掌編「プラント食い倒れ怪魚ぶん殴り漁」


「飯を食え!」


 ところでハルは人間である。

 この広大な樹海の世界、「プラント」にあって唯一の種族。「花人」と呼ばれる生き物のコミュニティにあって、彼女だけが人間だ。


「飯を食え!!」


 体が違えば生態も違う。人間と花人は、似てこそいるが全くの別種だ。

 具体的な差異では、やはり食性が挙げられるだろう。

 花人は必ずしも「食事」を必要としない。植物である彼らの体は、水と日光さえあればそれだけで生きていくことができる。よって、種族全体の傾向として食事を重要視していないのだ。

 だがハルは違う。人間であるからには――


「飯を!! 食えーっ!!!」


「わかったわかったわかった! 圧が凄いってば!!」


 食堂のニハチは大体いつもこんな感じだった。ハルが来てから余計激しくなったらしい。

 学園には一応「食堂」なる施設があるのだが、本来の目的で使われることは少ない。なにしろ花人は食わなくてもいいのだから、この場所自体にあまり必要性が無いのだ。彼らにとって食事とは、口に物を入れる娯楽程度のポジションになっている。

 結果、多くの花人が暇潰しに駄弁ったり、寝たり遊んだり、戯れにおやつを摘まんだりする溜まり場となっているのが食堂の現状だった。

 そんな中、本気で「食」を追求しているのが、厨房長のニハチである。花はホウセンカ。名前の意味は「夜に明かりを灯すもの」。

 森に生きる多様な動物と同じように、人間は飯を食う。更には、飯に手を加え味を付け形を整える「料理」という専門技術があったというではないか。ニハチは、他ならぬその旧文明の遺産に魅了された手合いだった。要は趣味人である。

 人間の文化を保存・復元・継承するといった意味では資料班とも関わりが深く、実際ニハチは司書でもあるフライデーと仲が良かった。日々、遺跡から発掘した資料を閲覧しては遥か過去のレシピを再現し、花溢るるこの世界で「料理」を再現していた。ほとんどの者にとって必要ない料理を。

 そんなわけだから、食事が必要なハルの存在は彼にとって福音だったらしい。

 同時に、この世界で唯一「料理」に詳しい花人は、ハルにとっても大きな助けとなった。

 花人ならいざ知らず、人はパンのみにて生くるものにあらず。おかずだって必要だ。うまいものを食わなければ心は満たされまい。実際、ニハチの作る料理はとても美味く、ハルの口にも合った。


「てことで、お待ち!! 火斑ホムラ鹿ジカ刈々カリカリネギのピリ辛肉丼だ!!」


「おお……!!」


 どすんっ! と目の前に置かれるのは、厚切りの鹿肉が景気よく盛られた大ボリュームの丼。

 いただきますと手を合わせ、一口食べてみると、これがまた美味。辛く味付けされたジューシーな肉に、炒めた葱の甘味が絡んで噛むごとに旨味が出る。ピリッとした香辛料も聞いていて、まったく味に飽きが来なかった。非の打ちようがない出来だ。


「美味いか!?」


「おいしい!」


「もう食ったか!!?」


「まだ半分ある!!」


「おかわりを食え!!!」


「早くない!!?」


 強いて言えば量が多い。

 しかしながら、ハルとてフィールドワークを主とする食い盛りの乙女だ。少々苦戦はしたものの、なんとか全部平らげることができた。


「よし! 全部食ったな!! 感心感心!!」


「ごひほうはまへひは」


 ニハチは満足げだ。それにしても腹が重い。

 いつもなら腹ごなしに学園内を歩き回るところだが、今日は様子が違った。


「新入り。実は、頼みたいことがある」


 食器を返却したところ、ニハチは神妙な顔でそう言った。


 ニハチが管理する厨房は、かなり凄い。

 各種食材、調味料に調理器具が所狭しと敷き詰められ、厨房長にしかわからない法則性でもって整然と並んでいる。方向性こそ違えど、スメラヤたちの研究室に引けを取らない迫力だとハルはお世辞抜きに思う。

