10-CHAPTER4

 ヴァルダスはさばかれた肉を、リンが持っていた紙の上に乗せていった。

「肉屋になれるな」

「普段は狩って得た肉を売っているのか」

 ヴァルダスが肉の山を感心したように見ながら言った。

「まさか」

「村に行っても厄介払いされるだけだ」

「近付きたくもねえ」

 俺よりも集落を避けるやつがいるとは。ヴァルダスは瞠目どうもくした。

「話したくなければ無理にとは言わないが、何故、厄介払いなどと言う」

「お前は悪人などではなく、ただの狩人だろう」

 ナイフで尖らせた小枝をリンから受け取り、それに肉を突き刺しながら訊いた。


 リンはしばらく黙ったが、話し出した。

「おれは捨て子だったんだ」

「今の住処の前に突然いたんだと」

 リンはなおも小枝の皮を削ぎながら続けた。

「おれを育ててくれたじいちゃんは腰を抜かすほど驚いたそうだ」

「そりゃそうだよな、ある日突然、扉を開けたら赤子が目の前にいたんだからな」

 だからな、とリンは手を止めた。

「おれは縁起が悪い存在なんだ」

「そこいらの道で、声を掛けられたことすらねえよ」

 

 ヴァルダスは黙っていた。すると、リンがナイフから目を離して顔を上げた。

「おい、おめえまさか同情してんじゃねえだろうな」

「おれは何も不便してねえ」

 ヴァルダスは次々と肉を突き刺している自分の手元を見たまま答えた。

「俺は何も言っていないぞ」

「この肉の味を想像していただけだ」

 チッ、とリンはヴァルダスから視線を外し、ナイフを突き返した。

「おおかた終わった、これで喰えるだろ」

 そして立ち上がった。

「おいお前、この串肉はどうする」

「何よりこの肉の山を置いてゆくつもりか」

 リンはヴァルダスを見下ろした。

「おれは狩ることにしか興味がねえんだ」

「喰うことはどうでも良い」

「肉は好きにしろ」

 ヴァルダスはすぐさま立ち上がると、側にあった枝でリンの頭を真上から強く叩いた。リンは咄嗟に頭を抑えた。

「何すんだよ!」

 ヴァルダスは真剣な顔で言った。

「命を無駄にするな」

「狩るほうも狩られるほうもそうだ」

「だから熊と俺たちは向き合ったのだろう、違うか」

 そして肉を焚き火の前に刺してゆく。

「焼くから喰え」

 

 リンが突っ立っていると、ヴァルダスは続けた。

「勝利の宴だと言ったろう」

「そう告げた時のお前の嬉しそうな顔を俺は忘れてはおらぬぞ」

 ヴァルダスは自分の隣を指差した。

「意地を張っていないで、此処に座れ」

 

 リンはしばらく黙っていたが、肉のいい香りがして来たせいか、しぶしぶ座った。

 ミルフィは寝てしまったのか、マントが静かに上下している。ヴァルダスがその様子を見ていると、リンが小声で言った。

「無理に起こすことねえだろ」

「分かっている」

 ヴァルダスは即答し、程よく焼けた肉をリンに手渡した。それを受け取ると、リンは直ぐにかぶりついた。

「うめえなあ」

 思わず唸る。

 ヴァルダスも久々の肉に感激し、香りを十分に堪能してから、噛み付いた。おお、と声が出た。

 猫舌であるが、焼いたばかりの肉の熱さはむしろ好んだ。肉は歯ごたえがあり、脂身がじゅわりと口のなかに広がった。

 生肉とはまた違った良さがある。実に旨い。

「おめえ」

「何だ」

 口元を脂塗れにしながら、リンがヴァルダスを見た。

「どこそこの肉を好むのか」

「どういう意味だ」

 リンは目を逸らしながら言った。

「それはつまり、何だ」

「そこいらのやつとか、人間とかも喰っちまうのか」

 ヴァルダスは手を止めた。

「……」

「俺は確かに狼で、世界にはそういうやつもいるかも知れぬ」

「狼を嫌がったり怖がる者が、少なくないのも分かっている」

「だが俺は違う」

「そのようなことはせぬ」

「そんなこと言いながら、いきなり牙を向いたりしねえだろうな」

「おれだけとかじゃなくて、周りのやつとかにも」

 リンは大袈裟にヴァルダスから離れた。

「お前、そういった性格ゆえに忌み嫌われるのではないのか」

「ひでえこと言うな」

「どっちがだ」


 それからふたりして黙々と肉を食べた。ヴァルダスは火が消えないように、時たま薪を焚き火に放り投げた。

「どんなもんなんだ」

 突然の問いにヴァルダスはリンを目だけで見た。

「何がだ」

 肉を咀嚼しながらヴァルダスは訊いた。

「相方と一緒にそこいらを歩くってのはよ」

「おれはこの森を出たことがねえから分からねえんだよな」

 ヴァルダスは肉を飲み込むと、リンをまっすぐに見た。

「俺も今まではひとり旅であったぞ」

「ほんとうかよ、信じられねえな」

「何故だ」

「こうして良く喋るし、ひとりだったって感じがしねえって言うか」

「そんな雰囲気がねえって言うか、あー」

「何て言ったら良いんだろうな、分からねえや」


 アメネコ然り、ディルム然り、似たようなことを最近良く言われるな、と思った。アメネコの場合はミルフィと話しているのが聴こえただけではあるが。

 

 何が変わったのか、自分では良く分からない。若干饒舌になって、ミルフィに付いて集落に寄る回数が増えたくらいしか思い付かない。あとは手元の荷物がふたり分になるくらいか。

 ああしかし、茶を淹れる道具を持ち歩くことがなかったのは確かだ。

「相方が欲しいのか」

 ヴァルダスの問いにリンは目を逸らした。

「どうだろうな」

「まあこの森のなかだけを歩くってんなら、住処もあるし、食糧にも困らねえ」

「ただ、戦いの幅は広がるかもな」

 

 新たな戦い方を欲することに関しては、当初の自分と同じことを考えているな、とヴァルダスは思った。リンは続ける。

「此処は広い」

「だがいつかは出たくなるかも知れねえな」

「もしとなりにそんなやつがいたらの話だけどな」

「ん、そうか」

 リンは何かを閃いたのか、肉を食べ終えた串を放り投げ、にやりとした。

「相方候補は此処にいたな」

 

 ヴァルダスがはっとし立ち上がると同時に、リンはミルフィの傍に跳び、言った。

「これは俺の獲物だ」

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