ゲームでマジのアオハルを。

緋衣 蒼

乱立させよフラグを

「先生。一昨日、僕、父と喧嘩しました」


 僕は会場で引率の先生にそう告げた。


「……おう、だからどうした」


 僕1人しかいないゲーム同好会の顧問は尋ねてくる。それを待っていた自分に気づきつつも答えた。


「なので母の教えの『後手必勝』『正当防衛』をモットーに、今日は臨みます」

「お母様の教育方針どうなってんだ」

「タケ派とか言いやがった父からは『先手必勝』『証拠隠滅』の言葉を受け取りましたが無視します。これはフラグですよ」

「お父様の教育方針もどうなってんだ」


 生徒が親切にフラグ回収フラグを立ててやったのに、最重要の台詞をスルーして両親の教えにつっかかってくる。別によくあるゲーマー家庭のよくある言葉なんだけど。


「つかキノタケ戦争でリアルに殴り合う家庭とか聞いたことねえよ。頬どうした」

「これは昨日クラスのピンクヤンキーに。正当防衛が成立してから殴り返しましたよ」

「んなとこで教えを守るな。……つかそれ大会出場も危ういじゃねえか! 規約に違反してないだろうな!?」

「大丈夫ですよ日本人は隠蔽体質だから」

「運営は粘着体質だから言ってんだよ!!」


 この人こんなに叫んで平気なのかな。大会には出ないはずだけどさ。

 先生はため息を溢した。会場をぐるりと見渡し、僕に割り当てられた個室を指差す。


「お前はあそこだよな。……本名が書いてあるのか」

「先生もセッティング手伝ってくださいよ、こんな運動神経死んでる陰キャにあんな機材は扱えないです」

「俺は不正を疑われたくないんだっつーの。それにあれだけVRでホイホイ動く奴が設置の1つや2つ出来ないわけがないだろうが」

「残念でしたー! あれ単なるVRじゃないんですよね!」

「知るか。入口までは運んでやるから、後は自力で何とかしろ」


 先生は大会出場に必要な道具を担いだ。それを運んでいく後ろ姿は、教師というよりも不良に近い。


白純しらすみ 丁香花はしどい 様』


 名前が書かれた扉の前に機械が積み重なっていった。僕はそれらを個室にある装置と繋げたり初期設定を整えたりする。

 けれど。作業中に僕は、誰かから視線を向けられていることに気づいた。


 え、ルール違反してるみたく見えた? 陰キャだからガンつけられてる? お金ない先生しか持ってない。怪しくないです信じて。


 脳内で不安を爆発させつつ、それでも好奇心に勝てない。左隣を視界に映した。

 すると、とんでもない美人と目が合う。


「あ……」


 彼女は驚いたように動きを止めていた。ブサメンすぎたごめんなさい。

 ガン無視されるか嘲笑されるかを覚悟して顔を逸らす。そしたら予想外にも「ねえ」と声をかけられた。あっ無理美人逆に怖い。


 ゆっくり、ゆっくり、スクールカーストトップであろう顔面を直視……しないように目を動かしつつ「はい」と返事する。


「白純って、薔薇の方?」


 鈴を鳴らすような声で名字のことを尋ねられて、一瞬フリーズした。咄嗟に相手側の扉のネームプレートを見上げる。


青薔薇あおばら 五十美いそみ 様』


 白純は色々な家との繋がりがある。有力な家柄のパイプ的な立場にある、独特な家系。

 その絆を持つ家の1つが薔薇一族だ。特に青薔薇は日本発祥で『奇跡の血筋』と呼ばれる一家だったはず。


 そんなヤバイ立場の人でもゲームやるのか。真っ先にきた衝撃はそこだった。いや美人に金持ちにゲーマーって、属性過多か。


「ば、薔薇、では、ないです……す、すいません……へへっ……」

「そうなんだ。ごめんね、急に」


 彼女は申し訳なさそうにそう言い「お互いに頑張ろう」と天使の微笑みを見せる。とっくに設営は完了しているのか、颯爽と個室へ長身を仕舞っていった。


 背中をつつかれる。振り返ると、ドン引きしている風の先生がいた。


「顔ヤバイぞ」

「元からです」

「違うそうじゃない。口角がすんげえ上がってる。今のお前が夜中にいたら子供が泣く」


 ひどい、あんまりだ。


「俺はこの後ちょっとした手伝いがあるから抜けるけどよ。丁香花はセッティング終わったか?」

「カップラーメンの食べ頃には終わらせましたよ」

「早いな」

「20分かけて作ってましたから」

「絶対にのびてんじゃねえか」


 安定のノリツッコミ。実際は昼頃だけど、普段の放課後のようで気持ちが落ち着く。


「じゃっ、サクッと勝ってきまーす」

「負けフラグ」

「やめたげてよお」


 文句たらたらながらも、僕は個室へ引っ込んだ。




 どこかのゲーム会社が開発した新規媒体の娯楽、VRMMO。全ゲーマーの夢とも言えるだろうそれは現実化された。

 唯一のソフトである{インター・ライフ・カスタマイズ}を利用した全世界戦。プロもアマチュアも問わない総合大会。

 例えるなら――。


 VRMMOバトルコロシアム。それが今日、開催される。


 初めてあの世界に入った時の感動は忘れられない。架空の場所が、どうしようもないほどに本物の激情を生み出してくれた。


 僕の、俺の青春は、ここにある。


『Player【Yucca】 Passwd【……】』

『Welcome to the VR world』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る