第49話 友のための怒り

――戦場



 アスカは気の抜けたフォルスの返しに不満を覚え、頭から蒸気を飛ばしまくる。

「こらっ! なんじゃその腑抜けた返事は!? シャキッとせい、シャキッと! せっかくの見せ場を台無しにしおってからに!」

「いや、だって、みんなとちょっと離れた場所にいたから乗り遅れたというか……それに、みんなと比べると俺は立派な肩書きもないし。実力も……」


 フォルスは頬をポリポリと掻いて、ぷんすかと怒るアスカに言い訳を返す。

 そんな青年の姿を、大将軍ウォーグバダンは観察するように見つめている。

(彼があれほどの剛の者たちを纏め上げていると? 五騎士の一人ドキュノンの剣を受け止めるだけあってなかなかの腕前のようだが。それでも……)


 ウォーグバダンの観察眼は確かだった。

 今のフォルスの実力は目の前にいる四騎士よりも劣る。

 そのような者が異界の龍・魔王・聖女・吸血鬼の王女。そして、あの伝説の勇者レム=サヨナレスを纏め上げているとは到底思えなかった。



 しかし、次にアスカが口にした言葉で大将軍のみならず、この場にいる誰もがフォルスへ畏敬の念を抱くことなる。


「肩書きはなくとも実績は十分じゃろ! 実力も伴っておるじゃろ! なにせおぬしは巨なる悪魔ナグライダに対し単騎で挑み、瞬時に切り伏せ、魔王シャーレと勇者レムに勝った男じゃぞ!!」


 彼女のこの言葉に、ザワリとした風が戦場に広がった。

 ナグライダ――伝説に出てくる怪物にして悪魔。

 それを単騎で挑み打ち破り、さらには魔王シャーレと伝説の勇者レム=サヨナレスに勝利した男。



 再び、戦場に散らばる瞳たちがフォルスに集まる。

 しかし、彼から醸し出される雰囲気は普通の青年。


 大将軍ウォーグバダンも多くの瞳たちと同様に信じられないといった表情を見せて、四騎士と相対するラプユス、シャーレ、レムへ怪訝な顔を向けた。


 すると三人は、静かに頷きアスカの言葉を肯定したのだ。

 彼は若き勇者へ視線を戻す。


 若き勇者は相も変わらず頬を掻いている。

「いや、あれは俺の実力――」

「じゃが、今回は引っ込んでおれ」

「へ?」

「おぬしが出るとすぐに勝負が終わるからの。たまにはワシらが活躍できる場を与えよ。それにの、今回の戦いは魔王シャーレが主役じゃからな」

 

 そう言って、アスカは四騎士へ体を向ける。

 一連の流れ――レムがアスカの意図を組み、こそりと話しかける。



「フォルスの名を売りつつ、今はまだ、実力を秘匿に、するつもりですね」

「ワシはこの旅の主役はフォルスだと思っておる。じゃが、今のあやつでは目の前の四騎士一人にも劣るからの。ワシらが出張でばってしまった以上、前には出せん」


 話が耳に届いていたシャーレが謝罪を口にする。

「わたしのせいね。フォルスの見せ場を奪ってしまった」

「いや、旅の主役はフォルスじゃが、この場の主役はおぬしじゃよ。四騎士とやり合うならおぬしが最もふさわしい。それに……」

「それに? なに?」

 

 アスカは口角を捩じ上げ、いやらしく笑う。

「こん~な雑魚相手にフォルスの剣を使わせるのはもったいない。あやつのことじゃ。誰も傷つかぬように一瞬で勝負を決めようとするはず。そうなれば、無駄に可能性を使用させることになるからの」


