授業・5

「みなさん、お待たせしました。楽しい罠解説の時間ですよ」



「…………」



 若干テンション高めな男の声に対して、生徒達はどこか警戒したように男が教壇に向かう姿を見つめていた。

 雰囲気だけとはいえ、前回の授業で命の危機を経験させられたのなら当然の反応ではあるだろうが。


「うん、前回の私の授業の内容はしっかりと頭に入っているようですね。みなさんにとってはいい経験とは言えないでしょうが、これが将来の自分の身を守ることに直結するのでぜひ今の恐怖心を忘れないようにしてくださいね」


 さらに笑顔になる男とは裏腹に、生徒達はまさに今のような明るい笑顔からの急転直下で怖い思いをしたばかりだからこそ、笑顔を見て余計に警戒心を強める。


「では、今日の授業、墳墓に仕掛けられた罠について話していきます」


 しかし男にとって生徒達の反応は十分に堪能できているので気にせず話を始めた。


「まずは……そうですね、史跡の罠が『生きている罠』と呼ばれていましたが、では墳墓の罠はなんと呼ばれてるでしょうか。はい、そこのキミ」


「!?」


 男が適当に指差した先にいた女子生徒が瞬間ビクンッと体を跳ねさせるが、「大丈夫、獲って食べたりしませんよ」と宥めることでようやく答えた。


「し、死んでいる罠、ですか……」


「はい、期待通りの答えをありがとうございます。ただ、いくら緊張しているからといって思考が安直になっていてはこれから生き残れないので克服できるよう頑張りましょう」


 散々宥めておいてからいきなり蹴落とすようなダメ出しを喰らって涙目になる女子生徒だったが、さすがは考校に入った生徒だけあってすぐにすぐに顔を上げて「はい」と弱々しいものの返事を返した。


「はい、では死んでいる罠という答えをもらいましたが、みなさんの想像通りこれは不正解です。なにせ大半の史跡の罠は『生きていた罠』で、言い換えれば死んでいる罠となってしまうからです」


 ここでチョークを手に取った男は、黒板の端に大きく「墳墓」の文字を書いた。


「ならば墳墓とその罠の総称が一体何になるのか。せっかくですしこれは最後の楽しみに取っておくことにして、先に墳墓の罠について実例を紹介していくとしましょう」


 もったいつけるように話しながら、男は黒板の墳墓の下にU字を描く。

 当然のように正体の分からないそれに生徒達はまんまと興味を惹かれ、つい警戒心が薄れて話を聞く態勢が出来上がっていた。


「前回の『生きている罠』の時にはいくつか種類を紹介しましたが、墳墓に設置される罠は現在確認されている限り『落とし穴』一種類のみとなっています」


 ある種定番である罠の名が男の口から発された瞬間、生徒達のせっかくの好奇心が一斉にして残念顔に変わってしまう。

 が、そんな反応をされることは男からしてみれば想定通りだったらしく、罠にかかったなと言わんばかりにニッと口角が上がった。



「がっかりしましたか? ですが、たかが落とし穴とバカにしてはいけません。対策がとられているおかげもあって数こそ少ないですが、たかが落とし穴によって確かに命を落とす考古学者がいるのです。なにせ、たかが落とし穴を罠として機能させるための工夫がなされていますからね」


 生徒たちの期待値はまだ戻らない。


「墳墓は人の出入りがないこと、その場に永遠にあり続けることを想定して造られた遺跡なので、罠に使うことのできる素材が遺跡自体と同じ石材、または極端に劣化の小さな金と限られてくるのです。そうですね……小さな段差があって躓いたらその先が落とし穴だった。意識できない程度の緩やかな下り坂で、目の前の落とし穴に気づいても上手く止まれず落ちてしまう。あとは、金の装飾に気を取られて気がついたら落とし穴、なんてこともあります」


 金。歴史の探求こそが使命である考古学者だが、業界の発展のみならず個人資産の爆増のきっかけになった単語に否が応にも目足を止めてしまうし、見習いである生徒達も例に漏れず食いついた。今まで何度も行われた男の授業でもトップクラスの爆釣だ。


「興味が遺跡からも罠からも離れてしまっていますが、その気の緩みこそ、罠を仕掛けた人物の思惑どおりなのですよ。今まで侵入者のいなかった完全な暗闇の中、頼れるのは遺跡の劣化に影響を与えない光量に抑えられた小さな灯りのみ」



「光を反射した金の装飾にほんの少し気を取られた直後小さな窪みに足を取られて隠されてもいない落とし穴に真っ逆さま。上を照らしても暗闇しか見えずどこから落ちたのか分からない、表面が僅かに風化してたせいで登ることもままならない、そして追いかけるようにやってくる打撲や骨折からくる激痛。深い暗闇のせいで助けが必要だと気づかれず、また助かるチャンスに気付けない……」



 ゆっくりと、言葉を噛み締めるような話し方に、その瞬間を追体験しているかのような錯覚を起こす。


 生きている罠ならば毒を除けば長く苦しむことなく死に至るが、落とし穴は一人で落ちようものなら時間をかけゆっくりと死を実感しながら苦しみ、死に至る。


 男の言う通り、金の存在に気を取られた瞬間に浴びせかけられた恐怖は生徒たちの身と心を震え上がらせた。



「……またか。なんて思っていますか? ええ、それでいいのです。私たち考古学者は常に命懸けであり、命を落とす原因は一つでないと、体と心、蝕む呪いの隅にまで刻みこんでもらわければいけませんから。なので、おまけでもう一つ脅しをかけさせてもらうとしましょう」


 生徒達が改めて身構える暇もなく、男は一度の咳払いで注目を集めた。


「私たちの敵は殺しを躊躇いもしない犯罪者達です。しかし、私たちが真に挑むのは人類の全てを築き上げ、これからも積み重なり続ける歴史そのもの。その瞬間を死に物狂いに生き抜いた人間の意志と欲望の塊です。たまたまその先端にいるだけの分際で自惚れている雑魚は、これまでとこれからの堆積物に潰されて埋もれていくだけの存在にしかなれないので、それが嫌なら必死に足掻いてみせてください」


 長年の実戦経験により実際に埋もれ潰されていった先人たちを目にしてきたからこその言葉の重み。心中は定かでなくとも、その中で乗し上がってきた男だからこそ浮かべることのできる余裕の笑み。


 考古学者の卵、それもまだ入学したての生徒達にその意味を理解できる者は少ないが、明らかに重さを増した空気感だけでも脅しとしては十二分に効果を発揮していた。


「……さてと、いい頃合いですしこれで今日の授業は終わり。と言いたいところですが、最後に肝心なことを伝えておかないとですね」


 またしても最大限の警戒を引き出された生徒たちは今度は何をされるのかと怯えた様子さえ見せているが、男はそんな生徒たちを見てとても楽しそうにしている。


「『死ぬことのない』。永劫として造られた遺跡、機能を失うことなく直接命を奪うことの少ない罠。生きているとはとても言えないが死に至ることのない遺跡と罠が墳墓の総称になります」


 唖然とし、理解をするのに少し時間をかけた生徒たち。


「せっかく勿体ぶったのにその前に脅しかけるようなことを話したせいでお楽しみが台無しになってしまいましたね。まあ、遺跡についての話はまた専門の授業でやってもらうことになるでしょうしそちらに任せる、ということにしておきます」


 残念と言いたげな肩を落とす仕草に、残念とは微塵も思っていなさそうな満足げな表情を浮かべた男は最後な付け足すように、


「この中の何人が見えなくなるのか、楽しみにしていますよ」


 と不穏なトドメを残して教室を去っていった……。

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