第4話 Bloody Familiar 《血で濡れた暗殺者》 ④

 ピンク色の修羅の面が私の顔に覆いかぶさり、【愛国者パトリオット】の武装すべてがこの身に装着された。それは、私が扱うすべての武器や道具たちであり、極まれにある正面戦闘の時にのみ装着する装備である。


 それと、同時に【霧隠れミスト】の変身能力は解除された。そして、勢いよく腰から寸法、400㎜ほどのナイフを抜き、飛んできた生首を上方向に切り裂き、木っ端みじんに粉砕した。


 「カレンがもう二度と間違わないように。ここで私が殺してあげる」

 「お前ごときがッ! 私に勝てると思うなァッ!」


 地面を蹴ったカレンの速度は人智を超えていた。それは薬や能力によって身体能力を強化したものによく似ていた。


 牽制の左ジャブが私の顔の横をかすめる。仮面を付けているのにも関わらず顔面を狙ってくるとは、仮面ごと粉々にする自信でもあるのだろうか。そう思っていたらカレンが伸ばした左手の平から何やらイヤな音が聞こえてくる。


 その攻撃を、一度も見たことがなかったのならば、きっとすでに爆炎の餌食になっていたのだろう。カレンは白人のアサシンが使っていた能力を私に向けて使用したのだ。


 それにはさすがの私も能力を使用しての緊急回避を使わざるおえない。

 人気のない市街地に炎が立ち込んだ。


 「それもうそ? 能力は探索系じゃなかったけ?」

 「うそは付いていない。探索系の能力もコピーして使えるの。アナタの能力、便利そうね使わしてもらおうかな」


 そういうとカレンは私と同様に上昇し、目線が合う位置までやってきた。


 「なにこれ? 前に進めない」

 「コピー系の能力とはまたいい能力を持って生まれたんだね。私の使い勝手の悪いグズ能力とは違ってさ」


 一定の距離を保った二人が上空で滞空して、前に進めず目を合わせ数秒が立つ。ある程度の手練れ同士の戦いとは思えないほど間抜けな光景である。


 そんな状況を打破しようと、先手をうったのは私だった。右手のナイフを左手に持ち替えて、右手は胸元の拳銃を抜き、構える。そして、回転式弾倉を小刻みに回転させ、計六回の火薬が火を噴いた。


 「おもちゃ、じゃ私は殺せないよ」

 

 見えない盾にでも守られているのだろうか、私が放った弾丸は六発ともカレンの肌に炸裂することは叶わず空中でその動きを止め、勢いを殺され地面に落ちた。


 爆炎の攻撃力に正体不明の防御力、身体強化系も併用していると思われ、逃げようものなら探索系で死の淵まで追いかけられる。改めて現状を言葉にしてみると、いったいどんなバケモノと戦わされているんだ、と可笑しくなってくる。

 

 おまけに、頭上方向にのみ上昇できるバケモノ、なんだか面白いではないか。


 「なに笑ってんだッ!」

 「いいや、べつに」


 さあ、いったいどうやってコイツの首を撥ねてやろうか。見えない盾は非常に厄介である。盾を破壊するだけの攻撃力を出す自信はあるが、そのあとに待ち構えるトドメの手数がどうしてもたりない。

 

 ある程度の高度から、能力で速度を殺しつつ重力とのバランスをとって落下する。そして、市街地の建物の屋根に降り立った私をカレンは空中から見つめていた。

 カレンも私と同様の手法で降下を試みるが、どうもうまくいかないようで勢いよく落下し地面に突撃する。しかし、致命傷とはならないようだ。回復系の能力まで持っている、と思った方がよさそうである。


 「いったァー。なにこの能力? 今までコピーした中で一番いらないんだけど」

 「そりゃァねえ、私がこれを使いこなすのにどれだけの苦労を積んできたかって話よ」

 「あ~イライラする。そろそろ本気で殺しに行っちゃうよ」

 「いいよ、かかってきなさい。殺しのプロに殺しで戦おうなんて100年早いって知ればいいわ」


 地を蹴るカレンはズンズンと加速する。進行の起動に残像が残るほどのスピード、訓練を積んでいない者なら目でとらえるのも至難の業だろう。しかし、私にとってそれは目でとらえられない程のものではなかった。


 そんなカレンは、私を自分の間合いへと入れることに成功する。右手のストレート、肩や腰の予備動作から次の攻撃は推測できる。爆炎の能力か、もしくは全く別の能力か、どちらかは分からないが大技が飛んでくるのだろう。


 カレンが放つ技が飛んでくるまで、おおよそ1秒半、といったところだろう。


 さて、暗殺者にとって必須、ともいえる技術は何だろうか。高い攻撃力、目にもとまらぬ俊敏性、能力の優劣を覆す戦闘スキル、確かにすべて必ようだが、それだけでは三流の仕事しかできない。


 目の前にバケモノになくて私にあるもの。それは、高度で精密な演技力である。


 暗殺者とは必ず、その太刀筋を見破られてはならない。相手を殺すための一手、それを悟られるようじゃ暗殺者は務まらない。


 カレンの予備動作に合わせて体制を低くして腰を構える。暗殺者が己の身体能力を開放するのは、殺しを行うその一瞬だけでいい。私は数コマ前の2、3倍の速度で右拳をカレンの顎に目掛けて打ち放つ。


