は春日井の前に少し身を屈めるように立ったかと思うと、


「……ねえ、遺物がほしいな〜。だめ?」


 甘えるような猫撫で声で、嫌にでも谷間を意識してしまう角度から上目遣いで春日井を見上げた。


 感情の機微に目敏く、しっかり腹黒い漢太のことだ。春日井の気持ちを知った上であからさまにわざとだろう。


「え、あ……うん……」


 怖い顔のままドギマギする春日井。


「ダメに決まってるでしょ」


 しかし、直後彼の脳天に鋭い手刀が降り注いだ。

 感情の篭っていない声ではあったが、吉田の繰り出したその一撃は相当に強烈だったらしく、声にならない声を出しながら春日井はその場にうずくまってしまった。


「……まったく、雅くんがどうしてもって言うから付き合ってあげてるのに。この調子じゃいつまで経っても進まないから私が代わりに言うわ。いいわね?」


「うっ……」


「あなた達に勝負を申し込むわ。正々堂々、実力で叩きのめしてあげる」


 頭を抱えてうずくまる春日井が返したのは返事ではなくうめき声だったような気もするんだけど、それを聞いた吉田は表情を変えることなく先頭にいた漢太に向けて宣言を寄越した。


「よし受けた」

「おい、何勝手に決めてんだよ」


 ノータイムで返事をした漢太の頭を叩いた。もちろん吉田とは違って手加減してだ。


「そりゃあ……喧嘩売られたから?」


 こいつ、反射で答えたせいでいまいち自分でも理由わかってないな。


「せめて全員の意見を聞いてから決めるべきだろ。漢太の独断で全滅なんて嫌だからな」


「それもそっか……わるい吉田さん、ちょっと会議するわ」


「ええ、いいわよ」


 どこか緊張感の足りない空気の中、四人が円を組んでお互いに顔を合わせた。


「よし、そんじゃあこの勝負を受けるか決めようぜ。オレは賛成な」

「ん、ぶっ倒す」

「私は反対ですよ。ここで無駄に体力と弾を使うのはお互いによくないのは明らかなんですから、ここは話し合いで解決するべきです」


 すでにやる気満々な二人とは違い、伊佐与さんは現状の最適解を提示してくれた。


 ここで春日井たちに勝ったところで、おそらく遺跡の出口には探索を終えたペアとその成果を狙った盗掘者ロールを行うペアが少なからずいるはず。それらを倒すなりやり過ごすなりしないと遺跡からの脱出は叶わないのだから、こんなところで遺物を真贋合わせて四つも回収している格上を相手にしている余裕なんてあるはずもない。


「僕も伊佐与さんの意見に賛成だよ」


「なんだよ、蓮陽まで反対なら結論出ないじゃないか」

「そうだね。だから僕は戦うことにも賛成するよ。だって……逃してくれないんだろ?」

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