 調味料や香辛料の類は、旧文明の資料からニハチなりに再現したものである。その全てが今のプラントなりに作られたもので、かつての「塩」と今で言う「塩」が果たして同じものなのかも定かではないが、美味いもんは美味いのだ。彼の研究の軌跡は、図書館の一角をひっぺがしてそのまま移植したかのような大量の蔵書が物語っていた。


「ワシは、新しい料理を作りたいと思っているのだ」


「新しい料理?」


 ニハチの挑戦は、常に「過去の復元」にある。膨大な資料の山から、自分の技量や厨房の設備を鑑みて、再現できそうなレシピを一つ一つ検討しているのだ。


「うむ。その名も……スシだ!!」


「スシ!?」


 聞いたことがある。美味そうな響きだ。なにやら本能に訴えかけるものがある。


「生の魚を、酢の味がする飯に乗せて握ったものらしい。握り飯の亜種だな。ワシはこれに挑戦してみたいと考えた!!」


 ばしーんっ!! と作業台に突き出されるのは、ニハチお手製のレシピ集。そして狩場について詳細に記された学園の周辺地図だ。山に洞窟、岩場や川、湖などに彼自身のメモがびっしり書かれてある。

 今回はその一角、湖がターゲットとなるようだ。


「スシに使えるだろう、『コイ』という魚がこの湖におる。誰かにコイを獲ってきてほしい。ワシは厨房の管理があるから行けん!! しかし新人! お前はスシを食いたくはないか!?」


「た、食べたい……。おスシ、食べたいよ……!」


「その意気だ!! ワシがとびっきりのスシを握ってやる!! お前がコイを獲っている間、酢飯にワサビにガリまで用意しておいてやろう!!」


 もう頭の中ではスシがぐるぐる回っていた。記憶の無いハルだが、その響きにはいてもたってもいられない蠱惑的な魅力があった。

 然るに、即答だった。


「やる!!」


 芽の季も半ばを過ぎる頃になると、ハルも外歩きにはかなり慣れてきていた。湖のある地域は普段の巡回ルートでもあるため安全なはずだ。装備さえしっかりしていれば、コイ一匹を獲るのに危険ということはないだろう。

 ただし、外出するにあたり条件がある。

 世話役の許可を得なくてはいけないのだ。


   ✿✿✿


「駄目だ」


 秒だった。

 世話役ことアルファは、ハルの提案をにべもなく切り捨てた。

 ここは『月の花園』、花守は花々の世話で忙しい。人間の飯の都合など知らんとばかり、死ぬほど無関心である。


「えー。でもスシだよ? 美味しそうじゃない? コイを獲りに行くってのも面白そうだし!」


「知るか。飯ならあるだろ」


「そりゃそうだけど! これはね、旧文明の文化を復活させるって意味合いもあるの! あと面白そうだし! それにここ最近はヒマだから、ちょっとくらいお出かけしたっていいはず! あと面白そう!」


「あのなぁ……」

 心底呆れ果てたとばかり、アルファはため息をつく。


「なんだそもそもスシって。魚を食うのか? 魚ってあれだろう? 川や湖をうねうねしてる得体の知れない奴らだ。あんな不気味なものを腹に入れるのか? あのぬるぬるでテカテカした連中を? お前、魚の目を見たことがあるか? あのどこを見ているのか全然わからん虚ろな目玉の気持ち悪さったらないぞ」


