5-CHAPTER4
ふたりして広場の端で先ほどの果実を食べながら休憩していると、どこからともなくヴァルダスを呼ぶ声がする。ミルフィがその声に気付いた時にはヴァルダスは既に立ち上がっており、そちらを見ていた。
そのうち、薄茶色の毛をした垂れ耳の犬が、向こうから駆けてきた。ヴァルダスと同じように、二本足だ。もしや此処の世界はレインコートだけではなく、人間以外の者たちはみな二足歩行なのかな、とミルフィは考えた。
「ヴァルダスの兄さん、お疲れ様っス」
大きな鞄を背負ってにこにこした犬が、青い帽子を被り、ヴァルダスの向かいに立った。少しだけ息が上がっている。
「ご苦労さん」
ヴァルダスがその犬から何かを受け取る。
その様子をミルフィが見ていると、犬がミルフィに向き合った。
「兄さん、この方は」
興味深そうにミルフィを覗き込むので、ミルフィは恥ずかしくなった。
「ああ、こっちはミルフィ」
「俺の相方だ」
レインコートに説明した時はまだ、〝共に歩くことを決めた者〟だったのだが、〝相方〟と呼ばれてミルフィはとても嬉しくなって、大きくお辞儀をした。
「はじめまして、ミルフィと言います」
犬は目を丸くしたが直ぐに被っていた帽子を脱いで、胸に当てると同じように頭を下げた。
「僕はドギーズと言いまして、お手紙やお荷物を皆さんに届けているっス」
「ほとんど犬なので、見かけたら何なりとお申し付けください」
「つまりはドギーズという宅配業者だ」
「アメネコへの荷物も届けてくれるから、何かある際は頼むとよい」
ヴァルダスの補足にミルフィはにっこりした。
「分かりました」
「その時はよろしくお願いします」
ええ、とドギーズは微笑み、それではまた、と此処に来た時と同じように駆けていった。
ヴァルダスは彼の後ろ姿を見届けると、手元を見た。
「お手紙ですか」
「そのようだ」
ミルフィの言葉に答えると、ヴァルダスはグローブを外し、おもむろにべりべりと封筒を開け始めた。尖った爪があるので、あっという間にぼろぼろになってゆく。ミルフィはその様子を見ながら、便箋まで読めない状態になるのではないかと冷や冷やしたが、ヴァルダスはそれを上手いこと取り出した。便箋は少しよれただけだったので、ミルフィは安心した。
ヴァルダスは便箋の折り目を開き目を通すと、ふむ、と呟いた。ミルフィはその内容が気になったが、自分から尋ねるのも失礼かと思い、黙っていた。するとヴァルダスが先ほどのように芝の上に座ったので、ミルフィも倣った。
「友人が今、近くに来ているらしい」
「まあ、お友達が」
レインコートがヴァルダスをひとりだ、ひとりだ、と言っていたので、友人という単語にミルフィは少し意外性を感じてしまった。
「ああ、あの街なら此処から遠くはないな」
ヴァルダスは手紙に目を落としながら言う。どうやらその友人はその街にしばらくいるようだ。
「寄ってみるか」
ヴァルダスの言葉にミルフィはわくわくした。此処に来てから行く、初めての街だ。
「その方とはどれくらいぶりに会うんですか」
ミルフィが訊くと、ヴァルダスは顎に手を置いた。
「そうだな」
「どれ程だったか、定かではないな」
「ということは、かなりお久しぶりですよね」
「楽しみですね」
ヴァルダスはミルフィの言葉に、ああ、と答えて立ち上がり、手紙を鞄に仕舞うとグローブを再度着け、ベルトに手を掛けた。
「ゆくぞ」
ミルフィは少し慌てた。
「特訓はもう終わりなんですか」
ヴァルダスは頷いた。
「意外にお前が動けるのが分かったのでな」
「実践することにしよう」
「実践ですって」
ミルフィはその言葉に不安しかなかった。まだ一度ダガーを振っただけだ。傍にいると言ってもらったものの、敵の前に出て、大丈夫なのだろうか。それが顔に出ていたのだろう、ヴァルダスが言った。
「いきなり敵に向かってゆけとは言わぬ」
「ただ、通り過ぎるだけだ」
「通り過ぎるだけ……」
想像出来なかったが、嫌な予感しかしない。通り過ぎるとはまさか、敵の横をか。それは敵に向かってゆくこととどう違うのかミルフィは分かりかねたが、自分の鞄を手に取り、ダガーをそこにしっかりと収めたことを確認する。
実に恐ろしく、憂鬱であるが、やるしかないのだ。
「分かりました」
ミルフィは意外と腹を括るのが早い。諦めが早いとも言うが。
「よし」
その返事を聞き、歩き始めたヴァルダスに、ミルフィも並ぶ。
広場を後にし、草やぶを抜けて獣道に進むと、拠点のようなものが目の先に見えた。ヴァルダスの廃墟にあったような木箱や樽が置かれており、先日の兵士らしきものがその辺りを中央に、数名いるのが分かる。
屈んだまま草やぶから少しだけ顔を出し、ふたりはその拠点の様子を確認していた。幸い、大きくはない。
「ヴァルダスさん」
「何だ」
「どうしてもあそこを通る必要があるのですか」
か細い小声にヴァルダスは前を向いたまま、さらりと答える。
「そうだ」
「あいつがいる街は、この先にあるのでな」
このときミルフィは、ヴァルダスの友人を少し恨んだ。
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