第四章 封印されし堕ちた勇者

第24話 封じられた勇者

――早朝



 トラトスの塔で朝食を頂き、その後、グラシエル教皇とラプユスからとんでもない教会の裏話を聞かされることになる。


 それは――巨なる悪魔ナグライダの封印のために人柱を立てたこと。

 そして、その人柱となった者の正体――名は、レム=サヨナレス。



 レム=サヨナレス……彼は今から三百年前に存在していた歴代最強の勇者として名高い伝説の勇者。

 

 当時、勇者はレムしかなく、単身で人間族や獣人族を魔族の手から守り続けていた。

 いや、守るだけではなく、勇猛なる兵を率い、魔族の支配地に飛び込み、魔王を守る五騎士と称される五人の腹心を仕留め、魔王に深い傷を負わせたと言う。

 

 それにより、しばしの間、人間族や獣人族は魔族の脅威から解放された。

 このことに安堵したのか、はたまた戦いの傷によってかわからないが、その後レムは病に倒れ、二十四という若さで早逝そうせい


 また、レムは歴史上唯一、聖人の称号を戴き、聖騎士勇者として今日こんにちまで多くから崇め奉られている。

 俺も他の人々と同じく、レムに憧れを持つ一人だ。

 勇者の中の勇者・ レム=サヨナレス。

 勇者を目指す者なら誰もが憧れ尊敬する存在。



 だけど――そのような彼がやまいではなく、ナグライダを封印するための人柱になっていた。

 それも、彼を排除するために……。



 唯一の勇者。多くの人々は彼に過度な期待を抱く。

 誰よりも尊敬され人望を集めたレム。

 しかしそれは当時の為政者、王や教皇や聖女にとっては疎ましく、彼らはレムのことを自分たちの地位を危ぶむ存在として見ていた。


 魔族の主力であった五騎士を失い、魔王もまた深い傷を負い、魔族が人間族に攻勢をかけるなど不可能になったところで彼らはレムを亡き者にしようと画策。


 レムの幼馴染であり親友であった聖女が、巨なる悪魔ナグライダの討伐の神託をレムへ与える。

 レムはその威令いれいに従い、眠りから目覚めたばかりのナグライダと対峙し、そして打ち勝ち、とどめを刺そうとした。


 だが、そこに突如、教会の術士や王国の宮廷魔術士たちが現れ、レムを楔とした封印の儀を行う。

 まともにやり合えば、彼らではレムに勝てない。

 だから、レムが戦いで疲れ果てたところを見計らい、ナグライダ諸共もろとも封じることにしたそうだ。



 その策は成功し、ナグライダは封印された。

 レムもまた同じく……。


 唯一無二の勇者として魔族の強者と戦いを続け、傷を負い続けて、世界を安定に導いた者に対する非道な仕打ち。


 だが、話はここで終わらない。

 巨なる悪魔ナグライダは地下深くに封じられた。

 一方、人柱となったレムは……封印された場所に術によって囚われ、その場から離れることも許されずにいた。


 術によって時の流れから切り離されたレムはこれから先、年を取ることなく人柱として存在し続ける。

 当時の教会と王国はこの所業を秘匿にすべく、囚われたレムの場所に神殿を建て固く封印した。


 これらの指揮を執っていたのは聖女。レムの親友であった聖女。

 レムは一筋の光さえも差し込むことのない神殿内で百年――親友であった聖女の名を叫び続け、問い掛け、泣き叫んでいたという。

 やがては正気を失い、二百年――封印から逃れようとひたすら咆哮し続ける獣となった……。




 グラシエルは話の終わりにこう置いた。

「ナグライダが復活したということは、勇者レムの封印も解けたはず。正気を失い獣となったあの者を放置すれば、どれほどの被害が生まれるかわからない。故に、ナグライダをほうむることのできたフォルス殿に助力を仰ぎたい」と。


 助力……つまり、勇者レムの討伐。

 こんな馬鹿げた話、非道な話、胸糞の悪い話など受けたくはなかった!


 だけど、放置すれば罪もない人々に被害が出てしまう。

 レムは延々と苦しみを味わい続けることになる。



 同時に、全く別の方向から見る視点が生まれる。

 それは――なんで行きずりの名もなき冒険者に教会の秘密を打ち明けたのだろうか、という疑問。


 たしかにナグライダを倒すだけの実力を見せた。

 だが、これは教会と王国の恥部。暗部。決して知られてはいけないこと

 それなのに、信頼関係のしの字も結んでいない俺たちに暴露してまで頼むようなことだろうか?

 

 話によると、このことを強く推薦したのは仮面の騎士アルフェンだそうだが。

 誰にも気づかれないように視線をアルフェンへ向ける……仮面の上からでは彼の表情はうかがい知れない。

 俺たちに何か信用の足るものが、彼にとってあるのだろうか?

 それは一体……?