 取り付く島もなく、アルファはとにかくNOの一点張りだ。その念入りさときたら普段より酷いほどで、ハルにはふと思い当たることがあった。


「…………もしかして怖いの?」


 ぴきっ。


「なんだと?」


「だって。不気味とか得体が知れないとか。剪定者並にボロクソ言ってる」


「剪定者は敵だからだ。あいつらは倒さなきゃならない。けど魚は違う、あいつらは気味が悪いがわたしたちには関係ない。興味なんか払うだけ損だ」


「興味が無い割にはヤなとこ詳しいじゃん! やっぱ怖いんじゃないの!?」


 ぴきぴきっっ。

 太古の格言に、「好きの反対は無関心」という言葉がある。意味は言葉の通り。アルファはこう言っているが、露骨に嫌いな辺り、実は興味があると見た。今やアルファのこめかみには青筋が浮かばんばかりの勢いだが、そこまでムキになること自体が証拠に思える。


「……誰が、何を、怖いって?」


「お。なんだはっきり言ってほしいのか。アルファさんがですねー! お魚さんをですねー!」


「うるさい黙れさっさと準備しろ。何が魚だ知ったようなことばかり言いやがって。あんなのどうってことないって思い知らせてやる」


 こうなると早かった。アルファは花々の世話を早々に切り上げ、外出用の装備を整えてあっという間に幽肢馬まで呼んだ。その後ろをちょろちょろついて回りながら、ハルは念のため確認を取る。


「アルファさん? ここまで準備するってことは……?」


「狩りに行ってやる。コイだろうがなんだろうが、怖くなんかない」


 やった。

 ハルは内心で快哉を上げた。


   ✿✿✿


「わぁぁ……!」


 馬の脚で一時間ほど南に、目的の


弧流こるの湖」はある。その光景にハルは息を呑んだ。


「すごーい! 広いっ! 向こう側が見えなーい!!」


「まったく、このくらいで騒がしい……」


「だってこんなに大きい湖なんだよ! んーっ、空気おいしー!」


 泉や湖を見たことは何度かあるが、せいぜいが動物の水場とか、大きくとも対岸が見えるレベルのものばかりだった。それがこの湖は、見渡す限り水平線。水面にぽつぽつと小島が浮かび、真っ青な空を水面が写し取っている。あちこちに花人が作った橋や観測機器らしきものがあって、ミニチュアみたいで可愛らしく見えた。

 湖畔にはボートがある。これも花人が作ったもので、研究班謹製のモーターが付いたかなり本格的な代物だ。


「でさ! コイってあれでしょ、一本釣りするんでしょ? エサ何がいいかな? 一通り揃えてきたんだけど、わからなくて」


「なんでも食う。撒いておびき寄せた方が手っ取り早い」


 持ってきた道具を船に積みながら、ハルはわくわくが止まらない。一方アルファは真剣そのものの表情で、やけに多い装備をどちゃがちゃ乗っける。


「おびき寄せるの? その次は?」


「見ればわかる」


 返事はあくまでも素っ気ない。満載の荷物に人と花人を乗せ、二人を乗せたボートが湖に漕ぎ出した。


 とことことこ……と、まっすぐ進むボートは、ハルに心地いい風をもたらした。

 空が広い。

 真上は遮るものの無い青。広大な湖は、そこだけぽっかりと森が消えて、燦々と降りしきる陽光を全身で受けることができた。ハルは天を仰ぎ、大きく深呼吸をした。

 アルファは水に餌をぽいぽい投げている。とにかく手当たり次第にだ。コイとは雑食なのだろうか?


「もう結構沖じゃない? 釣り糸垂らしといた方がいいかな」


「釣りはしない。来るぞ。気を引き締めろ。――断っとくが、落ちても助けてやらないからな」


「え」


 突然ボートが揺れた。穏やかな湖には似つかわしくない波に、危うく倒れるところだった。

 アルファは鋭い目で湖のある一点を見つめている。まるで今から激しい戦いが始まると言わんばかりだ。いやいやまさかまさか、そんな大げさな――


 どっぱーーーーーーん!!!


