授業・2

 


「はい、ではこの授業では考古学者が死亡率一位となっている理由、初回の授業で先延ばしにしていた一番の原因について話していこうと思います。まあこれも考古学者を目指すみなさんなら知っているんでしょうけど、現実に命に関わる話なので真面目に聞くように」


 新たな学校、新たな教室に浮き足立つ教室内の空気が、「命に関わる」という言葉で緊張感を帯びた。


「考古学界が科学の発展と共に急激な成長を遂げたことは前にも話しましたが、それによって新たな遺跡や遺物が次々と見つかったことで利益を得ることになったのは私たち考古学者だけではありません。全くもって不本意な話ですけどね」


 前回の授業同様教壇に立った小柄な男は、苦笑いと共にため息を漏らした。


「その野蛮人どもは遥か昔から私たち考古学者と敵対を続けてきた仇敵とも言える存在です。考古学者が遺跡の歴史的価値を保護、保存し、その上で一部の財を研究の糧にする存在だとすれば、歴史的価値の一切を鑑みることなく、遺跡やそこに眠る遺物のその財的、資源的な価値のみを搾取する存在。簡単に言ってしまえばクソ犯罪者です」


 チョークを手に取った男は、その小柄な体が許す限りの黒板の幅を使い、できるだけ大きく僅か三文字を描く。



「盗掘者」



 書き終わると共に恨みを込めた強い口調でその文字を読み上げた。


「こいつらもまた、考古学者と同様に新たな遺跡と遺物を見つけ、遺跡が傷つくのも厭わずに遺物を奪い取っていきます。それだけでも考古学者にとって、いえ世界にとって大損失となるわけですが、奴らの害悪はそれに留まりません。お互いに遺跡の捜索と探索が盛んになったことによって、考古学者と盗掘者のバッティングが増えたのです。出会い頭に会釈して通りすぎるだけで済めばそれに越したことはないのでしょうが、護る者と壊す者の邂逅ですからね、当然そんな簡単にはいきません。そうですね……もし遺跡探索中に目の前に盗掘者が現れたらどうしますか? ……はい、そこのあなた」



 男は少し教室を見回すと目の前の男子生徒を指差した。


「え、はい。えっと……戦います」


「うん、いい答えです。何もせずに逃して歴史の解明が遅れれば奴らと同罪ですからね。ですが……もし相手が貴重な遺物を抱えていたのなら? 相手のすぐ後ろに貴重な情報の描かれた壁画があったとしたら? ……残念なことに私たち考古学者は護る物があるが故に戦うことさえ制限されかない立場にあるのです。そして逆に、盗掘者にとって遺物はただの換金アイテムに過ぎず、それがたとえどれほどの価値を備えていようと最悪壊しても構わない。そんな両者が対面して争えばどうなるか、とっても簡単な問いですね?」


 先ほどの男子生徒の隣に座る女子生徒に目を合わせる。


「はい。そうなれば、考古学者が死にます」


「その通り。新たな遺跡の発見が盛んになったのが約五十年前、そこから五年で千人ばかりの考古学者が殺されました。一方で遺物や遺跡を守れた例は数えるほどです……」



 わずかな期間で死んだ多くの考古学者の中に知人でもいたのか、男は少し寂しそうに沈黙をつくった。



「……そこで、考古学者は戦うための術を見つけることを決めました。元は武器やら戦いやらとは全く無縁の学者集団ですが、覚悟を決めてからの行動はとても早かった。遺跡を傷つけない武器や戦闘技術の模索のために潤沢な資金を惜しみなく注ぎ、各部門の専門家を雇い入れ、その知識や技術を吸収し、今の考古学者の基礎を作り上げたのです。期間にして三年、今から四十年と少し前と言ったところですね」


 話を続けながらまた黒板の前に立った男は、先ほど書いた「盗掘者」の文字をためらいなく消すと、その上から新たにチョークを当てていく。


「では、ここからはみなさんが大好きな武器の話といきましょう。考古学者が戦闘民族になったせいで一時期考古学者が減った話とか、逆に頑張って考古学者を増やした話とか、そんな内輪の増えた減ったの話よりはこっちの方がいいでしょ?」


 変わらずチョークを動かし続ける男にその姿は見えなかったが、その問いかけに教室中の生徒が一斉に首を縦に振っていた。


「先ほども話しましたが、考古学者の戦いは遺跡や遺物を傷つけないことが前提です。もちろん傷つけるために作られた今までの武器ではその要を成しません。そこで開発されたのが私たちが携帯する武器、その名を『氷銃』、読んで字の通り氷の弾を撃ち出す小型の銃です」


 紹介と同じタイミングで、黒板には簡素な自動式拳銃の絵が描かれ、「単列弾倉」など簡単な追加説明が加えられている。


「実のところ、弾が氷であること以外の仕組みは普通の拳銃と大して変わりません。なので銃弾の説明をメインにさせてもらいますね。氷銃の弾は外への影響を抑えるために火薬を少なくしていて、銃頭には金属ではなく氷を用いています。みなさんお察しの通り威力は普通の拳銃に比べて極めて弱いものになりますし、なにより射程が短い。なにせ氷ですからね、火薬で撃ち出されれば数秒も保たず溶けてしまいますから。ですが、おかげで遺跡も遺物も傷つけない。しかも人に当たっても体内で融解が加速するため体を突き破って外に出てくることがない。まあ、肝心の当てるのがとてつもなく難しいのですが……正直、考古学者にとって遺跡の保護が最優先事項ですからね、武器としての強さとか二の次ですよ」


 教室に生徒たちの笑い声が響くの聞きながら、さらに男は黒板に書き足しながら続ける。


「さて、ここまでが簡単ですが武器の説明、そして次はそれを活用した戦い方を考える番です。武器はもうあるのですからそう難しい話ではありません。銃の射程は気持ち程度、威力もあまり期待できない。となれば……」



 銃や弾の説明を書き終えた男がゆっくりと歩き近くの男子生徒の目の前で足を止めたかと思うと、つい先刻まで笑みを含んだ話し方をしていた人物とは想像できないほど速く鋭く、白衣の下から氷銃を取り出し男子生徒の額に銃口を突きつけた。




「…………」




 あまりに急な出来事に、教室中の時が止まる。

「このように、絶対に外さない距離から撃てばいい」


 まるで数分、さらに長い時間に感じさせた一瞬の後、だ男の声によって時が動き出した。


 ただし、唯一何が起きたかも分からず、しかし命の危険を感じるほどの本物の殺気を受けた銃口を向けられた男子生徒だけが、時を止めたまま大量の冷や汗を流していた。


「さて、今軽く実演してみせたのが考古学者の戦い方である近接戦闘術の基本です。氷銃による一撃必殺を狙うため力は必要ありません。いかに相手の懐に潜り込んで引き金を引くか、そのために速さと技、閃きを鍛えるのが考古学者の戦闘術……できるようにならないと死ぬますよ?」

 

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