わかるでしょ?

電車に乗った。


医者であるのに、この痛みから時々逃れられるならばとフーっと線路やベランダに引き寄せられる時がある。


そんな感情きもちがやってきたのは、しんと紗羅が結婚してからだ。


駅から近い、デカイ二世帯住宅。


「ただいま」


「命、おかえり」


庭いじりが趣味な母が待っていた。


「シャワー浴びて寝るから」


「神が、昨日帰ってこなくて紗羅さん寝れてないからよろしくね」


「わかった。父さんは?」


「孫と遊んでる」


「そっか」


私は、家に入った。


シャワーを浴びてから、二階の兄さん達の家に行く。


コンコン


「命ちゃん、おかえり」


抱き締められた、柔らかい温もり。


「ただいま」


「早くきて」


私をベッドに誘導する、柔らかい手


「命ちゃんが、いないと眠れなかったのよ」


ベッドに寝かした私の胸に顔を埋めてくる。


「ごめん、今日は少し遅かったから」


朝陽と一緒に帰ってきたから遅かった。


私は、紗羅の髪を撫でる。


サラサラのロングヘアー。


薔薇が大好きな紗羅は、全身からローズの香りがする。


薬品の匂いがする私とは違う。


「真っ直ぐ帰ってこなかったでしょ?」


シャワーを浴びたのに、紗羅の嗅覚はするどい。


「誰かを抱き締めた?柑橘系の香りがする」


「しないよ、シャワーはいったから」


「する。命ちゃんも浮気するの」


「してないよ。幼馴染みに会っただけだよ」


「あっ、五十嵐先輩?」


「うん」


「確かに、五十嵐先輩の匂いだ。昔、嗅いだ事ある」


そう言って、私の首筋辺りを匂ってる。


「こしょばいから」


ペロッて舐められた。


「紗羅、なに?」


「命ちゃんはね。意外にここが好きなんだよ」


そう言って、抱き締めてきた。


お酒飲んでる。


「疲れないと眠れないの」


そう言って、上目使いで私を覗き込んだ。


「だから、お酒飲んだの?」


「うん。命ちゃんは、女の子が好きなんでしょ?」


「なんで?」


「一ヶ月前、せせらぎ病院に神さんの忘れ物を届けに行った時に看護士さんの坪井さんが神さんに話してたから…。命さんにやり直したいって伝えて欲しいって」


「それは、5年前の話なのに。」


坪井さんからの熱烈なアプローチに折れて付き合ったのは5年前だった。

結局、気持ちが揺らがなくて一年でお付き合いをやめた。

一年間付き合った理由は、同じ職場だったからだ。


「どんな風に坪井さんを抱いたの?」


「なに、言ってるの?」


「やってみてよ、私に」


「飲み過ぎだよ。寝よう」


私は、紗羅を抱き締めた。


「神さんに似てるよね。だから、命ちゃんは好き。ほらやって、浮気にならないから」


「兄さんに、やきもちやいて欲しいの?それとも、私を好きになってくれるって事?」


「神さんは、やきもちを妬かないし、命ちゃんを好きだけど友達だから。でもね、誰にも渡さない。命ちゃんは、私を愛してるでしょ?私が想ってる気持ち以上に、その目を見ていたらわかるの。女は、敏感。男とは違う。だからこそ、私は命ちゃんを誰にも渡さない」


「どういう意味?」


「そのままの意味。愛してはあげないけれど、命ちゃんの愛は誰にも渡さない」


そう言って、私の頬を撫でる。


「紗羅、私を縛りつけたいの?」


「そう、だって気づいてしまったの。一年前に命ちゃんが、私を想う気持ちが友達以上だって…。そしたら、離したくなくなったの。だから、許せないの。坪井さんが知ってる、命ちゃんが私も欲しいの。わかるでしょ?命ちゃん。命ちゃんは、神さんのかわり。わかるでしょ?」


私は、頷いていた。


紗羅には、歯向かう事など出来ない。


神のかわりでもいいと思ってしまったのだ。



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