 と言おうとした辺りで、「それ」が現れた。

 見上げるほどに巨大な、そいつは、おそらく魚だった。

 白い体に赤と黒のまだら模様。幾千幾万もの鱗が日差しを照り返し、生けるシャンデリアのように輝く。そのサイズ、目算でボートの四倍――いや五倍? それ以上? 頭から尾ビレの先まで得体の知れぬ怪力を漲らせ、そいつは洞穴のような口から深淵たる闇を覗かせる。

 現れたのは一瞬。巨体は雨のような水しぶきを上げ、再び水面に沈む。 

 あっという間に濡れ鼠となり、ハルはといえば、唖然としていた。


「………………なに今の」


「コイだが」


「コイってあんなんじゃなくない!?」


 正確には湖威コイという。読んで字の如く、湖に住まう脅威のことを指す。

 プラントの大きめの湖に生息する固有種であり、雑食で文字通りなんでも食う。うっかり湖に落ちた鹿を丸呑みにした例もある。普段は温厚だが空腹時は豹変し、目につくもの全てを平らげねば止まらない攻撃性を発揮する。

 巨大な魚影は、ボートの下を猛烈なスピードで回遊していた。水面を大きく揺らしながらも、降って湧いた餌を貪欲に喰らい尽くしていく。こちらのことなど、はなから眼中に入っていないようだ。

 そしてまた、どっぱーん!! と水面に飛び出し――


「コォォォーーーーーーーーーーーイッッ!!!!」


 大気が震えた。

 頭から爪先まで、音圧がビリビリきた。

 いやちょっと待て。


「鳴いた!! 鳴いたよ!? コイって鳴くの!?」


「そりゃ鳴くだろ。お前、コイのことをなんだと思ってるんだ?」


「少なくともああじゃなかった気がするんですけど!?」


 はーやれやれまったくこれだから物を知らん人間は、みたいな顔をされた。むかつく。

 アルファは船に積んだ雑嚢を片っ端から開く。そしたら出るわ出るわ大量の武器、刀に槍に斧に槌と、集められる限りの汎用装備がぎっしり。よくもまあ研究班が許可したものだ。

 右に斬甲刀、左に貫甲槍を持ち、ボートの上に仁王立ちするアルファ。今や水面は大時化の有様で、ハルはボートの縁にしがみつくだけで精一杯だ。


「昔あいつに尾ビレではたき落とされたことがある。いい機会だ。借りを返してやる」


「魚釣りで聞くような台詞じゃないっ!?」


「わたしは行く。繰り返すが、落ちるなよ」


「ちょ、ちょっと待って! あたしはどうすればいい!?」


「好きにしろ」


 言い残し、ひらりと投身するアルファ。桜の花弁を二、三枚残し、大した波紋もなく湖底に沈む。

 待つこと数秒。

 また大波が生まれ、コイの巨体が露わになった。その体に豆粒のごとくくっついているのが、他ならぬアルファだ。


「アルファーーーっ!?」


「そこにいろ!!」


 分厚い鱗の隙間に槍の穂先を捻じ込み、アルファはコイに喰らい付いていた。目が合うのは一瞬、あっという間に再び水没。

 あたし今度コイ捕まえに行くんだー。

 と言った時の花人たちの反応が、記憶にまざまざと蘇る。

 苦笑いしたフライデー。本気で身を案じてきたウォルク。聞くなり逃げたネーベル。「まずいと思ったらすぐ逃げるように」とかなりマジな顔で忠告したナガツキ。スメラヤとクドリャフカについては後述。その意味がようやくわかった。

 えらいことになってしまった。記憶が無いから混乱しているだけで、遥か太古からコイってあんなんだったかもしれないとさえ思えてきた。そう思うこと自体が混乱している証拠かもしれない。

