知っている少年1

 次のバスがやって来るのを、遠夜は寒さに耐えながらじっと待っていた。ボストンバックを提げる指はかじかみ、体の芯が少しずつ冷やされる感覚。家から時間をかけて歩いてきたせいもあって、外気に晒されている鼻先は真っ赤になっている。

 雪は絶え間なく、はらはらと頭上に落ちる。降り積もった雪を払うように首を傾けると、年甲斐もなく雪玉を作って投げ合っている上級生たちが目に入った。彼らは犬がじゃれるのと同じく互いを追いかけ、パウダーを被ってはしゃぎ回る。

 そのうち、大きなヘッドライトが背後から現れ、空気が抜ける音とともに目の前に停車した。上級生たちはまだふざけあい、どちらともなくバスに乗り込む。遠夜も二人の後に続く。バス停に、あの少年の姿はなかった。期待していたわけではないと言い聞かせつつ、彼がいないことに不満を抱いているのも事実だ。

 ところが、空いている席に腰を下ろそうとしたさい、思わぬ人物と視線が交差した。彼は微笑んで、窓際に体を寄せる。この間遠夜が座っていた場所に、例の少年が腰掛けていた。バス停にはいなかったはずだ。それとも、もっと前から乗っていたのだろうか。

「早くしないと、バスが動くよ」

 訝しむ遠夜に、少年が呼びかける。彼の言う通り足もとが揺れ、景色がゆっくりと流れだした。遠夜は腑に落ちないながらも少年の隣に座る。

 先週の金曜日に会った時と変わらず、少年はダッフルコートにマフラーを厚く巻いた格好だった。黒い髪はしっとりと濡れてはいるものの、頬は上気しており、全体的に乾いた印象だ。つい先程まで雪の中にいた遠夜とは違い、しばらくバスに乗っていたのだろうと感じさせるふうだった。

 遠夜は少年の傍らで、コートに纏わり付いた雪を遠慮なく払い落とす。この間とは立場が逆転したらしい。一頻り雪を手で払った後、少年のほうを振り向くと、やや不服そうな顔つきになっていた。結晶が跳ねて少年に付着している。遠夜はさすがに決まりが悪く、素直に謝罪した。

「……ごめん、いつもの癖でつい」

「いいんだ、外は寒かったろう? 早く温まらなきゃ」

 少年は遠夜の手を握って頬に当てる。少年の指先は凍てついていて、頬もまた氷に触れているのかと錯覚する冷たさだ。とてもではないが温まりそうにない。遠夜は思わず身震いした。

「君の手はとても冷たいな。頬だってこんなに」

「遠夜こそ、手袋くらいしたらどうだい。定期入れを取り出すのに邪魔だからって、そんなやつ、まあいないよ」

 少年はやや乱暴に遠夜を離し、怒った様子でそっぽを向いた。手を戻された遠夜は、彼の突き放した態度より、いきなり名前を呼ばれたことに驚いた。

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