 


 レムを救いたい。みんなを守りたい。名もなき俺らに教会の秘密を明かすグラシエル教皇。考えが読めない仮面の騎士アルフェン。

 それらが迷いとなって、態度を映し、沈黙として表れる。

 沈黙に暮れる俺の態度に不安を怯えたラプユスが平伏ひれふし、こう訴えかけてきた。


「あの方を救いたい。そのために努力を重ねましたが私では届きませんでした、事ここに至ってはレム様に安らぎを与えるほかございません。この願いがレム様を奸計に嵌めた同じ聖女として如何に浅短せんたんであり賤劣せんれつであるかは承知しております。そうであっても、何卒、何卒……」



 彼女に続き、グラシエル教皇や仮面騎士にお付きの人々も俺たちの前に平伏ひれふし、ひたいを床に擦る。


 彼女たちの姿を見て思う。

 教会と王国に罪はあれど、今の彼らに罪はない。

 いろいろと疑問点は存在するが、彼らもまた、レムへ行った所業について悔い、苦しんでいたのだろうと。


 俺は……ラプユスの願いを聞き届けることにした。



 これにより、王都を目指す経路に変更が生じた。

 聖都グラヌスからまっすぐ南へ行けば港町ネーデル。そこから船に乗って王都の玄関口である港町アヤムへ。

 しかし、レムが封じられた土地はグラヌスから南西方向。

 つまり、少々遠回りして港町ネーデルへ向かうことになる。



 また、ラプユスたちの頼みを受け入れたことで、かなりの褒美を前払いとして頂いた。

 たくさんの荷物が詰み込める小さな茶色のポシェットへ、山のような金貨をせっせと入れ続けるアスカに尋ねる。


「勝手に決めちゃったけど大丈夫?」

「ん? このパーティはおぬしがリーダーじゃからな。一向にかまわんぞ。シャーレもそうじゃろ?」

「ええ、私はあなたのどんな決定にも従うから。恋人として」



 恋人だからってなんでも従う必要はないと思うんだけど……それ以前に別に恋人になったわけじゃ。と、言っても詮無きこと。

 俺は熱い視線を向けてくるシャーレに別の質問をぶつける。


「あのさ、昨夜のことだけど……」


 と尋ねた途端、ボンっと音が響いたのかと思うくらい一気に顔を真っ赤に染めてシャーレは俺から視線を外した。

 そして、か細く謝罪を述べる。



「あ、あの、ごめんなさい。昨日はちょっと変だった。嫌だよね。あんなの。怖いよね」

「いや、大丈夫。驚いたのはたしかだけど、全然気にしてないから。第一、悪いのはアスカだし」

「え、アスカが悪い? どうして? 迷惑をかけたのは私だけど?」

「え? いや、だってアスカがシャーレを追い詰め――」


「おお~っと、金貨が大量じゃな。これならば気楽に旅ができると言うものじゃ! ほれ、いつでも使えるようにフォルスも何枚か懐に収めておくがよいぞ」



 あからさまに俺の声を邪魔するアスカ。

 彼女は数枚の金貨を俺の懐へ無理やり詰めながら耳打ちをする。


「あの夜、暴走したシャーレは高ぶりのあまり、頭に血が上って途中で気を失ったことになっておる。それをワシとラプユスが介抱した。という設定じゃ」

「おま、ひどっ」


「そうでも言うとらんと面倒じゃろ? ワシとシャーレのマジ喧嘩なんて見たいのか?」

「見たくはないけど……お前、そのうち絶対ひどい目に遭うぞ」

「そうならんように気をつけとるぞ。フォルスは心配性じゃなぁ」

「誰もお前の心配なんかしてねぇよ!」


 俺は声を飛ばしてから、顔をシャーレへ向ける。

「ともかく、気にしてないから」

「う、うん。やっぱり、フォルスは優しい」


 

 とても暖かな微笑みを見せるシャーレ。

 その笑顔は俺にはもったいないくらい美しい微笑。

 これで突然、闇のやいばを吹き出したりしなければ本当にいい子なんだけどなぁ。


 シャーレの笑顔をまじまじと見つめる。

 その視線にシャーレは頬を赤く染めて応え、それに気づいた俺もまた頬に熱が帯びる。

 俺は誤魔化すように話を少しずらす。


「怪我はなさそうだけど、大丈夫?」

「怪我?」

「いや、あっちこっち打ってたから」


 アスカとラプユスがシャーレを持っていく際、床や扉に彼女の体をぶつけまくっていた。

 その怪我を心配したのだが……。



「あ、倒れた時・・・・にできた打ち身のこと? それならアスカとラプユスに診てもらったから」

「え?」


 シャーレは顔を動かし、アスカとタイミングよくグラシエルたちと話を終えて近づいてきたラプユスへ頭を下げて、謝罪の混じる礼を述べる。


「昨晩はごめんなさい。私が床に倒れて、その介抱のためにフォルスがあなたたちを呼んでくれたおかげでいろいろ助かった」

「うむ、気にすることはないぞ。仲間じゃしな」

「はい、その通りです。私としても愛の大きさを目の当たりにして感銘を受けた次第ですから」

「うん、本当にありがとう」


 これまで、俺以外に対して冷たく態度を取っていたシャーレは珍しくしおらしい態度を見せる。

 アスカとラプユスはそれを優しく受け止める。

 そこに偽りがなければ美しい光景だけど……。


「それじゃあ、封印の地に行こうかの。フォルスよ、行くぞ」

「ええ、そうしましょう。フォルス、一緒に行きましょう」

「ご協力感謝します。フォルスさん、アスカさん、シャーレさん」




 遠ざかる三人の背中を見て俺は思う。

(あの二人、昨晩の出来事を隠ぺいする気だ! これでもかと言うくらいシャーレの体をあちこちにぶつけてた癖に! ってか、アスカはともかく『聖女』ラプユスはそれでいいのか!?)

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