 またも、波。

 背を水面に露出させ、怪物的なスピードで回遊するコイ。アルファは突き刺した槍を手掛かりとして粘り続けるが、短時間の激闘で刀は折れ、槍も抜けかけていた。


「……!」


 ハルは即断し、ボート上の武器を手当たり次第に投げ落とした。重い金属製の武器は飛沫を上げ、次々と水没。撒き餌ならぬ、撒き武器だ。

 ごう、と水面がまた揺れる。もう誰かに掴まれて上下に揺さぶられている気分だった。ボートが転覆しないのが奇跡に思える。


「コイッ! コイッ! コォイッ!! コォォォイッ!!」


 コイの咆哮が大気を揺らした。

 再び水上に露われた時、アルファは折れた槍を片手に、もう一本の槍を打ち込んでいた。

 また沈み、その次は、短刀と斧で粘りに粘っていた。

 そのまた次は、コイの頭の辺りに取り付いて、その額を槌でしこたまぶん殴っていた。

 暴れに暴れるコイ。砕かれては藻屑と消える武器。死力を尽くして泳ぎ跳ねるコイだが、その動きが徐々に鈍りつつあることをハルは見抜いていた。少しずつだが確実に、アルファは獲物の体力を削っているのだ。


 しかし、このまま彼が決着を付けるまで見ているしかないのか? 答えはノーだ。

 消耗戦に持ち込むのは愚策。どこかで決定的な一打を差し込まなければならない。

 そして、その役目はハルが担う必要がある。

 アルファは物凄く口下手なためわかりづらいが、「好きにしろ」は「そっちは任せる」という意味でもある。


 ハルは途中からコイの動向と、暴れ泳ぐコースを注意深く観察していた。傍には一際大きな雑嚢が一つ。最新の機械部品をいくつも搭載した、ちょっと大袈裟なくらいの代物である。

 ジッパーを下ろすと、淡く光る翅が現れた。紋様蝶――プラントに固有の「光る蝶」であり、花人と共生関係にある特殊な蟲だ。解き放たれたその数匹が、ハルにまとわりつくように飛び始めた。

 ――こ、ここ、ここここれは、絶対絶対に持って行ってください。ぜ、絶対、です……!

 ――必ずであります!! これが無くては始まりませんぞ!! 少人数なら尚更!!!

 とは、研究班のスメラヤとクドリャフカの談。 

 たかが釣りにはいらないだろうと言ったが、コイを狩りに行くなら必要不可欠だと念を押された。ちなみにコイの話をしたスメラヤは直後に気絶した。なんだか大袈裟だなぁとその時は思ったものだが、今は感謝の気持ちでいっぱいだ。


 現れたのは、長大な折り畳み式の砲台だった。


 必要なのは装置と使い手、そして紋様蝶。紋様蝶はここ最近の研究から「特定のコマンドに対応し、遺跡由来の古代の装置を動かす」という特性を持つことがわかっている。つまるところ、これは古代技術を流用した最新式の武器である。

 必要な部品を組み立て、砲口をコイに向けた。本来なら三脚トライポッドを用いて地面にセットするものだが時間が無い。ボートの縁を支点として、あとは自分の体で支えるのみだ。


「【command:rev.083:emulation/飛翔体加速シークエンス開始オープン/充填開始】!」

 ハルの声を受けて、紋様蝶が反応した。


「【安全装置解除キル/標的定義省略/自動照準省略/略式弾道計算開始】――」


 ちか。

 ちか。

 ちか。

 応ずるように蒼色の光がまたたき、蝶たちと装置の間で何らかの信号のやり取りがなされる。沈黙していた砲台に光が宿り、ハルが命ずるままに駆動する。

 本来なら、紋様蝶のパターン分析と装置の運用は、訓練された花人複数の連携を前提としている。しかしハルは、直感的に紋様蝶の信号パターンを理解し、命令を下せる唯一の存在だ。ハルならば複雑な工程をすっ飛ばし、一人だけでこの手の装置を運用することができた。


「【射出機構トリガーを手動制御に切り替え】!」


 磁気加速式・無反動大型銛投射装置「試作カノエ」。投射物は物干し竿ほどもある鉄杭、装填数は一発という、デカブツを想定した一か八かの決戦兵器だ。

 どっぱーんっ!! とまた水面が弾け、コイの巨体が天高く跳ねる。豪雨のような飛沫に晒されながら、ハルは奴の巨大な胴体と、そこに張り付くアルファの姿を見た。

 目が合う。ハルを見返す桜色の瞳は、こう言っていた。


 ――やれ!!



