第49話 初戦の痛み

 ポセイドンが、天界から戻ってきた。話によると、今回の地上攻撃はアレスの独断という事であった。


 アレスにして見れば、ポセイドンが甘すぎるので、代わりにやったとの事だった。


 そう言いながらも、撤退を余儀なくされたアレスの所在も無く、ゼウスの兄弟たるポセイドンに権限が戻されたのだった。


 もしも、ここでシーベルがアレスを押し返さなければ、アレスの行動は肯定されていた可能性があったのだ。


 ポセイドンは、時間もないと言う。そして、メルティアの身柄を預かる方向で要求して来た。それにより、地上浄化と言う裁きに対して猶予を与える事にしたのだ。


 「メルティアは、何故床に伏せっているのか?」ポセイドンは、怪訝そうに周囲に尋ねる。


 「ポセイドン様、申し訳ありません。部下を助ける為に、特殊な治療を行ったため、不治の傷を負ってしまいました。」ファンタムは、申し訳なさそうに告げる。


 すると、突然会議室のドアが開き、メルティアが杖をついて入ってきた。


 「ポセイドンさま、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私もこの通りで、お側に参りましても、満足なお世話が出来なくなってしまいました。」


 諦めた様にポセイドンは話し出す。


 「元はといえば、神族の不始末、メルティアはこのままいただいて行こう。神殿で傷を癒すがいい。」ポセイドンは、メルティアを諦めるつもりは無いらしい。


 それ程気に入っていたのだ。一応この取引で神託の件は形のうえでは収めることとなったのだった。





 「ポセイドン様すみません。私の身体が不自由なせいで、なんのお世話もしてあげられません。本当に御免なさい。」


 「気にするな、私の傍に来なさい。」必死に動いてポセイドンの寝台に移動して腰を下ろす。


 「御免なさい、血生臭い匂いはしないですか?」実際にはメルティアの血液や体液は甘い花の香りがするようで、悪臭がする事はなかった。


 メルティアの仕事は、ポセイドンの夜伽とは、名ばかりの、話し相手であった。


 「やはり傷は治りそうも無いのか?」


 「はい。ですが神殿の神気のお陰で、具合は少しだけいいんですよ。」


 顔色も優れないメルティアだが、なんとか笑顔を見せられる程度には、状態は落ち着いていた。


 寝台のなかでは、ポセイドンは、メルティアを抱きしめていたり、腕枕で傍らに寝かせていた。


 「どうして、お前は人の苦しみまで取り込もうとするのだ?」


 「・・・他人が苦しんでるのを見るより、自分が取り込んで我慢した方が、気が楽だからです。我慢するのは慣れてますし。」


 「セイ?セイこそどうしてこんなに孤独なの?」


 「ふふっ、メルみたいに苦痛を我慢するのが得意でも慣れてもいないんだが、通り一片の付き合いが嫌いでね。心からの親密な関係が作って行きたいんだ。」


 「あはっ、真面目で優しいセイらしい考え方だよね。でも、信頼した人から裏切られたら立ち直れなくなっちゃうよ。」 


 「だから、大人数は要らないし、信用した者にしか本音は話さないんだよ。」


 「まっ、じゃ私は信用して貰ったんだ。嬉しいかも・・・。」


 「本当は、メルは私の妻になって欲しかったんだ。メルは心だけでなく、その可愛らしい容姿、神秘的な雰囲気全て探し諦めていた理想だったんだ。」


 「なんか、落とされちゃいそう。私はこんな身体だし申し訳ないので答えてあげられないよ。」


 「いいさ、だからここに連れてきたんだ。もう放さないつもりで・・・」


 「そう言って貰えるのは嬉しいかも・・・私もセイの事は好きだよ。ただ偉そうな神様じゃないもんね。」ポセイドンは、何のことはない会話で十分に満足していたのだ。





 メルティアの傷は、ポセイドンの神聖力と神殿の神気によって回復する兆しが出ていた。


 熾天使の持つ生命力もあっただろう。表面的な傷は塞がって出血の危険は無くなった。痛みに関しても幾らかは軽快していた。


 今回のポセイドンの采配は、地上の浄化計画の発想とは異なって、ポセイドンの顔に免じて様子を見ているに過ぎない状況である。


 また、人類が神々の不評を買うことになれば、いつ何時、神々の制裁が与えられるとも限らないのだ。


 メルティアは、もっと強くなる必要性も感じているのだった。今回の初戦で何とかシーベルクラスの賢者であれば対抗出来る事は証明されたが、神器などのアーティファクトの存在や、同時に多数の神が攻めてきた場合は、かなり厳しい状況になる事は明らかだった。


 メルティアの時々見せる不安げな表情をみて、ポセイドンははなしかける。


 「私も人間は嫌いではない。もしもの事があれば、協力しよう。だから、今はここでしっかりやすむのだ。やっと傷が癒えてきたばかりなのだから。」ポセイドンは、優しかった。


 「メル、お前が私を裏切らないかぎり、味方でいてあげよう。」


 「・・・ありがとうセイ・・・」メルティアは頬を赤らめて俯いた。

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