 【上手掛けかみてがけ】、どうしようもなく扱いにくく、まともに使用することのできない私のグズ能力が生んだ最終奥義。地面を土台に、足から腰へ、腰から肩へ、全身をめぐる、生み出されたパワーはやがて拳に伝わり頭上方向へと炸裂する。


 限りなく精密で、一切のズレを許さない上方向の攻撃にのみ、私の能力は絶大なる威力を上乗せすることが出来る。


 カレンの顎に到達する際に感じる見えない壁のような違和感。そんなものをもろともしない私の拳は勢いを殺すことなく標的の急所を狙い撃つ。


 人の体を、重力に逆らい自動車ほどの速度で上昇できる力が、全て加わり、カレンの体を上空へと吹き飛ばした。


 この能力を敵の顎へとブチ当てた場合、私の拳に残る感触は、標的の骨が砕けたような感覚である。しかし、今回はその感覚が非常に薄い。さすが一時期、世界を騒がせていた犯罪集団の生き残り、本当にバケモノだ、と笑いたくなる。しかし、もう私の仕事は終わったいた。


 数秒前からピリピリとした雰囲気でインカム越しに小言を言ってくる【情報メディア】と、その裏に潜む我らの策士、【霧隠れミスト】の思惑がドンピシャに決まったのだから。


 「ファミリアコード1200、武装」


 上空に打ち上げられたカレンの体を無数の拘束具が襲い掛かる。全身を特殊なロープでぐるぐる巻きにして、その上から鉄の巨大な輪っかが首から下に装着された。


 全身を拘束されたカレンはそのまま地面へと落下する。さっきまでのカレンなら身体能力の強化と回復系の能力のおかげで、この程度ならノーダメ―ジで済ませられるのだろうが今回はそうはいかない。


 「どう? 私の能力が付与された拘束具のお味は?」


 私が立つ建物から一つ後ろの建物に潜んでいた【氷顔アイスフェイス】が私の隣にやってきて、そう言った。


 「能力が使えないでしょ? アナタみたいに能力を理性で抑止できない、おバカさんを殺すために私はいるのよ。よくも私の大切な人を誑かしてくれたわね」


 水色をした、目のない亡霊の仮面をつけた【氷顔アイスフェイス】が冷徹に、そう告げる。


 「離せ..................ゴミムシ共ッ!」

 「驚いた。じょうぶね、アンタ」


 落下のダメージにより、骨も内蔵もグチャグチャであろうにカレンは苦しみながらも牙をむいてくる。

 そんなカレンからは、とてつもない執念と強い意志のようなものが感じられた。


 「殺しにいくんだ、私の仲間を殺した暗殺者共を。あいつらは私の居場所を奪っていったんだ。絶対に許さない」


 ポロポロと涙を流しながらカレンは何度もそう言葉にする。


 「あー恐ろし、鬼の目にも涙ってやつ? 犯罪者のくせに泣いてんじゃないわよ。アンタが殺してきた無関係の人間に祟られて死ねばいいのに」

 「アイ、さっきから、うるさい」


 グチグチと不満を言葉に乗せて吐き出していたアイを抑止しながら、私はカレンの前に立った。そして、修羅の面を外してカレンの瞳をその目でとらえる。


 「介錯ってわけじゃないけど、最後に。私を自由の道に誘ってくれてありがとう。でも、やっぱりカレンとは行けないや。私には近くにいてくれる大切な仲間がいるから。でもね、カレンだって一人じゃないんだよ。私が一人にはさせないよ。この世で4人しか知らない私の名前、別れの言葉として教えてあげる。私の名前は――」


 カレンはずっと寂しかったのだろう。だから、私に一緒に来るよう誘ったのだ。私にはカレンの気持ちが痛いほど分かる。私だってファミリアのみんながいなかったら、本当にどんな人生を送ってきたか想像もつかないから。


 朝の乾いた風が、遠くから放たれた銃弾の発砲音を運んでくる。


 最後に私の言葉を聞き終えたカレンは、頭を撃ち抜かれるさなか、驚きつつも少し笑っているように感じられた。それは、私の勘違いだったのかもしれないが、最後の一瞬でも彼女の心がつらい苦しみから解放されていることを私は願っている。


 「任務完了」


 隣のアイがインカムに向かってそう伝える。


 「帰ったらメディーに謝っときなさいよ。私が通信つないだとき、パトが裏切った~って仕事中なのに大慌てしてたんだから。あと、レインの配慮にもね。心の底では殺したくないんだろうなって、あの子らしい考えかただけど。本当ならトドメはアンタの仕事なんだから。レインはあくまで保険だったのよ」

 「うん、分かってるよ。皆には心配かけた」

 「ホントよ、まったく」

 「うん、ごめんねアイ」

 「珍しく殊勝じゃない。じゃあ、埋め合わせとして今度、デートしましょ」

 「それは無理。レインも入れて三人ならいいよ。メディーとミストはどうせ外には出たがらないだろうから」

 「じゃあ、二人にはお土産、買ってこないとね」


 そんなことを言いながら私とアイはファミリアのアジトへと帰還した。


 このあと、ミストにはこっぴどく怒られて、メディーは2、3日、口を聞いてくれなかった。レインは相変わらず落ち着いているし、アイはいつも通りうっとおしい。


 お土産として買ってきた木彫りのクマの置物は不評だったが、今もアジトに飾られている。

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