6-CHAPTER4

 あら、と言うミルフィの呟きに、マントを無理やり鞄に押し込んでいたヴァルダスは顔を上げた。ミルフィが辺りを見渡している。


「此処は洞窟の傍とは違う草花が見られますね」

「そうなのか」


 首を振ってみたが、ヴァルダスには先ほどの原っぱと同じようにしか見えない。違いと言えば、此処の方が草ぼうぼうなだけだ。


「わたし、薬の材料になるものがないか、探して来ます」

「採集するのにはこのダガーが役に立ちそうです」


 立ち上がって背中を向けたミルフィにヴァルダスは焦った。


「おい、迷子になるぞ」


 振り返ったミルフィは不満そうな顔で言う。


「子どもじゃないんですから、そんなことありません」


 ヴァルダスは黙ってしまって、草むらに入ってゆくミルフィを見ていた。


 ほんとうに大丈夫だろうか。落ち着かない。しかし過剰に心配するのも彼女の誇りを否定するようで、ううむ、と唸ると、仕方なくその場にあぐらをかいた。何かあっても良いように、剣をより自分に近付けた。


 気付けば陽は真上に登り、小鳥の声が実に平和である。

 ヴァルダスは眠くなって来た。ミルフィと共に歩くようになって、自分はやたら眠気を感じるようになった気がする。そんなことを思いながらヴァルダスの耳がたらん、とした時だった。

 きゃああ、とミルフィの悲鳴が聞こえ、ヴァルダスはぱっと目を見開き、大剣を手にそちらを見た。そして鞄も水筒も何もかもを置いたまま走り出そうとして身を屈めた瞬間、ミルフィが草むらから現れた。

 

 ミルフィは真っ直ぐヴァルダスに向かって来て、屈んでいたヴァルダスの顔に正面からぶつかった。

 その衝撃と鼻への痛みにヴァルダスは声を漏らしかけたが、何とかミルフィの肩を両手で支えた。


「どうした」

「虫が」

「むし?」


 ミルフィは大きく頷き、身体をぶるぶるとしながら言った。そして矢継ぎ早に続けた。


「虫がなんだか、なんだか色々な虫が、いて」

「わたしあんなにたくさんの種類の虫を、一度に見たこと、なくて」

「全部がこちらに向かってくる気がして」

「わたし、進めなくて」


 なるほど、ミルフィは相当虫が苦手なようだ。先ほどの草藪にも幾らかいたとは思うが、きっと必死で気付かなかったのだろう。

 ヴァルダスは言った。


「これから虫の傍に必要な素材があれば」

「俺が採るから安心しろ」


 声がくぐもったのはふたりの体勢のせいである。うう、と半泣きでミルフィは俯いて、両腕をヴァルダスの頭に、いや首に回してぎゅううと力を込めていた。ヴァルダスはミルフィの背中越しに今しがた彼女が走って来た草むらを見ながら、背中に手を回して良いのか迷いに迷い、両手を宙に浮かせたまま固まっていた。

 すると、はっと目を開いたミルフィが、わあ、と言って腕を解いてヴァルダスから離れた。


「すすすすみません」

「虫に動揺してしまいまして」


 ヴァルダスは今の出来事にミルフィよりも動揺していたが、ごほん、と咳払いをして立ち上がった。


「まあ迷子にならなくて良かったな」


 ええ、とミルフィはヴァルダスから明らかに顔を背けて答えた。

 

 ふたりの沈黙の間に小鳥のさえずりがのんびり聞こえてくる。


「素材はこれからも見つかるだろうさ」


 沈黙を破り、ヴァルダスが慰めるように言うと、ミルフィは顔を背けたまま、頷いた。耳まで赤くなっているように見える。


「とりあえず進むか」


 ヴァルダスが言うと、ミルフィはダガーを仕舞った鞄をぎこちなく持ち上げた。


「はい」

「い、行きましょう」


 頷いたままだ。


「ミル、それじゃあ前が見えぬではないか」

「危ないぞ」

「そ、それは分かっていますよ」


 うむ、とヴァルダスは悩み、それなら、と前を向いた。


「俺が先導しよう、街までの道は分かる」

「後を着いてくればよい」


 今までのように並んで歩いても良かったが、少しでも距離があった方がミルフィが落ち着くだろうと考えたのだ。


「分かりました」


 ミルフィはまたヴァルダスの尾を追いかけることになった。

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