エピソード 3ー5

「えっ、そうだったんですか?」


 設定的にはあり得そうな話だけど、前回教えてくれなかったから違うと思ってた。そう口にすると「話がややこしくなるから後回しにしていたのよ」という答えが返ってきた。


「もしかして、わりと私に隠していること、ありますか?」

「貴方には適時、教えていくつもりよ」

「……はぁい」


 それがベストだと言われたら反論できないけど……と、少しだけ拗ねてみせる。それを見た紫月お姉様は「知りたければ、知らないフリをする演技力を身に付けなさい」と笑った。


「この世界の元となる原作乙女ゲームの設定なんて、私には調べようがありませんよ」

「じゃあ、諦めるのね。それより、悪役令嬢の取り巻きの話に戻すわよ。彼女達は財閥のお嬢様ではあるけれど、無理をして財閥特待生になったのが現状よ。だから、権力のある悪役令嬢の取り巻きになる予定……だったんだけど」

「私が敵対行動を取って展開が変わった、という訳ですね。……どうしましょう?」


 敵対行動と言っても、乃々歌ちゃんに突っかかっていたのを咎めただけだ。庇護を求めているのなら、少しフォローして味方に引き込むことは可能だろう。


「そうね……シナリオにどうしても必要という訳じゃないの。それに彼女達は品行方正と言い難いから、予想外の悪事に走って足を引っ張ってくる可能性もあるわ」

「取り込まなくていい、という意味ですか?」

「いまのところは、ね」


 彼女達のことは様子見で、想定外の事態が発生しないように気を付けるという方向で話は纏まった。その上で、紫月お姉様は今日の一件に対しても調整が必要だと口にした。


「調整、ですか?」

「そう、調整。貴方の機転で、ひとまず大きく原作から外れることにはならなかった。だけど原作通りでもない。どんな歪みが生じるか分からないから、なにかあれば連絡しなさい」

「分かりました」


 ひとまずは様子見。

 紫月お姉様は「それから……」とスマフォを操作すると、私のスマフォに入っているアプリが更新され、雪月花のメンバーになれというミッションに詳細が表示された。


 それによると、中間試験の直後に、生徒会の役員を選ぶ選挙と、雪月花のメンバー入りを審査する話し合いがおこなわれるようだ。


「雪月花と生徒会は別なんですか?」

「雪月花は社交界のようなものだからね。そもそも、生徒の数は一般生の方が多いのに、財閥特待生がみんなの代表なんて言っても、一般生が納得しないでしょう?」

「へぇ、思ったよりも一般生のことを考えているんですね」


 意外に思って呟くと、紫月お姉様はふっと笑った。


「……なんですか?」

「よく考えてみなさい。雪月花が生徒会を兼ねていたとして、生徒達が財閥特待生にしか使えない施設の開放を望んだらどうなると思う? 一般生の方が人数は多いのよ?」

「民主主義で要望が通ってしまう?」

「その可能性が高いでしょうね。そうして財閥特待生の権利が失われれば、高い学費を支払う生徒はいなくなる。結果的に、蒼生学園は運営がままならなくなるわ」

「そっか。それを阻止するために、最初から組織を分けているんですね」


 財閥特待生の権利は雪月花に。生徒会が介入できるのはそれ以外の権利。最初から分けておけば、一般生徒が財閥特待生の権利を脅かすことはない。


「そういう訳で、生徒会と雪月花は対立しているの。貴女が雪月花のメンバー入りを果たす裏側で、陸が生徒会に加入すると言うのがシナリオよ」

「そこでも、なにかイベントが発生するんですか?」

「乃々歌が陸を手伝うというイベントはあるけど、悪役令嬢の貴女は関わらないわ。雪月花のメンバーになるのも、問題を起こさなければ大丈夫。原作乙女ゲームの展開通りなら、これといった問題は起きないはずだけど……」

「歪みによって、想定外の状況になる可能性がある、という訳ですね」


 原作通りに行くなんて甘い考えは捨てた方がいいだろう。なにか問題が発生することを前提に、今後の展開に備えておく。そう覚悟して、私は再度スマフォに視線を落とした。


「じゃあ最後はファッション誌のモデルですね」

「ええ。最終的な目的は、乃々歌のファッションセンスの向上よ」

「制服なら、あんまり関係なさそうですよね」

「ここは財閥御用達の学園よ。パーティーはドレスだし、課外学習では私服を着るの。なのに、乃々歌のセンスはとても庶民っぽいのよ」

「……なるほど」


 雪城財閥の当主夫人に相応しいファッションセンスが必要、ということ。


「とにかく、貴女がファッション誌のモデルをするのは、彼女がファッションに興味を持つ切っ掛けになるわ。そのために、一月後に撮影の予約を入れておいたわ」

「……え? 一月後、ですか?」

「ええ、一月後」


 私は視線を彷徨わせた。

 一月あれば余裕でしょ――なんて考える人は紫月お姉様のことを分かっていない。ただ、ファッション誌のモデル撮影をして終わりなんて、絶対にあり得ない。


「その一月でなにをすれば?」

「あらゆる準備よ」

「……あらゆる準備」


 既に無茶振りをされている気しかしない。

 そんな私の懸念を嘲笑うかのように、紫月お姉様は更なる問題をぶちまけた。


「まずモデルの件だけど、桜坂グループのブランドのモデルで、本当はわたくしに依頼が来たの。でも、権力を使って貴女を代役に立てた。相手のカメラマンは有能だけど気難しくて、自分が使いたいモデルしか使わない。だから、貴女の写真が使われるかは貴女次第」


 既に詰んでいる気がするのは私の気のせいだろうか?

 家庭教師からレッスンを受け、多少の立ち居振る舞いには自信がついた。だけど、写真の被写体になるレッスンを受けた訳じゃない。

 そんな素人の私を、カメラマンが気に入るはずがない。それに気難しい相手なら、隠し口座に送金という紫月お姉様の必殺技も使えないはずだ。


「私にどうしろと?」

「だから準備よ。既にこの業界で最高の先生、それにスタイリストを用意したわ」

「いえ、あの、他のモデルだって、そう言った努力はしていますよね?」


 同じ素人の中では頭一つ抜け出す手段になるかもしれないけれど、プロから見れば付け焼き刃にしか見えない。そんな小細工が通用すると思えない。


「言ったでしょ、最高の人材を集めたって」

「……なるほど」


 他のモデルよりも優秀な先生を付ける。ようするに、私の足りない部分をお金で補うつもりのようだ。ただ、それでも、最終的には私の努力次第、ってことだよね。

 雫の命が掛かっているから全力でがんばるつもりだけど……と、そんな私の不安を見透かしたかのように、紫月お姉様が厳しい口調で言い放った。


「澪、これは悪役令嬢としてのお仕事よ」

「――だからこそ、成功率の高い他の方法を探したいんですが」


 即座に切り返すと、紫月お姉様は目を見張った。それからクスクスと笑う。


「言うようになったわね。でもダメ。ファッション誌の件は今後も関わってくるイベントだから、なにがなんでも成功させなさい」

「はぁい……」


 どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

 

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