「なるほど、私を主役だと持ち上げたけど、本音はフォルスの露払いというわけね」

「不満か?」

「いえ、彼を守りたいもの。それにあなたの言うとおり……」


 シャーレは瞳の奥に淀んだ殺気を浮かべる。

「彼にこんな雑魚の相手を任せるなんてできないから」


 彼女は全身から粘り気を帯びた殺気を生む。

 そして、一歩前に出た。


「フォルスはウォーグバダンの護衛を。雑魚は私たちに任せておいて」

「え? ああ、わかった。今回はシャーレに譲るよ。因縁の相手だろうしね」

「ええ、ありがとう」

「うん。それじゃ、シャーレ。頑張ってね」



 彼のこの応援の言葉。

 シャーレの心臓はトクンと一つ高鳴りを見せて、あれほど殺気立った気配を消し、とびっきりの笑顔をフォルスへ見せた。


「うん、私、頑張るからね!」


 恐怖の象徴たる魔王。

 実際に象徴らしく、彼女から放たれる冷たい刃のような殺気に人間も魔族も心を恐怖に苛まれていた。

 しかし、一人の青年の言葉で魔王は一人の少女となり、一人の男性に対して愛らしい微笑みを見せる。


 がらりと雰囲気を変えた少女の空気に誰もついていけなかったが、何となくシャーレとフォルスの関係を察する。

 フォルスもまたその空気の代わり具合と、散らばる瞳たちの畏敬の念が、生暖かさと驚きと嫉妬の混じる視線へ変わったことに気づいていた。



(しまった! 聖都グラヌスのときと同じ! これだと、みんなの前で俺たちの関係がそうだと宣言したようなものじゃないか!!)


 二人は何も口にしていない。

 他の者も口にしていない。

 だが、口にしなくてもそうとわかる雰囲気があった。


 シャーレは周りをさらりと見回して小さくガッツポーズを見せる。

 そして、四騎士と相対する。

 彼女の計算高さにさしものアスカも舌を巻く。

「こやつ、着実に既成事実を積み重ねておる。さすがは魔王じゃな」



 二人の男女の愛と恋の関係に満たされる戦場。

 それをあざ笑う者が居る。


「おいおいおい、魔王シャーレ様よ! あんたは人間の男にうつつを抜かして俺たちを裏切ったのかよ!!」

「そうよ、わるい」


 シャーレは長い髪を風に流して、悪びれることもなく胸を張り言葉を返す。

 かつてはラプユスに愛を問われ、恥ずかしがっていた少女の姿はそこにはない。

 仲間たちの旅路で培ってきた心の癒しと経験が、己の気持ちと真摯に向き合う力を与えた。


 この威風堂々たる姿に思わず人間も魔族も感動を覚えてしまう。

 人間も魔族も戦場であることを忘れて口々に語る。



「魔王が人間に?」

「ということは、あの男は魔王を口説き落としたってのか?」


「魔王様が人間になびくなんて……つまり、あいつがシャーレ様と勇者レムに勝ったのは本当なのか?」

「そうか! フォルスとかいう人間はっ、実力でシャーレ様を組み伏せたんだ!!」



 双方ともに視線は違うが、魔王が人間に恋をしたという認識は共通していた。

 これにフォルスは顔を青くする。

(外堀を完全に埋められた! このままだと俺の気持ちとか関係なくなし崩し的に……)

 

 すると、頭の中にあの水夫二人の声が響く。

『別にいいじゃねぇか? 魔王でも美少女だぜ』

『そんな少女から惚れられて、何の問題があるんだよ? 受け入れちゃいな』


 フォルスは首を激しく降って頭に湧いた水夫二人を振り落とす。

 でも、心のどこかに、二人の言葉に同意するものがあった。

 シャーレのことは嫌いではない。多少、心に問題を抱えているが、それはこの旅を通して改善を見せている。


 少なくとも、無闇に漆黒の刃を生む機会は少なくなっている。

 フォルス以外の人間の話を聞くようにもなっている。

 ならば、何の問題があるのか?


 それは――


 シャーレはフォルスを見つめ、微笑んでいる。

 だが、その視線は――フォルスを見ていない。



(やっぱり、俺を見ていない。彼女は、彼女たちは俺を通して誰を見ているんだ?)

 

 この謎が解けない限り、彼女の想いを受け止めることはできない。

 なぜならば、彼女が向けている想いが本当にフォルスへ向けての想いなのかがわからないからだ。

 彼はシャーレの視線を見つめ、その正体を追おうとした。


 そこで、小さな違和感を覚える。



(あれ? 以前より、俺を見ている感じがする?)


 初めて彼が受けた視線は明らかに別のモノを見る視線だった。

 しかし今、シャーレが見つめる視線の中には少しだけではあるがフォルスの姿が混ざっていた。

(一体、どういうことなんだ? あの視線の先には? 視線の正体は?)


