その出会いは呪われている1

「相談料だけで、十万ルードですか?」


 シャノンは魔術師協会の受付で驚きのあまり大きな声を出す。

 お世辞にも綺麗とはいえないズボンに外套がいとうを羽織った旅装束、旅をするのには邪魔でしかないと切ってしまった黒い髪は、肩の少し上のあたりで不規則にはねている。

 ただでさえ場違いな人間が、まぬけな声を出したものだから、訪れていた身なりのよい紳士淑女が振り返る。


 真っ白な大理石の壁と毛足の長い絨毯じゅうたん、そして豪華なシャンデリア。サイアーズという名の大きな港町の中心部にあり、ひときわ豪華な建物である『ハーティア魔法協会サイアーズ本部』で明らかに彼女は悪目立ちをしていた。


「はい。相談料が十万ルード、仮に上級の魔術師に依頼した場合は基本料金が四十万ルード、成功報酬は内容によりますが、最低でも二百万ルードは必要です。もちろん相談してからのお見積り、ということになりますので断言はできませんが」


 受付担当の青年はあくまで笑顔だが、内心は場違いな庶民は帰れと思っているに違いない。それほど、シャノンはこの場にふさわしくない人間だった。

 故郷から徒歩で二十日ほどの旅をして、上級魔術師の助力を求めるためにこのサイアーズにやって来たシャノンだが、どうやら無駄なあがきであったようだ。

 彼女が持っている金は、全てをかき集めてやっと二十万ルードあるかないかというところだ。相談だけはできるが、手付金すら払えない。

 東の国境付近にある村で、彼女は機織りの仕事をしていたが、その月収が三万ルードだった。シャノンの給金が特別低いわけではない。仕事を始めて七年目、二十歳の半人前としてはまずまずの賃金だった。

 つまりは魔術師を雇う代金が高すぎるのだ。これほど高額な依頼料が払えるのは、裕福な商人か領主、王宮に仕官している一部の特権階級だけだろう。


「すみません、お手数をおかけしました」


 シャノンはそう言って、受付の青年に頭を下げる。彼女がここで魔術師に相談したかった内容は、自身の生死に関わるものだが、もはや手だてがない。


「いいえ、ご縁があればまたいらしてください」


 そのご縁とやらが訪れる前に、おそらくシャノンは命を失うことになるのだが、そんなことは単なる受付の彼に言うべきことではない。青年の社交辞令にもう一度頭を下げてから、床に置いていた旅の荷物を背負いなおして魔術師協会の本部をあとにする。


 魔術師に仕事を依頼することをあきらめたシャノンは、とりあえず宿を確保し夕食でも食べようと考えた。

 故郷であるチェルトンという村でたった一人しかいない正規の魔術師に相談するだけでも、結構な金額だった。結局、その魔術師から得られた情報は「上級魔術師でないと手に負えない」という一言だけ。

 この結果は、ある意味で予想どおりだと言える。だから、自分の生死に関わることだというのにシャノンはどこか他人ごとのように受け止め、大したショックは受けなかった。

 やっぱりそうか、という気持ちしかないのだ。

 この呪いを背負ってからというもの「期待しない」ことに彼女は慣れてしまった。訪れる前からどうせだめだろうと思っていれば、ショックを受けることもない。それが、彼女がこの二十日間で学んだことだった。


「こうなったら、有り金全部使いはたしてから死んでやる!」


 決意というにはあまりにも後ろ向きすぎる発言で、彼女は少しだけ残っていた生への執着を断ち切ろうとした。

 このサイアーズという港町はハーティア王国の王都から馬車で半日ほどの距離にある商業都市で、国内最大の貿易港があり、魔術師たちの拠点でもある。

 王家自体が強い魔力を持つ魔術師の一族であり、特権階級も王家同様に魔術師の一族であることが多いこの国で、サイアーズの領主一族は王家に次ぐ魔力を持っているとされている。

 お金さえ払えば庶民でも魔術の恩恵に与れる『魔術師協会』の本部が王都ではなく、ここサイアーズにあるのはそのせいだ。


 まっすぐ海まで延びる街の中央通りは、魔術協会本部のほか高級な装飾品を扱う店や珍しい異国の品物を取り揃える店などが軒を連ねている。

 綿花の栽培しか産業がないような田舎から一度も外へ出たことのなかったシャノンにとっては、目に入るもの全てが珍しい。石畳の歩道からガラス越しに品物を見ているだけでも楽しめそうだが、中央通りの商店は高級店ばかりなので彼女には縁がなさそうだ。

 お金持ちや外国からの観光客向けの店ではなく、庶民向けの宿や大衆食堂が集まる地区を探して、彼女は港に向かって歩き出す。港の近くなら船乗りのための宿や食堂があると考えたのだ。この二十日ほど旅で、土地勘のない場所でも戸惑うことが減ってきたと彼女はしみじみと感じている。きっと旅に慣れたのだろう。


 海から吹く風は思った以上に強く、時々砂が目に入る。シャノンはそれを避けるように少しうつむき気味に通りを歩む。

 遠くからでもよく見えていた大型の貨物船がさらにはっきりとその姿を見せる。あまりの大きさに圧倒されていたシャノンの視界に突然二人の男が入ってくる。

 二人の男は王国軍の軍服を着ていた。村では自警団のような組織があったが、軍人が常駐するようなことはなかったので、彼女には詳しい所属や階級はわからない。

 驚いて足を止めたシャノンのことをぶしつけな瞳がじろじろと見回す。


「あの……?」

「レイ様。この者で間違いないでしょうか?」


 一人の軍人がシャノンを無視して、後方に向かってたずねる。彼女が振り向くと、そこには三人目の男がゆっくりと近づいてくるところだった。

 その男は服装から軍人でないことは明らかだった。敬称で呼ばれていたことから地位のある人間だということはすぐにわかる。

 白いシャツに白いタイ、ライトグレーのベストに同色のズボンという庶民でもありがちな服装だが、皺のない上等な生地を使っていて、あくまでもゆっくりと歩いてくるその姿にはどこか気品がある。

 白髪ではないかと思えるほどに淡い金髪にアイスブルーの瞳。上背のあるその男は整った容姿をしているのに、眉間になぜか深い皺が刻まれていて怖そうだ。初対面でにらまれる覚えなどないシャノンだが、とりあえず友好を深めるために引き止められたのではないということだけは十分に伝わる。


「貴様だな? この街に怪しい魔術を持ち込んだのは!」


 レイと呼ばれたその人物の眉間の皺がさらに深くなり、二人の軍人がシャノンの両脇を抱えるように拘束する。


「わっ! 何をするんですか!? 私は軍人さんのお世話になるようなことは何も!」

「黙れ。貴様が怪しい魔術を使っていることはわかっている。抵抗すれば即座に無力化するからそのつもりでいることだ!」


 レイと呼ばれた人物が軽く手をあげると指先にぼんやりと光の輪が浮かび上がり、そこからバチバチと小さな雷のような物が跳びはねる。

 魔術を使っているのだ。少しでも抵抗すれば雷をシャノンに落とす。そういう脅しに彼女は震え上がり、こくこくと声も出せずにうなずいた。

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