時間制限付きのデスゲーム

黒羽カラス

第1話 世界の片鱗

 仰向けの状態で青島幸人あおしまゆきとは閉じていた瞼を開けた。濃淡のない群青色の空が視界を埋め尽くす。ぼんやり眺めたあと、ツーブロックの髪を掻き上げてゆっくりと上体を起こした。

 石畳の道にいた。幅は一車線の道路と同程度。真っすぐと伸びて先の方で分岐していた。

 やや遅れてグレーのスラックスに目がいく。高校の校章が付けられたブレザーは見当たらず、半袖のスクールシャツを着ていた。

 この状況に首を傾げながらも立ち上がった。何げなく後ろを振り返る。一本道の果てに黒いもやのようなものが見えた。目を凝らしても形が判然としない。

 前に向き直った幸人は取り敢えず、歩き始める。

 分岐の手前で足を止めた。前方に伸びる左右の道を見て正面に目を戻す。半歩程、前に出て頭を下げた。

 道から外れたところは白い雲に覆われている。一メートルの間隔を空けて三メートル四方の床があり、そこにスニーカーのアイコンが置かれていた。このまま跳んでも届きそうな距離ではあった。が、念の為に後ろへ下がる。

 十分な助走距離を得て上体を傾ける。アイコンを見据え、スタートダッシュを決めようとして歩き、瞬時に足を止める。驚愕の表情となった。

 自身に活を入れるように頬を平手で挟むようにして叩いた。強い意志を目に滲ませる。間もなく深い前傾姿勢を取り、再度、歩いて目をいた。

「走れない!?」

 幸人は道端に立った。前方のスニーカーのアイコンを食い入るように見つめる。

「それなら」

 気負いのない声を出した。両膝を曲げると同時に両腕を後方に振る。何回か試して自信を深め、身を低くした状態から瞬時に伸ばした。同じ動作を三回、繰り返して大きな溜息をいた。跳ぶことも叶わなかった。

 幸人は苦笑いで右手の道を進んだ。またしてもスニーカーのアイコンが目に留まる。阻むものはなにもない。易々と近づいて目を凝らす。スニーカーの靴底に当たる部分にスプリングのようなものが描かれていた。

 躊躇う中、手で触れた。アイコンは体内に吸い込まれるようにして消えた。効果を確かめようと手足を動かす。際立った変化はなかった。適当に歩き回って軽く跳んでみる。

「特になにも、え」

 驚きは瞬く間に笑顔に取って代わられた。来た道を歩いて引き返し、分岐の境目に立った。

 決心が揺らぐ前に思い切って前方へ跳んだ。よろけることなく床に着地を果たす。スニーカーのアイコンに触れて即座に戻った。

 早速、歩いてみた。速度が少し上がって速足となった。

「原理がわかってきたかも」

 弾む声で幸人は先に進んだ。


 次第に道が入り組んできた。更に行き止まりに出くわす回数が増える。とは言え、悪いことばかりではない。道が途切れている個所には決まってコインが置かれていた。店の存在は確認できないが、今後のことを考えて精力的に拾い集めた。

「……またか」

 幸人は不満顔で呟く。

 眼前の壁の上にコインの連なりが見える。その数は二十にも及ぶ。壁際に立って跳んでも指先が引っ掛からない。足場になるような出っ張りもなかった。

 道と壁の端には金属製の輪が仕掛けられていた。手に入れていない特別なアイテムが必要になるのかもしれない。

 未練がましい目をして道なりに進む。途上にスニーカーのアイコンを見つけて小走りが可能になった。先程までの鬱憤を晴らすかのように軽快な足取りで木々の密集した地帯に突入した。

 切り拓かれた空間にロッジ風の建物があった。木製の扉には『OPEN』のプレートがぶら下がる。

「やっとか」

 集めたコインは九十枚。この世界での価値は不明だが、決して少ない数ではない。新しいアイテムの入手が期待できる。

 幸人はにんまり笑って扉に近付いた。

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