第三話 雷韋の用事

「『ちょうじ』って聞いたことないけど、どんなのから絞った油だ?」

「名前の通り、丁子ちょうじからだ。丁子は植物の名だな」



 雷韋らいは、陸王りくおう吉宗よしむねの刀身にはばきつばを填めていく様子を見ながら、



「『ちょうじ』っていうのは大陸にもあるのか? やっぱ聞いたことないけどなぁ」



 ぶつくさ言うように問うと、



「大陸では『グローブ』って名だった気がしたな。名はなんでもいいが、同じものだ」



 鎺と鍔を填め込んでから、柄になかごを差し込んでいく。


 雷韋は「へぇ、グローブの油なんだ」と感心したように言って、柄に戻った刀身を眺めて更に続けた。



「ばらっばらになってたのに、一つに戻ったな。吉宗の手入れってこんな風にしてんだ」

「吉宗だけじゃねぇ。『刀』は全部同じ造りだ」



 言いながら、吉宗を垂直に持って、とんとんと柄を握る手首を拳で叩く。



「何してんだ? もう終わったんじゃないのか?」

「茎を柄の中に落としてんだ。それにまだ終わりじゃねぇ。最後に……」



 そこまで言ってから言葉を止めて、鞘から抜いておいた目釘めくぎ目釘穴めくぎあなにしっかりと差し込む。



「今、何差し込んだんだ? 今度こそ終わりか?」

「これで終わりだ。最後のはな、目釘ってんだ。こいつを差しておかないと、刃を振れねぇ。すっぽ抜けちまうからな」



 全てが一つに戻った吉宗の刀身を見て、満足げに言う。



「もしかして『めくぎ』ってやつが吉宗、いや、日ノ本の剣を一つにしてるのか? それってさぁ、鉄かなんかか?」

「いいや、竹材だ。数百年いぶされた竹が使われている。鉄の方が強度があると思うだろうが、逆だ。鉄は刃が何かを切るたびに、その力に負けて曲がっていく。使っている途中でがたがたになるんだ。だから目釘に鉄は使わん。目釘に燻された竹を使うのは、硬く、そのくせ柔軟性があるからだな」



 吉宗の刃を鞘に収めながら、どこか真剣に答えてくれる。



「へぇ、竹ねぇ。竹ってあれだよな?」



 雷韋は視線を上に向けて、何かを思い出すような仕草をした。



「そう言や、雷韋。竹は大陸の東と日ノ本にしかねぇが、知ってるのか?」

「あ、うん」



 雷韋は上に向けていた視線を陸王のもとへ遣り、頷いてみせた。



「俺の魔術の師匠がさ、いろんな植物を集めて保管してたんだ。それこそ大陸の東の植物も。それで薬を作ったり、逆に毒を作ったりもしてた。その材料の中に『竹』ってのがあったなぁって、今思い出してたんだ。節のある植物だよな? んでもって、縦に簡単に割ることが出来るさ」

「ほう、そこまでちゃんと見ていたか」



 言う陸王の目は優しく笑っている。雷韋の観察眼に感心したのだろう。


 言われた方の雷韋もどことなく嬉しそうだった。陸王に認められた気がして、嬉しかったのかも知れない。


 しかし、そこで陸王は不意に真顔になった。



「でだ、雷韋。なんだって無理矢理入ってきた」

「え? 入ってきた?」



 いきなりの言に、呆気にとられる。



「鍵開けしてまで入ってきただろう」



 言われて、そんなことはすっかり忘れていたという顔になる雷韋を、陸王は呆れて見返した。感心されたばかりだったと言うのに、これでは感心が地に墜ちる。


 それを、えへへと誤魔化して、雷韋は窓の方に顔を向けた。



「今夜は新月だから星がきっと綺麗だろうと思ってさ」

「別に、星空なんざどうでもいい」



 急に雷韋から興味を失ったように、陸王は寝台の上に広げられたものを荷物袋の中にしまい始めた。


 だが雷韋は、椅子の背凭れを抱きしめて詰め寄る。



「だって面白いじゃんか。星空」

「どこが」

「だってさぁ、毎日違うんだぞ?」

「それがどうした」

「面白いじゃんか。夜空が毎日違うことの説には三つある」



 そこで陸王は顔を上げた。



「三つ?」

「うん。三つ」

「二つじゃなかったか?」



 怪訝そうな顔で言う。



「違う違う。人間達が上げてる説のほかに、もう一つあるんだ。一つは天慧てんけいの光が空に残ってるって説。二つ目は天慧の光を羅睺らごうが遮りきれないって説。これは人間達が信じてる二つの説だよな。そんで三つ目は、昼を司る天慧の力が弱まって、空に羅睺の影が落ちるけど、その時、混沌からアルカレディアを切り離してるくうの精霊力の弱い部分から混沌の明かりが漏れるって説」



 指を折りながら雷韋が楽しそうに、夜空が毎夜違う表情を見せる理由を一つずつ挙げていった。


 陸王はそれを聞きながら腕を組む。彼が知っている説は前者の二つ。残りの一つは、耳に右から左へ通った記憶すらない。始めて聞く説だったからか、陸王は興味深げだった。



「なぁ、陸王さ。この三つの中でどれが本当だと思う?」

「さてなぁ。前者の二つの説を知っていても、これまでまともに考えたこともない。ただ星空はいつも違うって意識しか持っていなかったからな」



 腕を組んだまま、目を瞑る。頭の中で三つの説を吟味し始めたのだろう。


 僅かばかり二人の間に無言が落ちたが、ふと陸王が目を開けた。



「雷韋、お前はどう思ってるんだ?」

「俺?」



 いきなりの質問に、雷韋はきょとんとした。そんな雷韋を見つめて、



「ちと頭の中で考えを巡らせてみたが、俺はどれとも言えんな。探せばもっとほかの説もあるかも知れん。案外、無数にあるんじゃねぇか?」



 今度は雷韋が考え込む番だった。深い琥珀の視線を俯け、短く唸る。そして、二度、三度と頷きだした。



「もしかしたらあんたの言うとおり、ほかに探してみたらもっといろんな説があるのかも知んねぇ。でも俺は、三つ目だと思ってるからなぁ」

「三つ目? 何故だ」

「だってさ、明るい星や暗い星があるじゃんか。大きいのもあれば小さいのもある。それって混沌の胡乱うろんな光だからじゃねぇのかなぁって思うんだ。混沌の光ってのは明るかったり暗かったりしてるって、師匠から聞いたことがあるから」

「なるほどな。獣の眷属の考えそうなことだな。お前の魔術の師匠ってのは、光の妖精族ライト・エルフだといっていただろう」



 雷韋は陸王の言葉の意味が掴みきれなかったのか、小首を傾げる。



「どういう意味さ?」

「獣の眷属は天慧や羅睺を卑下しているだろう」

「えぇ? そんなこと……」



 陸王はそこでにやりと笑った。

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