探索・罠攻略

「! これは……」


「なあ蓮陽、これは無駄足踏んだんじゃないか?」


 罠は種類を問わず、その役目から一目で見つからないよう作られている。


 にも関わらず、すぐ先に突き当たりの見える通路の両脇からすでに役目を終えた竹槍(先は丸めてある)が無造作に突き出していた光景を目にした漢太が気の抜けた声を出したのも仕方のないことだったのだろう。


「あの、これって先客がここにいたってことなんでしょうか?」


「ん、多分そう」


「元々からこんな感じだったって可能性もあるにはあるけどね。でも先に誰かが来ていたって考えるほうが妥当だと思う」


 そう言ってライトを遠見に切り替えて照らすと、すでに同じ箇所を見ていた風香を除いた二人がその先に視線を向けた。


 ただの壁。


 ただし突き当たりにしか見えないその足元に近い所に、陰に隠れるように綺麗に整えられた窪みが作られている。



「……だから?」


 見れば分かると思ったが故の行動も漢太には通じなかったらしく、同じく意図を察してくれなかった伊佐与さん共々首を傾げた。



「……近づいてみないと確定ではないけど、たぶんあそこに遺物があったんだよ。先客は罠を超えて遺物を手に入れたってことだ」


「ふ〜ん。じゃあ結局無駄足だったってことか」


「それは分かんない」


 すぐに諦めて向きを変えようとした漢太を、風香が制止した。


「調べてみないとってことですか? でもそれで分かるのはせいぜいどんな遺物が置いてあったくらいだと思うのですが」


「そうでもないから調べてみる価値があるんだよ。仮にあの窪みに遺物が置いてあったとして、見え見えの罠を越えるだけで簡単に遺物が手に入ると思うか? 手に入ったとして、こんな簡単に遺物が手に入る遺跡の難度でまだゴールしたペアがいないのはおかしいと思わないか?」


「それは……」


「まあ、確かにな」


 二人が納得する様子を見て、心の中で小さくガッツポーズをした。


 そう、必要だから調査するのであってただ僕が好奇心で調べたいと思っただけじゃないわけだ。


 そんな達成感に近い高揚のまま必要な道具を取り出そうと腰のポーチに目と手を向ける。


 ……その油断に気づくこともなく。



「そうと決まれば早速調べないと——」


「バカ! 漢太止まれ!!」


「え?」

 叫び声を聞いた瞬間、すでに数歩踏み出していた漢太が足を止めて振り返る。



 ヒュッ!



 その直後、鋭い音と共に漢太の肩にかかった後ろ髪が跳ねるように浮き上がった。


 髪を擦った感触に漢太がゆっくりと前を向き直すと、その目の前にはそれを引き起こした少し枯れた色をした竹が浮いていた。


「…………おれ、しんだ?」


「いや、セーフだよ」


 さすがに肝を冷やしたらしく、眼前の光景から目を逸らすようにまたこちらへ振り返った漢太の笑顔は引き攣っていた。


 ペアマッチ内で失格になるという意味の死亡だけに留まらず、リアルに死ぬ可能性があったのだから当然の反応ではあるか。


「……蓮陽は、まだ罠が残ってるって分かってたのか?」


「分かってたわけじゃないよ。ただ伊佐与さんがどっちの道にも罠があって進めないって予知してくれたから警戒しただけで、もしそれがなかったから僕も考えなしに進んでただろうし」


 後ずさるように戻ってきた漢太はさすがに迂闊さを後悔しているのか、珍しくしょんぼりとしてる。


 ただ、漢太が後先考えずとりあえず突貫してみる性格だったのを失念していた僕の油断も原因だろうし、なにより説教よりも効果のある罰が既に下っているからこれ以上は叱る必要もないだろう。


「そうか……。ま、まあともかく助かったよ、ありがとうな」


「どういたしまして。それよりも……」


「そうだな、ここからは探知機も使って丁寧に進んでこう。先頭は蓮陽に任せるよ」


「ああ、任された。ただそういうことじゃなくてだな……」


 一度はスルーされてしまったが、改めて下を指差して漢太の視線を誘導する。


 こちらに戻ってきてから本人も意識できないくらいさりげなく、そして弱々しく俺の服の裾を掴んでいた。


「……あっ」


 そのことにようやく気づいた漢太は一瞬動きを止めるが、すぐに再起動して手を離し、誤魔化すようにイタズラな笑顔を浮かべた。


「どうだ、ドキドキしたか? キュンときてしまったか?」


 おそらく呪いの影響であろう行動に本人が一番戸惑いを隠しきれないらしく、表情の作り方や声色こそいつもの人を揶揄う時と同じなのだが、薄暗い中でもハッキリと分かるほど顔が真っ赤だ。