「コォォォーーーーーーーーーイッ!!!」



「スシーーーーーーーッ!!!」



 気合一発、己を奮い立たせ、トリガーを引く。

 大した音はしなかった。装置がスパークする小さな火花の音、金属が豪速で砲身バレルを滑る音、一瞬後に鋭い風切り音。それらが耳朶に触れる頃には、銛は電磁の閃きを纏い、標的に確実に届いていた。

 ふっ――と空中で力を失った巨体は、頭から水に落ち、ややあってぷかりと浮いてきた。その胴体は返し付きの銛に串刺しにされており、もう、ぴくりとも動かない。

 そしてその上には、折れた刀を担いだアルファが、つまらなそうにあぐらをかいていた。


 陸に戻る頃には、二人してずぶ濡れの有様だった。

 服までが水を吸ってずっしりしている。装備を引きずり、体重が二倍になったような気持ちでべったらべったら歩く。乗られた幽肢馬が嫌そうな顔をした。


「刀二本と槍二本と短刀が三本ダメになった。デカブツを搬送する用の機材も使わなきゃならん。スメラヤに報告する」


「コ、コイ一匹でそんなに……」


「当たり前だ。コイをなんだと思ってる」


 行きと帰りで聞こえ方がまったく違った。確かに、納得せざるをえない。

 仕留めたコイは、突き刺さった銛や槍にワイヤーを括りつけて浅瀬まで曳航したが、地上を学園まで運ぶとなれば道具と人手が必要だ。


「今日はありがと。なんとかなったけど、あたしの考えが甘かったよ。正直ナメてた。あれじゃ魚を怖がるのもわか」


「怖がってない」


「いやアル」


「怖がってない」


 怖がってないらしい。

 何はともあれ、何事にも甘く見てかからない方がいいことは身に染みてわかった。プラントの自然はハルの想像を絶する。知らないだけで、似たような脅威がこの森には溢れているのかもしれない。 

 ――とまで考えたあたりで、ある可能性に思い当たる。


「あのさ。ああいうのって他にもいるの?」


「魚の話か? その辺にいるのなら、コイの他にはアユと、ヤマメと、イワナと、カジカと――」

 アルファは指折り数え、ふと大事なことを思い出したように顔を上げて、


ガニには絶対に近付くな」


 と、真剣な面持ちで言った。

 ザリガニとやらが何であれ、流石に、素直に頷かずにはいられなかった。


   ✿✿✿


 コイ一匹の資源的価値はかなりのものらしく、一匹仕留めるだけで大助かりと言われた。

 鱗に皮、骨は建材に用いられ、血と油は薬品や燃料などに流用される。肉や臓物は肥料にしたり、獣寄せの餌に使うそうだが、このたび「人間用の食材」としても活用される運びとなったわけだ。


「死ぬかと思った……」


「ウム、ご苦労だった。これだけあれば当分魚には困らん。コイ嫌いの連中も気に入る料理が作れるかもしれん」


 食堂。今ハルの目の前でコイ尽くしの定食が湯気を立てている。

 揚げ物、煮物、香草焼き。肉厚の淡水魚は泥臭ささえクリアできればあらゆる料理に使える。特に気に入ったのは「コイこく」というもので、味噌汁でじっくり煮込まれたコイはじんわりした旨味が染み出ていて実に美味い。


「しかしだ」


 ぱたん、とニハチは分厚い資料を閉じ、神妙な表情で振り返った。


「スシにコイは使わんらしい。すまん!!!!!」


「ま、まあ、結果オーライということで……」


 とにもかくにも、今日も飯が美味い。




 ~おわり~

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