第12話 私は被害者じゃない。加害者だ!

空は暗い。

なのになぜだろう?

朱羽子の瞳には青い空がはっきり見えているような気がした。

朱羽子は訳も分からず、泣いていた。

拭っても、拭っても、涙は止まる事はなかった。



その日の夜中、朱羽子はある決心をした。

そっとベッドから起き上がり、チェストの1番下の、1番奥。

絶対見えないように…見たら、灰色の世界が、こうして生きてる自分の傷を疼き出させるから…、ずっと、開けずにいた、それ。


父、橙史が残した日記帳を開く事だ。


恐ろしくて、憎くて、殺してしまうほどまでに恨んだ、橙史の残した日記帳。

何が書かれているのだろう?

自分への苛立ちか、児童相談所への怒りか、学校の対応への不満か…。

どれを予想しても、良いことが書かれている事はない…、そう決めつける。

そうしていれば、本当に中身がぼろくそに書かれたであろう日記を読んでも、平常心を保てる…。

そんな覚悟を持ち、床に置いて、しばらくボーっとしていた。

そして、心を、無理矢理引き裂くように、日記帳を胸の前に手繰り寄せた。



青いの表紙。

昨日まで灰色だった、その表紙。

けれど、鷹也は『再会』と呼んだ。


再会…出来るだろうか?再開したとして、どんな再会になるのだろうか?

『怖くない』

などと言えば、嘘以外の何物でもない。

けれど、このまま、ずっと、一生、この日記帳を開かなければ、笑う事は一生、出来ないだろう…。



パラッ、薄っぺらい音とともに、橙史は語り始めた。


日記は、朱羽子が生まれる、約1年前から始まっていた。


【2000年3月3日。今日は緑子みどりこと公園に行った。晴は近いと緑子と話した。緑子といると、本当に落ち着く。こんなに好き会えるとは、思ってなかった。緑子は、素直で、よく笑う。屈託のないその笑顔を見ていると、こっちまで笑顔になる。】


(緑子…お母さん…よく笑ったんだ…。私自身は笑った事、無いけど…。)


【2000年7月30日。やった!俺たちの子供が出来た!緑子と、俺の子供だ!!緑子もとても喜んでいた。2人で世界一幸せにしてやろう!世界一、幸せな家族になってやろう!】


(何よ…幸せにする?どの口が言ってるのよ…私は…あなたの目の前で笑った記憶なんてなかった…)


【2000年9月21日。緑子のお腹が大きくなってきた。命の不思議をひしひしと感じる。緑子が嬉しそうに言う。〔幸せってこういう事を言うんだね〕と。そうだな…、と俺も思った。緑子とお腹の子供がいれば、俺は何があっても頑張れる。俺は、緑子とお腹の子供を愛してる。】


(あの人も…さい…最初は…愛してくれてたの?お母さんと…同じくらい…?)


【2001年5月10日。子供の名前を2人で決めた。〔朱羽子〕だ。真っ青な空に燃えるような夕焼け。そこを、自由に飛び回る真っ赤な鳥。この名前は、そんな想いを込めた。】


(…自由?何よ…自由を奪ったのはあなたじゃない…!)


その次の日記に、朱羽子は、言葉を失った。


【2001年5月12日。赤ちゃんが、無事、生まれた…。そして…赤ちゃんを産んだ時、脳の血管が切れ、脳内出血で…緑子は…死んだ。絶望と言う他、何も言葉が浮かんでこない。緑子のいない世界なんて生きる価値もない。でも…緑子が残した朱羽子がいる。この子の為に生きなければ…。でも…緑子なしで、俺はやって行けるだろうか?この世界で1番愛してた人がいなくなって…愛してたのに…心から愛していたのに…。神様なんていない。緑子…。緑子…。戻ってきてくれ…】


(愛…してたんだ…お母さんの事は…。産まれる前とは言え、私の事も…?私が…あの人からお母さんを…奪ったの…?)


「奪った…の…?」


胸の中でずっと橙史の日記を読んでいた。

初めて、声に出した、それをなんと言えよう?



なんと…言えよう…?

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