「残念だけどしてないかな。それより探知を始めたいんだけど、まだ恥の上塗りを続けるか?」


「いや、もういいです。というか蓮陽いつも以上に辛辣だな」


「そんなことないよ。それよりも始めるぞ」


 普段は僕が負けることが多いから、いざこっちの有利を確信した途端気が大きくなっただけ……とはもちろん言えるわけない。


 なので追求される前に素早く探知機を取り出して慎重に前に進んでいく。


「……蓮陽くんの探知機は改造されてないんですね。なんだか珍しい物を見た気分です」


 支給された探知機を改造せずに使っているのは確かに僕くらいのものだろうし、ただのスピードガンと変わらない機械らしい見た目が逆に珍しいのは理解できる。


 ……ただ、そんなこと言う余裕あるなら占ってくれよと思わなくもない。


 心の中でしっかりと悪態をつきながらも、これも練習になるからと目の前の罠に向けて気持ちを切り替える。


「手伝う?」

「うん、頼むよ」


 本来この手の状況に真っ先に対応するべき発掘者の伊佐与さん……ではなく、若干センスを疑うものの唯一探知機を取り出していた風香と左右の壁に別れて作業開始だ。


 やることはとても単純で、片っ端から壁や床、天井に探知機を向けていくだけ。


 特にどんな罠が出てくるのかが見えている今回は使う機能を絞ることができるためより単純な作業になる。


 竹槍が仕込まれた壁は仕込みのための穴が空いているし、飛び出す物を邪魔しないために穴を覆う部分は薄い造りとなっているため、探知機の機能の一つである超音波探知である程度判別することができるのだ。


 僕と風香、二人で探知機が確実に効果を出せる五メートル区切りですでに竹槍が飛び出した箇所の隙間も逃さないように丁寧に周囲に探知機を向けていく。


 その結果をすり合わせながら何度も同じ作業を繰り返してようやく、次の五メートルの作業へと移る。


「……蓮陽、こっちに別の罠はないみたい」


「ありがとう、こっちも何も見つからなかったし、あとは槍の場所の確認とルートの確保だね」


 仮とはいえここが遺跡である以上全てを疑ってかかる必要がある。


 そもそも目の前の状況自体が安心して踏み込んだ生徒を嵌める罠であるとすれば、竹槍以外の、超音波だけで判別をつけられない罠を仕込んであったとしてもおかしくない。


 また一番手前の槍が発動したことから先客が意図してこの中途半端に罠を残した可能性まで高まっている。


 疑いすぎた挙句遅々として調査が進まないのでは意味がないのかもしれないが、考古学者が相対するのは、常に陰湿さという点で自分達よりも知識と経験に富んだ人間であることを忘れてはならない。

 聞き飽きたと感じてからもなお浴びせるように聞かされ続ける考古学者の探索の基本は、否が応でも体に染み付いているのだ。


「…………よし、漢太がうっかりをやらかした箇所も含めて他の槍を飛び出させずに通れそうだな。これなら今のところ先客の悪戯の線もなさそうかな」


「ん、同意。もう飛び出してたのはわざとだと思う」


 気を張ったまま数十分、ひとまず調査を終えて一安心なところで、明らかに持ち主では着られないだろうサイズのビキニがプリントされた風香の探知機が目に入って少し悲しい気持ちになるが、スッと目を逸らして見なかったことにする。


「わざと一部の罠を発動させるのは生罠突破の基本だよな。名前、なんだっけ……ともかく重くなって罠を誤作動させる丸い機械を使って」


 スタート地点まで戻ってきた俺と風香を迎えるように、すっかり調子を戻した様子の漢太が会話に割り込んできた。


「加圧球な。まあ、使い方は覚えてたからいいけど。というか、まずは専科が違うのに頑張った俺たちに言うべきことがあるだろ」



「……ありがとう、ございます」



 普段の漢太なら軽く流したであろう場面でも、自身の予期せぬか弱いムーブを引きずっていてすぐにシュンとした様子に戻ってしまった。


「お疲れ様です、蓮陽くん、風香ちゃん。ふふっ、しおらしい漢太ちゃんを見るのは新鮮で少し楽しいかもですね」


「そうだね。ただ、僕たちが作業中に伊佐与さんが『あ、私が占えばもっと簡単に進めたかも……まあ、黙ってたらバレませんよね』とか呟いてたのは聞こえてたから」


「へぇ、随分と耳がいい……じゃなくて、空耳ですよ、きっと」


 嘘判定とか以前に隠す気もないだろこの人。漢太といういじり役が機能を止めた途端本領発揮しすぎじゃないでしょうか?


「うん、まあ、じゃあ空耳ってことで。ここで問答してる間に他のペアが来ても面倒だし」


「そうですね。では、まだションボリな漢太ちゃんに変わって……皆さん、早速奥まで進みましょう」

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