第6話 先輩…部活休みにも、走るのはキツいですから…

 貴志湊きし/みなとは翌日の木曜日。

 学校を終えたこともあり、帰宅するだけ。


 普段であれば、そうなのだが、昨日から少しだけスケジュールが違う。

 なんせ、ランニング部の臨時監督になったからだ。

 それだけではなく、部員の美少女らとデートとして関わることになったという理由もある。


「湊ー」


 学校の昇降口付近で待っていると声を掛けられる。ハッキリとした口調に、ドキッとしつつも、湊は振り返った。


 湊の瞳には、爆乳の美少女でかつ、ランニング部の部長――宮原世那みやはら/せな先輩がやってくる姿が映っている。

 彼女は駆け足で移動しているだけなのに、胸元に抱えている爆乳が揺れ動いているのだ。


 その光景を見れることに興奮しながらも、周囲から向けられる敵意の視線と葛藤していた。

 今を我慢すれば、何とかなるはず……。


「じゃ、行こうか、湊」

「そうですね……」


 周りから感じる、敵意の視線。

 湊は変な意味合いも含めて、ドキドキしながら、学校の昇降口を、先輩と共に立ち去ることにした。


 今日は世那先輩とのデート。

 一体、どういったところに行く予定なのだろうか?

 色々なことを脳内で妄想してしまう。


 しかしながら、湊も全く考えていないわけではない。

 ある程度、どこに行くのかの考えは用意している。

 無難に、街中のウィンドウショッピングでもいいと思っていた。


 明日も学校であり、余計に行動しない方がいいだろう。

 時間があれば、映画館にでもと考えていたが、それは後でもいいのかもしれない。


 湊は右隣を一緒に歩いている世那先輩へと視線を向ける。

 先輩は楽し気な顔を浮かべているだけで、特に彼女から話しかけてくることはなかった。



「世那先輩? どこに行きましょうか?」


 湊は学校の校門を通り抜け、通学路を移動している際、隣にいる世那先輩に問いかけたのだ。

 先輩が特に話しかけてくることもなかったことで、逆にこちらから話しかけてしまった。

 これでいいのだろうか?


「湊は、行きたいところ決まってる?」

「はい。一応、決めてきましたけど」

「そっか。でも、ごめんね。私も一応決めてきたんだよねぇ」


 先輩は申し訳なさそうな顔を見せ、そう言った。

 彼女の魅力に圧倒されてしまった感じだ。


「決まってますよね」

「まあな。湊、少し運動しないか?」

「運動とは?」

「ランニングとか」

「え? 休みの日も? ですか?」

「そうだよ」


 世那先輩は迷うことなく言い切ったのである。

 先輩は休みも必要だとか言っていたのに、デート中も運動をするのか?


 湊は軽くため息を吐いてしまった。

 休み中は休息をとりたい。

 心の中でそう思ってしまうのだった。






「やっぱりさ。なんやかんや言ってもさ、運動している時が楽しいと思わない?」

「そう、ですかね?」


 湊は首を傾げつつ、苦笑いをする。


 湊は今、先輩と共に、この前訪れたランニング場にいた。

 世那先輩は部活専用のTシャツとスパッツに着替え。ショートヘアの髪をちょっとばかし揺らしながらトラックを走っている。

 湊は制服姿で後を追うように走っていたのだ。


 しかしながら辛い。

 今日も休みかと思っていたのだが、結果として走ることになるとは……。


「せ、世那先輩は大変じゃないんですか?」

「いや、別にそんなことはないけど?」

「ほ、本当ですか……凄いですね」


 湊は息を切らしながら言った。

 先輩の気力には驚かされることが多い。


 世那先輩からしたら、いつも走りなれているから問題はないと思うのだが、湊にとっては地獄である。


 暑いし、キツい……。

 こういう時は、クーラーの効いた場所で、過ごすのが一番いいと思った。


「世那先輩は……いつも走ってるんですか?」


 湊は数メートル後を足りながら、先を行く先輩に問う。


「まあね、一日でも休むと体調が悪くなるしさ」

「でも、逆に体調を崩しませんか? こんなに運動していたら」

「そんなことはないよ」

「……」


 凄いとしか言いようがなかった。

 なんというか、ただの爆乳ではないと察してしまうほどだ。


 考えてみれば、爆乳な先輩と二人っきりということになる。

 辺りを見渡せば、ランニング場には、先輩と湊以外誰もいないのだ。

 それはチャンスというべきか。

 むしろ、幸せな環境なのかもしれない。


 暑い時期に走る練習をするのは、地獄でしかないが、一瞬だけでも、フワッとした優しさに包み込まれた気がした。


「というか、遅くない? 湊ー」


 背後から声が聞こえ、ハッとした。






「湊、遅いよー」


 先輩はすでに、湊よりも一周早く走っていることになる。


「って、世那先輩が早いだけだと思いますけど」

「早い? まあ、そうかもしれないけど。一応、湊は、私らの部活の臨時監督なんだし、少しくらいは、格好いい姿を見せてよね」

「は、はい……そうするようにしますけど……」

「するようにじゃなくて、するでしょ。しっかりな。あと、これ以上、私に追い抜かれないようにしなよ、湊ッ」

「は、はい……んッ」


 湊は先輩から、思いっきり背中を叩かれてしまった。

 気合を入れたのだろうが、厳しかったのだ。


 パシリであり、臨時監督という、一度に上と下を経験しているかのようなポジションである。


 大変ではあるが、弓弦葉と関われるチャンスが増えたことは、素直に嬉しかった。

 普段から、弓弦葉も必死に走り込みを行っているのだ。

 彼女のためにも、変な姿は見せられないと思い、さらに走るスピードを上げたのである。






「世那先輩、それなりに早くはなりましたけど。どうですか、これで」


 湊は今ある全力を見せ、先輩がいるところまで追いついたのである。


「それじゃあ、ダメだね。もっと早くならないとね」


 先輩は余裕のある笑みを見せ、ニヤッとした。


「え?」


 気づいた頃には、もう遅い。


 世那先輩は、急激に走るスピードを上げ、湊をいとも簡単に追い越していくのだ。


 湊が先輩を追い越したのは、一瞬だけ。

 たった数秒ほどだけの勝利だった。


 え、ええ……これじゃあ、まったくかなわないって……。

 というか、先輩。今までほとんど本気出していなかったってこと?


 湊は絶望を感じてしまった。

 何もかもが、ダメダメである。

 湊は愕然とし、走るスピードがドンドンと落ちて行くのだ。


「湊? まだ、そこなの?」

「え?」


 嫌な予感がし、振り返れば、また、世那先輩の姿があった。

 これで、二周ほど先を行かれたことになる。

 もうどうやっても勝ち目なんてないと思った。


「まあ、頑張れよ。っていうか、一緒に走ってあげるか?」

「別にいいですよ」

「そういうなって」


 世那先輩は湊と同じスピードに合わせてくれたのである。

 だがしかし、別の問題が生じた。

 それは、先輩が走ることで、揺れ動いている爆乳が近くにあるということ。

 逆に気まずくなり、さらに走る速度が遅くなってしまうのだった。

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