 フォルスは表情に出すことなく、無言のまま謎を反芻している。

 それに気づかぬシャーレは名残惜し気にフォルスから視線を外し、四騎士を睨みつけた。

 そして、薄く笑う。


「ふふ、ドキュノン。先ほどの言葉には一つ間違いがある」

「間違いだと?」

「裏切ったのは私じゃない…………あなたたちよ!」


 言葉は弾け、闇の風が荒れ狂う。

 しかし、ドキュノンは負けじと言葉を返す。


「黙れ! てめぇは魔族そのものを裏切ってるじゃねぇか? しかも、あんな小僧にうつつをぬかすなんてよ!!」



「理由はそれだけで十分なのではないのでしょうか?」


 この言葉を漏らしたのはラプユス。

 彼女は瞳から感情を消して、口元だけを緩める。

 その人形のような笑顔にドキュノンの背筋には冷たいものが走った。

 ラプユスは……愛を語る。



「一人の男性のために全てを投げ打つ女性。素晴らしい愛です! 純粋無垢な愛を前にして、あなたはなんとくだらないことをおっしゃるんですか?」

「くだらないだと? 種族を裏切ることが――」

「くだらないです! 誰かを思う心とは時に世界よりも重いのです! いいですか、愛は全てに平等。愛! そこに理由があるなら、全てが許されるのです!」


 ラプユスの暴走にララがドン引きする。

「え、ラプユスってあんなキャラなの? なんかめちゃくちゃなこと言ってるし、怖いんですけど……」

「そういえば、おぬしはああなったラプユスは初めてじゃったな。あやつは愛に生きる聖女。愛を題目にした場合、容赦ないぞ。ワシらと初めて出会ったときなんぞ、一人の泥棒の足を切り落としておったしな」

「ええええ!? 聖女って、怖い」



 これにレムが少しだけ的外れな返しをする。

「いえ、私の知る限り、ラプユスほどの、武闘派聖女は、過去に、いなかったと」

「いや、あのね。私が言ってる怖いの部分は武闘派の部分じゃなくて、容赦のない部分。愛のためとはいえ、何でもありは駄目でしょ」


「なるほど、そちらでしたか」

「普通にそちらだと思うんだけど……」

「ですが、ラプユスは、無為に、暴走しているわけ、ではないと。あれは、友のための、怒りです」

「へ?」


 そう、ラプユスは怒っていた。

 友の告白を聞いて、とても怒っていた。

 そこに愛を侮辱したドキュノンの言葉が彼女の怒りを発露させたのだ。



 愛を想う少女ラプユスは、四騎士たちを駁撃ばくげきする!


「あなたたちは愛を知らない。愛を理解できない愚か者たちです!」

「こ、こいつ、何を頭のおかしなことを?」

「おかしいのはあなたたちですよ! あんなに優しいシャーレさんの気持ちを全く理解できなかったあなたたちがおかしいんです!!」


「や、やさしい、だと?」


「ええ、シャーレさんはとても優しい魔王だった。あなたたちを傷つけぬよう気を配り、力の支配を行うことなく理解を求めた。それが理解されなくとも、魔族の繁栄のためにシャーレさんは尽くしていた。それを、それを、それを……」



 ラプユスは半月状の刃がついた錫杖を振るい、友のために激しい怒りを露わとする。

「それを理解できずにあまつさえ親愛なる私の友の愛をおとしめるとは! あなたたち全員、なで斬りにしてあげますからね!!」


 彼女の声に、アスカが笑う。

「わっはっはっは、なかなか面白くうたうの。では、友のためにワシも頑張るとするかの。シャーレの希望通り、力で蹂躙してな」


 これにレムとララが続く。

「シャーレとは、出会って間もありませんが、フォルスを思う心は真実。それを穢すことは、許されることでは、ありません」

「いやいやいや、ラプユスめっちゃ怖いって! ……でも、ま、無能な馬鹿を見ているとイライラするよね!」


 四人の友人の言葉に、シャーレは短く礼を述べる。

「ありがとう」


 そして、戦いの火蓋を切る――


「では、愚か者を蹂躙しましょう」

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